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ダイオキシン新許容値4pgに(暫定版) 06.24.99






 平成11年6月21日の新聞各紙によれば、ダイオキシンの1日あたりの摂取許容量(TDI)が厚生省と環境庁の合同会議で改定された。4pg/kg/日という値が新しいTDI値である。これまで、厚生省は10pg/kg/日、環境庁は5pg/kg/日とい2種類の値が有ったが、今回これらが統一されて4pg/kg/日になった。この値は、WHOが昨年改定した1〜4pg/kg/日の最大値、これが当面の最大許容摂取量とされているが、この値と同じ値を採用した形となっている。なお、WHOの1pgは目標値であるとされている。
 6月23日の朝日新聞社説では、この値について論評し、「先回り対策が肝心」との見解、ならびに、WHO的目標値を定めるべきであったと批判している。そして、その目標値に合わせた形での焼却炉の排出基準、環境基準などを設定すべきであるとの議論を展開している。さらに、母乳からの乳児のダイオキシン摂取に触れて、成人とは比較にならないぐらい大量に摂取していることを認識しながら、乳児期に限定された一時的なものとして簡単に片付けるのはけしからん。母親の不安を考慮したらもっと細かい助言が必要だろうとしている。そして、結論としては、研究が進むにつれ、新たな危険性が判明するのがダイオキシンである。先回りしすぎるぐらいの対策でなければ、未来に禍根を残す、と結んでいる。
 この朝日新聞の社説の寄って立つ環境原則は、未だにリスクゼロ、予防原則のように思える。本HPは、リスクゼロ、予防原則はもはや過去のものになりつつあり、環境科学の目指すべき目標は、トータルリスクミニマム、予測原則であるとの立場を取っている。さてさて、難しい問題だが、どんな議論になるだろうか。

C先生:ダイオキシンの話題は、いつまでたっても終わらない。無限にニュースが出てくる。これはダイオキシン専門家諸氏にとっては、誠にご同慶の至りなのだが、市民サイドに立ったときの本音として、そろそろダイオキシンという言葉を聞かないでもすむ社会になって欲しいという思いがある。
 今日は、朝日新聞の社説をどう考えるかが中心課題であるが、それには、今回の4pg/kg/日という値がどのような経緯で決められたか、その中身をきちんと知る必要がある。乳児の摂取量についてだが、朝日新聞の社説のような書き方では、却って母親の心配を煽るばかりで、確かに安心はできないが、より深くその中身を知れば、本当に心配すべきことは何であるかが分かる。なんで、もっときちんと説明をしないのだろう。それがマスコミの真の責任だろ、と言いたくなる。

A君:それでは、今回の4pg/kg/日という値が決まった経緯を簡単に説明してみましょう。資料として使っているものは、「ダイオキシンの耐容一日摂取量(TDI)について」というもので、生活環境審議会・食品衛生調査会・中央環境審議会の報告書とするための案です。用語はここからはなるべく正式用語にします。
 今回、これまでのTDIと決定的に異なる思想に基づく決め方をしています。それは、「体内負荷量」と呼ばれる量を基準として用いたことです。これは、体内蓄積量とでも言いかえることができる量です。なぜ、こんな量を考えなければならないのか、と言えば、体内におけるダイオキシンの半減期が、ヒトだと5.8年から11.3年(平均して7.5年としている)だが、ラットやハムスターだと12〜24日、モルモットで94日、サルで約1年と全く異なることです。となると、毎日口から入る摂取量だけで比較しても、余り意味はない。むしろ体内に蓄積されたダイオキシン濃度を基準とすべきではないかということになります。
 
B君:交代。それが体内動態の取り扱い。それ以外にもどのような毒性を考慮するか、これも変わってきている。以前の厚生省版TDI10pgのときには、ラットに対して2年間連続投与した試験による体重増加抑制、肝障害などのデータや、ラットの三世代にわたる生殖試験による子宮内死亡、体重増加抑制などのデータから、無毒性量を1000pg/kg/日と判定し、安全係数(不確実係数)を100として、10pg/kg/日という結論を出した。
 しかし、今回の検討では、むしろ、生殖毒性・免疫毒性に毒性試験の目的が移った。なぜならば、例えば発ガン性も考慮はされているのだが、その実験はラットに対する2年間毎日の連続投与の量が100、000pg/kg/日といった量で、今回の4pg/kg/日といった値に比較して、数桁も上の非常に大量の投与の場合に発ガン性があると評価されているからだろう。また、生殖毒性以外の遺伝毒性も、大量投与の場合にのみ見られるからだろう。
 一方、生殖毒性は、母ラットに対するたった一回の200、000pg/kgといった投与量で、子ラットの生殖器に異常が見られるのだ。

