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環境ホルモンではないDEHP 06.25.2000




 本HPでも既報のように、調理用塩ビ製の手袋から可塑剤であるフタル酸エステルの一種、DEHPが食品に移行しているため、その使用中止を厚生省が要請した。メディアの対応は、と言えば、朝日新聞を始めとして、ちゃんとした報道がなされなかったような感触である。「環境ホルモンが検出され、塩ビ製の手袋が問題」、といった感じの記事が多かった。しかし、厚生省の文書をよくよく読めば、DEHPの内分泌撹乱性が問題になって使用中止要請になった訳ではないことが良く分かる。むしろ、DEHPは環境ホルモンリストからはずしても良い物質のようだ。


追加06.27 やはり、素人は無謀で怖い。AB&Cの専門は、もともとは化学だが、どちらかと言えば、固体物理寄り。それが生命だの生物だのを語ると、どうも妙なメタファーを使うことになりがち。ということで、正確さを欠いているのは、どうも事実のようです。とまず、自己批判をしておいて、専門家からいただきました2件のコメントを、ちょっと変えて付録2に掲載いたします。

しかし、メタファーを使うことで理解が進むのも事実で、ある程度までは認めるべきことのように思える。特に、環境という無限の情報を理解しなければならない分野では、メタファー(あるいはアナロジー)を上手く使える人の存在が極めて有効だと考えている。環境を理解する能力とは、「大きくは間違っていないメタファーを上手に使う能力」かもしれない。学生諸氏に言っていることだが、「早くから雑学としての環境を身につけるな」、というその真意の一つが、基礎学問を深く理解すると、メタファーを巧みに操る能力が高くなるからだ。


C先生:まず、次の文章を読んで欲しい。これが今回の塩ビ製の手袋から出るとされたDEHPの毒性に関する、厚生省の審議会の公式見解だ。厚生省のホームページからの引用なので、同ホームページの他の文章もご参照いただきたい。http://www.mhw.go.jp/houdou/1206/h0614-1_13.html


DEHPの安全性評価について(概要)
(毒性影響における種差)
 DEHPの安全性評価においては動物の種による感受性の差が問題となる。げっ歯類においては,共通して肝臓及び精巣への影響が認められるが,カニクイザル等の霊長類では影響は認められていない。

(肝臓への影響)
 DEHPのげっ歯類の肝臓への影響として,ラット及びマウスの2年間の反復投与における肝腫瘍の発生が挙げられる。
 最近のIARC(国際がん研究機関)専門家会合における検討において,
(1) DEHPはペルオキシゾーム増殖作用を介するメカニズムで肝腫瘍を発生させること。
(2) マウス及びラットの発がん性研究においてペルオキシゾーム及び肝細胞の増殖が観察されたこと。
(3) DEHPに暴露したヒト肝培養細胞及び霊長類の肝臓でペルオキシゾームの増殖が認められなかった。
ことから,DEHPの発がん性の分類を従来のグループ2B(ヒトに対する発がん性があるかもしれない。)からグループ3(ヒトに対して発がん性があると分類できない。)に変更されている。

(精巣及び生殖毒性)
 DEHPに関するラット及びマウスの精巣毒性及び生殖毒性に関する多くの試験成績のうち明確な無毒性量(NOAEL)の得られている数少ない実績を見ると,まず,マウスによる生殖発生毒性試験(Lambら,1987)におけるNOAELは,生殖発生に関する明確な有害影響(胚致死,胎児の形質異常等)を指標として14mg/kg/dayである。
 次に比較的低用量のDEHPをラットに投与した時の影響を見た報告(Poonら,1997)におけるNOAELは,精巣の病理組織学的変化を指標として3.7mg/kg/dayである。
 ラットに低用量のDEHPを投与したもう一つの報告(Arcadiら,1998)については低用量でも精巣毒性が確認されているが,DEHPの投与量が不明で,毒性についても不明確であるなど報告に不備がある。

(内分泌かく乱性)
 フタル酸エステル類については,内分泌ホルモン様の作用及びそれに基づく生体障害の可能性が問われているが,フタル酸エステル類全般についてヒト乳がん細胞(MCF-7)を用いた試験報告ではDEHPは増殖活性が認められていない。また,酵母の系でも活性は認められていない。他方,MCF-7の増殖活性で見た別の報告によれば用量相関性の増加が認められており,その最低濃度は10μM(=3.9mg/kg)であった。
 その他のin vitro試験成績を含めて検討すると,DEHPにおける内分泌かく
乱の可能性の如何については今後の研究を待たなければならないが,in vitro試験から求められる最小作用濃度(10μM)でも,従来の精巣毒性で求められているNOAEL値に較べて著しく低用量とはいえず,さしあたり一般毒性についてはこれまでの毒性試験の評価方法で判断することは差し支えない。

(耐容一日摂取量(TDI))
 上記のような検討の結果として,DEHPのTDIについては,精巣毒性及び生殖毒性試験におけるNOAEL3.7mg/kg/day及び14mg/kg/dayから不確実係数100を適用して,当面のTDIを40〜140μg/kg/dayとすることが適当である。


B君:これを読む人を誰だと思っているのだろうか。この報道発表資料で、記者の全員が意味を正確に分かるのなら苦労はしないが、怪しい。科学をバックグラウンドに持たない新聞記者のレベルに合わせた文書を作る努力をしないと、全く駄目だ。

A君:ちなみに、この審議会のメンバーですが、付録のようです。

C先生:一文一文、解説が必要かどうか、検討してみよう。まず、次の文はどうだ。

(毒性影響における種差)
 DEHPの安全性評価においては、動物の種による感受性の差が問題になるが、げっ歯類においては共通して肝臓と精巣への影響が認められるが、カニクイザル等の霊長類ではそうした影響は認められていない。


B君:「DEHPの安全性評価においては、動物種による感受性の差が問題になるが」、と書いているが、すべての毒性物質というかすべての物質に対して、種による感受性の差は問題だよな。

A君:げっ歯類というのは一般用語でしょうか。

B君:違う、だろうな。

A君:マウス、ラット、モルモット、ハムスターなどなどの実験動物が全部げっ歯類。リスやビーバーもげっ歯類。

B君:この文章、まず、極めて重大なことを言っている。すなわち、霊長類については、DEHPの影響は認めれていないということ。すなわち、今回、TDI(耐容一日摂取量)を決めたが、それは霊長類の代表格であるヒトに対する影響は恐らく無いにも関わらず、TDIを決めたということを、主張している文章だ。

C先生:次の文章に行こう。

(肝臓への影響)
 DEHPのげっ歯類の肝臓への影響として、ラットおよびマウスの2年間の連続投与における肝腫瘍の発生が上げられる。
 最近のIARC専門家会合における検討において、(1)DEHPは、ペルオキシゾーム増殖作用を介するメカニズムによりラットやマウスに肝腫瘍を発生させること。(2)マウスやラットの発ガン性研究においてペルオキシゾームと肝細胞の増殖が観察されたこと。(3)DEHPに暴露した人肝細胞や霊長類の肝細胞でペルオキシゾームの増殖が認められなかったから、DEHPの発がん性分類を従来のグループ2B(Possibly carcinogenic to human) からグループ3(Not classifiable as to its carcinogenicity to human)に変更されている。

A君:まず、大変ご苦労様な実験ですが、2年間連続投与の実験で、ラット、マウスなどのげっ歯類では、肝臓に腫瘍が見られたということですね。これはこれで分かります。

B君:次の文章は問題だな。最近のIARC(国際ガン研究機関と訳すのか。International Agency for Research on Cancer、WHOの一部)で様々な研究結果を調査検討した結果、以下のような結論を出したということ。
 まず、(1)のDEHPは、ペルオキシゾームを増殖させて、その結果肝細胞に腫瘍を作るということ。

A君:そのペルオキシゾームですが、Peroxisomeとは、ほとんどすべての動物細胞の中に存在する小器官の一種で、1枚の膜で囲まれている。自分自身にはゲノムを持っていないので、外部からタンパク質を得て、自己増殖を行う、とされています。
 肝臓細胞に含まれているペルオキシゾームは比較的大型(0.5ミクロン)で、酸化酵素を含んでいます。この酵素は分子状の酸素をあやつることができて、特定の有機物が来ると、それから水素原子を奪って、過酸化水素(H)を作る。そして、カタラーゼという酵素は、この過酸化水素を用いて、フェノール、ホルムアルデヒド、アルコールなどを酸化する。すなわち、有害な有機化合物の解毒を行う機構であって、当然ながら、肝臓や腎臓の細胞では非常に重要な作用です。

B君:腫瘍は、DNAの損傷によって起こるとしたら、解毒のために作られる過酸化水素が、普通の細胞にも作用して、結果的に傷を付けるということなんだろうか。

C先生:それが、(2)、(3)の記述になる。すなわち、DEHPをげっ歯類に与えると、解毒剤であるペルオキシゾームが増殖するということは、げっ歯類の細胞が、「DEHPは毒物だ」ということを知っていることを意味する。そして、その解毒作用に使用する酸素というのは、実は生物にとって最大の毒物だから、間違って細胞を傷つけるのだろう。いずれにしても細胞の機能というものは、非常に良くできているが、やっぱり酸素は毒なんだな。

A君:ヒトなどの霊長類では、ペルオキシゾームが増殖しないということは、DEHPが毒物だとは認識されないということですね。それで、発ガン性については、グループ3という、発ガン性なしに分類された。

B君:しかしだなあ、毒物だと認識されないから有害ではないとは言えないのだろう? 例えば、内分泌攪乱効果というのは、自分で出しているホルモン類に似た物質が体内に入ってきても、それが毒物だという認識はしないかわり、なんらかの影響を受けてしまうのだから。

A君:あせらない。その内分泌攪乱性の議論は、後で出てくるんですよ。

C先生:それでは、次の文章に行こう。

(精巣毒性および生殖毒性)
 DEHPに関する、ラット及びマウスの精巣毒性または生殖毒性に関する多くの試験成績のうち明確な無毒性量(NOAEL)の得られている数少ない実験を見ると、まず、マウスによる生殖発生毒性試験成績(Lambら、1987)におけるNOAELは、生殖発生に対する明確な有害影響(胚致死、胎児の形態異常など)を指標として、14mg/kg/dayとされている。
 次に比較的低投与量のDEHPをラットに投与した時の影響をみた報告(Poonら、1997)におけるNOAELは、精巣の病理組織学的変化を指標として3.7mg/kg/dayとされている。
 ラットに低用量のDEHPを投与したもう一つの報告(Areadiら、1998)については低用量でも精巣毒性が観察されているが、DEHP投与量が不明で、毒性についての記載も不明確であるなど、報告に不備があるとされている。


A君:肝臓に影響を与えるという話から、生殖毒性や精巣毒性の話になっていますね。

B君:生殖毒性の定義とは何だ。

A君:詳しいことは知らないのですが、胚すなわち、受精卵からしばらく間に対する影響や、胎児の形態異常でるから、奇形についての影響を生殖毒性と言うのではないでしょうか。

C先生:大体今日の議論は、我々の専門である硬いものを対象とした工学のからほど遠いところなので、まあ、専門家にアドバイスをと思って、某T氏に質問したところ、毒性については、こんな区別のようだ。しかし、知識が十分でないせいか、相変わらずその厳密な区別は良く理解できない。T氏に感謝!!!

T氏による定義

催奇形性 teratogenicity
 四肢や内臓の奇形等、解剖学的に目で見て明らかな影響を表す毒性。

生殖毒性 reproductive toxicity
 妊娠・出産等生殖にかかわる毒性。妊娠率への影響など、母胎側から見た意
味あいが強い。

発生毒性 developmental toxicity
 妊娠・出産等生殖にかかわる毒性で、仔の側からの見方。
 催奇形性もこれに含まれる。

生殖発生毒性 reproductive and developmental toxicity
 上記2者を合わせた毒性。

 ただし、発生毒性に分類されるべき毒性(例えば催奇形性)も「生殖毒性」
に含めてしまう使い方もある。


B君:その胚の死亡や、胎児の形態異常というのは、非常に重要な問題だよな。それだと14mg/kg/dayということか。ヒトの場合だと妊婦が対象ということになるが、0.7g/dayぐらいだから、こんなに大量のDEHPを摂取することは無いだろう。

A君:それで、後で述べるようなTDIが決まる訳ですが、ダイオキシンの場合のTDIとは違って、このDEHPなどの物質は、体内の代謝速度が早い物質のようですから、体内濃度の議論はされて居ません。ということは、毎日0.7g/dayというめちゃくちゃ大量のDEHPを摂取しないかぎり、影響は出ないだろうと思われるということですね。

C先生:ここでは、種差は議論されていないが、まだデータが無いということなんだろうか。数少ない実験データだということだから、霊長類などに対する実験は行われていないのだろうか。サルを用いた実験は、相当高価なものだからかな。

A君:次が精巣細胞に対する効果の実験結果ですね。病理組織的変化と書いて有りますから、恐らく顕微鏡を用いて、細胞組織がどのようになっているかを調べたのでしょうね。ラットの場合には、3.7mg/kg/dayという値がこれで得られているということです。

B君:それって、精子ができないということなのか。

A君:分かりません。精子数に影響を与えると考えられなくはないですね。

B君:だとすると、それが環境ホルモン効果なんではないか。

A君:このあたりが、実は環境ホルモン問題の最大の問題のような気がするんですよ。このような毒性が生殖細胞に現れることを環境ホルモン効果と呼ぶのかということ。環境ホルモンという名称は俗称で、内分泌攪乱物質というのが正式名称だとすれば、通常の毒性がたまたま生殖細胞で現れたということは、環境ホルモンとしての効果ではないと思いますが。

C先生:それはそうだ。なぜならば、次にちゃんと内分泌攪乱性という記述が別途用意されているから。

(内分泌攪乱性)
 フタル酸エステル類については、内分泌ホルモン様の作用とそれに基づく生体障害の可能性が問われているが、フタル酸エステル類全般についてはヒト乳ガン細胞(MCF−7)を用いた試験報告ではDEHPは増殖活性は見られていない。また、酵母の系でも活性は見られていない。他方MCF−7の増殖活性で見た報告によれば用量相関性の増加が認められており、その最低濃度は10μM(=3.9mg/kg)であった。
 そのほかの試験管内試験成績を含めて検討すると、
DEHPにおける内分泌攪乱の可能性の如何については今後の研究の進展を待たなければならないが、試験管内試験から求められる最小作用量(10μM、3.9mg/kg)でも、従来の精巣毒性で求められているNOAEL値に比べて著しく低用量とは言えず、さしあたり一般毒性についてはこれまでの毒性試験の評価方法で判断することで差し支えない、とされている。

A君:でも、この文章は、これまでの文章に比べても悪文ですね。何が書いて有るのかよく分からない。まず、乳ガン細胞のMCF−7を用いた実験が2種類あるということでしょうかね。

C先生:たしかに分からない。そこで、T氏に解釈を聞いてみたら、やはり3種類の論文があるようで、それぞれについて、引用文献も教えて貰えた。

B君:そうだと、こんな風に読むのだろうか。乳ガン細胞を用いて試験管中で行った実験には、2種類あって、一つの実験では、DEHPにいわゆる内分泌攪乱作用の一つの証拠だとされている乳ガン細胞の増殖は見られなかった。しかし、もう一つの実験では、増殖が見られて、その最低濃度が10μMだった。

A君:そして、酵母を用いた場合には、内分泌攪乱性は見られなかった。

B君:しかし、まあ、安全をとって、10μMという濃度を一つの目安にしよう、ということか。

A君:しかし、10μMというというのは、試験管の中の溶液の濃度ですよね。化学から遠い方々に解説すれば、化学の立場では、分子の数を揃えて、その毒性などを評価するのが妥当だろうと考える。分子1個、10個、といった量を用いる訳にも行かないので、実用的には、6×10の23乗個という数を対象にして議論をするのが一般的で、それが1モルという量。丁度分子量にグラムを付けた量が1モルの質量。DEHPの分子量は約390だから、1モル=390グラム。10μモルは、その100万分の10だから3.9mg。濃度のMという単位は、モル濃度と言われて、1リットルの溶液中のモル数。すなわち、10μM=3.9mg/リットル=3.9mg/kgという濃さの溶液でテストをしたということ。

B君:それが、厚生省資料の10μM(=3.9mg/kg)という表現になる。

A君:この溶液の濃度、ホルモンの濃度にしては非常に高い濃度で、こんな濃度でしか乳ガン細胞が増殖するといった内分泌攪乱特性が見られていない、ということを意味しますよね。

B君:それはそうだ。しかも、今議論しているTDIというのは、経口摂取を仮定している訳だが、口から入ったものが、すべて体に取り込まれる訳ではなく、ダイオキシンの場合などでも、半分は排泄されてしまうという仮定だった。例え吸収されても、人間の体には様々な関門があるから、腸などで吸収されたものが、血液にのってすべての器官に届く訳でもない。肝臓のように解毒をやるところには、まあ届くのだろうが。生殖細胞に届くかどうか、届いたとしてもそのときの濃度は多分相当低くなっているだろう。

C先生:厚生省の報道用資料には、10μMという濃度が、3.9mg/kgに相当するという数字だけがしめされている。もしも、経口摂取したDEHPが体内に平均に分布するという、起こりそうもない仮定を用いると、やっと試験管中の濃度がTDIの議論に結びつくのだが、そんな説明が一切ないね。

A君:そうですよね。ところが厚生省の報道用試料には、「試験管内試験から求められる最小作用量(10μM、3.9mg/kg)でも、従来の精巣毒性で求められているNOAEL値に比べて著しく低用量とは言えず」、という表現がありますが、これはおかしいですね。なぜならば、NOAELが3.7mg/kg/day、試験管内の結果は、もともとTDIとは全く性格が異なる数値だから、換算するのは無理。もしもどうしても無理やりでもやれ、と言われた場合でも、そのままTDIに換算するのはおかしくて、最低でも数倍から数10倍には評価すべき量。まあ、TDIを10〜50mg/kg/day程度にするのが妥当、といった数値ですよね。それがなぜ「著しい低用量とは言えず」という表現になるのでしょうか。ところで、これまで説明しませんでしたが、NOAELはNo Observed Adverse Effect Levelで無作用量。

B君:むしろ、「通常のNOAELよりも、高い濃度でのみ影響が見えた」、から環境ホルモンとしての影響は無いと言えると断言すべきではないですかね。

A君:そうですよ。大体、内分泌撹乱性物質、すなわち、環境ホルモン性というのは、これまでの毒性などに比べて、著しい低濃度でその影響が出ることに特徴があって、そうでない通常の毒性が発現するような濃度での効果なら、それは「定義が違う」ということになります。

B君:むしろ、この厚生省の審議会委員長が、それを明示することを嫌がったということではないか。委員長には、配布試料など細かいところの表現までチェックをしてもらっているはずだ。わざわざ分かりにくい表現を用いた、という可能性は否定できない。

A君:文章に、「DEHPにおける内分泌攪乱の可能性の如何については今後の研究の進展を待たなければならないが」、というところがあるのですが、これがどうも意図的に加えられた文章なのでは無いですか。

C先生:意図的な表現であるかどうか、これは水掛け論になるだろうが、いずれにしても、わざわざ分かりにくい表現を用いたことは事実だろう。この報道用資料ですべてを理解し正しく報道せよというのは、不親切極まりない。しかも、環境担当の記者には文系の大学を出た人が多くいて、必ずしも化学や生物のことを知らないとすると、こんな不親切な分かりにくい文書を読んで、どうやって記事を書いているのだろうか。しかも、新聞報道には即時性が求められるわけだから、何かを調べたり、あるいは、識者に相談する時間的余裕も無いだろう。

A君:今回の結論は、DEHPは内分泌撹乱物質としてはまず問題無いという結論。しかし、DEHPが環境庁の67(70)品目リストに載っていることで、メディアはそれを環境ホルモンだと言う。いずれにしても「環境ホルモン」という言葉を、再検討する時期ですね。

B君:「環境ホルモン」、これはもう役割が終わった言葉だ。現時点以降、この言葉は、害悪しか流さないだろう。

C先生:内分泌撹乱作用について、再度定義からきっちり議論することを望む。その内容は、恐らく、通常考えられる毒性よりもはるかに低濃度で内分泌システムに影響を与え、結果として、胚から妊娠初期の胎児に対する悪影響がある物質、といったことになるのでは無いだろうか。こう考えれば、DEHPは内分泌撹乱物質のリストから外すべきだろう。


付録:食品衛生調査会毒性・器具容器包装合同部会委員名簿

部会長 合同なので2名
 井上 達 国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験センター毒性部長
 戸部満寿夫 医薬品副作用被害救済・研究進行調整機構研究振興部顧問
委員
 江崎孝三郎 元大阪府立大学農学部教授
 長尾美奈子 東京農業大学応用生物科学部栄養学科公衆栄養学教室教授
 中澤裕之  星薬科大学薬品分析化学教室教授
 成田弘子  日本大学短期大学部教授
 林 裕造  北里大学薬学部客員教授
 福島昭治  大阪市立大学医学部教授
 丸山 務  麻布大学環境保健学部教授
 三森国敏  国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター病理部室長
臨時委員
 河村葉子  国立医薬品食品衛生研究所食品添加物部第三室長
 黒川雄二  国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター長
 鈴木勝士  日本獣医畜産大学教授


付録2:専門家からのコメント2件

その1:by 匿名氏
「環境ホルモンではないDEHP」に関し,肝臓への影響の解釈については若干異論があります。

哺乳動物における主要な代謝(多くの場合,無毒化)機構は肝ミクロソームに存在するチトクロームP450が関与するものです。一般に,薬物代謝の8割はP450によるといわれています。酸化によって分子にOH基を導入し,グルクロン酸などと抱合して水溶性を高め,尿などとして体外に排泄するのがごく一般的な代謝機構です。

たしかに,ペルオキシゾームにも酸化酵素系はいろいろ存在するのですが,DEHPそのもの代謝に寄与するような酵素系が存在することは疑問です。また,DEHPの場合は,エステラーゼによりフタル酸と2-etylhexyl alcoholに加水分解される反応が重要となります。

ヒトは「DEHPは毒物だ」と判断できない訳ではないのです。もともと,代謝機構は毒か薬かを判断しません。アミノ酸などの生体物質を例外として,代謝酵素系は化合物の部分構造しか認識しません。それゆえ,専門家は化学構造をみただけでどのように代謝されるかある程度判断できるのです。

ペルオキシゾームが増殖し,その結果,肝腫瘍の発生する機序については私も同じ考えです。しかし,ヒトではエステラーゼとP450による代謝機能が高いからペルオキシゾームは増殖しないというわけでもないでしょう。DEHPはラット,マウスにそのような作用をもたらす化合物なのだと思います。

動物での毒性試験はヒトでの安全性を評価するために行います。この視点は重要です。多くの素人は「発癌性試験で陽性の化合物」を「発癌性のある化合物」というからです。IARCではヒトでの発癌リスクを評価しますから「実験動物での発ガン性の証拠が十分であっても,その実験動物での発ガン現象のメカニズムがヒトでも同様に機能するという証拠がない」とみなせばグループ2Bに分類され,さらに,その証拠がないことが十分に強力であればグループ3に分類されます。

その2:by U氏
まず本を紹介させて頂きます。
化学物質のリスクアセスメント 現状と問題点
監修 厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室
編集 国立医薬品食品衛生研究所「化学物質のリスクアセスメント」編集委員会
薬業時報社 定価 本体4300円
ISBN4-8407-2359-1
発行は平成9年9月です。これは一応一般の方にも分かり易く書かれていますので、お手元におかれることをおすすめします。この本の55ページの発ガン性の項目でヒトへの外挿の注意点として、「ペルオキシゾーム増生と肝腫瘍」という項目がありまして、ペルオキシゾーム増生剤による腫瘍発生がげっ歯類のオスで顕著な現象であり、ヒトではまずおこらない旨の記述があります。現に抗高脂血症剤の長期投与による肝がん発生のリスク増加は見られていません。これは毒性の業界では比較的有名な例で、「ペルオキシゾーム増生による発ガン=ヒトでは当てはまらない」というように読んでほしいのだと思います(どう考えても素人には無理な話だと思うのですが)。

ちなみにペルオキシゾームは超長鎖脂肪酸のベータ酸化を行う器官で、解毒のための器官ではありません。脂肪酸代謝に重要な役割を果たしているのですが、ラット・マウスはどうも長期間高脂肪食(といっても人間の場合よりかなり低い)を食べてもいいようにはできてないらしく、脂肪酸代謝機能がすぐに過負荷になってしまうようです。だから脂肪酸代謝に影響するような薬物の作用が強力に出てしまうのでしょう。

次に、DEHPの精子への影響ですが、その実験における濃度設定は0, 5, 50, 500, 5000 ppmで、500ppmの群でセルトリ細胞(精子を作るためのお母さんのような役割をする細胞)に弱い空胞化(これは脂肪が細胞内に溜まった痕跡で、脂質代謝に影響するような薬物ではよく見られますし、加齢でも見られます)が見られたことから、その下の用量の50ppm(3.7 mg/kg body weight/day)をNOAELにした、ということです。5000ppmでもセルトリ細胞の空胞化と弱から中程度の精細管の萎縮が見られただけですからそれほど深刻な病変の兆候とは思えません。5000ppmですら精子がなくなってるとか壊死してるとかいうような病変はないわけですから。500ppmの下の濃度が100ppmで実験していればNOAELは100ppmになったかもしれないです(それだけでTDIは2倍になってしまう)。そして「脂肪に弱い」というラットの性質を重要視すれば病変として取り上げなかったかもしれないような指標です。DEHPが人間の生活にとってそれほど重要な物質ではないためにかなりルーズに安全側を採択した結果だと思います。

ここからは私見です。新聞記者には科学担当の人もいますし、非常に大きい影響力を持っていて、しかも高給なのですから、先に挙げた本の一冊くらい読む程度の勉強はすべきだと思います。研究者の書く報告書の文章が悪文でわかりにくいのは確かですが、日本でin vivoの毒性評価部門を担当できる人材がせいぜい十数人しかいないことを考えると彼らに分かり易い日本語までを要求するのは酷ではないかと思います。アメリカの1/10程度の規模しかないのが日本の安全性評価研究の実状です。だから逆に「環境ホルモン」や「ダイオキシン」は研究費が集中して「金づる」になってしまうのではないかとも思います。煽れば当人の所にお金が入ってくる仕組みなのですから。