C先生:ダイオキシン毒性には、急性毒性、発ガン性、遺伝毒性、生殖毒性などがあるとされてきたが、急性毒性は、非常にダイオキシンに対して弱いとされているモルモットですら、0.6マイクログラム/kgという値で、その値自体は確かにサリンよりも強い毒性であることを意味するのだが、なにせダイオキシンの存在量が余りにも低濃度なもので、この値を現在我々が摂取している2.6pg/kg/日といった量で急性毒性を発現しようとすると、20万日分の食料を1日で食べなければならないことになって、まず不可能。環境から、これだけのダイオキシン量を摂取することは有り得ない。だから急性毒性がサリンの2倍だと騒いでも、なんの意味も無い。
 発ガン性にしても、計算上は、毎日毎日2万日分以上の膨大な食料を食べての話。すなわちダイオキシン摂取でガンになるのはかなり困難。もともと、ダイオキシンそのものには発ガン性は無く、発ガンを促進する作用があるとされているだけだ。
 生殖毒性以外の遺伝毒性にしても同様で、やはり数万日分の食料を毎日たべなければ大丈夫という結論になるものが多いのだ。
 ということで、残るのが生殖毒性関係と、免疫毒性になる。なかでも、生殖毒性、これが深刻だ。

A君:また交代。ということで、今回、さまざまなデータを体内負荷量に換算してデータをにらんだところ、蓄積されたダイオキシンが86ng/kgという体内負荷量を超えると、なんらかの異常がでると結論して、これだけの体内蓄積量になるには、毎日43pg/kgのダイオキシンを摂取する計算になるとまず結論をだした。それから、安全係数(不確実係数が正式)を10として、1日当たりの許容摂取量として、4pg/kg/日という値を導いています。

B君:以前の考え方だと、安全係数は100だった訳ですよね。それが今回10になって、それで安全と言えるのか、これが検討を要しますね。

C先生:古いTDIのときには、ラットなどの体内半減期がヒトの場合とは余りにもかけ離れているということが考慮されていない。それゆえ、安全係数が100とされた。今回、体内負荷量という考え方に切り替えたために、動物種による違いが一応無視できる論理になった。そこで、安全係数を10に下げたという理解になるのだろう。

B君:それは、より予防原則的が予測原則的になってきたということでしょうか。

C先生:予測原則の一つの要素が、グレイゾーンの縮小だ。それには、安全係数無しで、きちんと物が言えること、まずこれがターゲットになる。その後、適切な安全係数を考えることが重要。今回、安全係数が100から10になったことは、退歩であると見るべきではなく、より予測原則に近づいたと見たい。

A君:米国のTDIとして、暫定値ながら0.01pg/kg/日という値がありますよね(「ダイオキシン」岩波新書、宮田秀明著、p180 )。これは、ダイオキシンが遺伝子を直接傷つけるために毒性には閾値が無いという仮定のもとに決められたようですが、今回のTDIでは、「ダイオキシンは直接的に遺伝子を傷つけるものではない」という理解に基づいて決められていますね。これは米国のTDIがおかしいということを意味するのでしょうか。

C先生:そう思う。しかし、我が判断は素人判断ゆえに不確実性あり。

B君:以上のような議論から分かることは、ダイオキシンでもっとも問題にすべきは、生殖毒性だということですね。これは、ダイオキシンに環境ホルモン作用があると理解すべきなのでしょうか。

C先生:そう思う。しかし、我が判断は素人判断ゆえに不確実性あり。あれ、前と同じ答えだな。この2点、プロに確認した後、再度議論したい。ということで暫定版です。

A君:となると、本当に心配すべきは、妊婦ですね。まだ細胞の分化が十分進展する前にダイオキシンが作用すると、いろいろと影響がでる可能性が強い。しかし、一旦正常に生まれてしまえば、母乳からのダイオキシンの効果は、体内負荷量を用いた考え方で処理できることになって、数ヶ月間の母乳からのダイオキシンの影響は、余り心配に及ばないことになりますね。

B君:論理的帰結としては、そうなりそうだ。となると、タバコをスパスパ吸う若い女性にはレッドカードということになる。タバコからもダイオキシンは出ている。それをせっせと体内に蓄積している訳だからな。母体のダイオキシン濃度が高いと、胎児のダイオキシン濃度も当然高くなる。胎盤がダイオキシンをブロックできないようなので。

C先生:そろそろ、まとめに行こう。これも素人判断ゆえに、不確実性があるが、この合同作業部会の専門家が生殖毒性をもっとも危険な毒性だと判断したように読める。
 となると、母乳だけではなく、ダイオキシンの環境濃度がもっとも高かったと思われる1975年ごろに生まれた青年男女が、ダイオキシンによる生殖毒性の影響を受けていないかどうか、その系統的な調査が必要だということを意味するかも知れない。もしも、現在25才前後の彼らが完全にOKなら、今後から生まれる子供達は余り心配ないことになる。

A君:朝日新聞も、通常の記事や解説記事で、もっとTDIの意味を報道すべきですね。そうすれば、母親の心配がかなり緩和すると思います。

B君:野田郵政大臣にニュースステーションのダイオキシン報道で叱られたテレビ朝日も、罪滅ぼしとして、もっと今回のTDIが決められた経緯やその意味をきちんと説明すべきだったと思う。

A君:それに、今回の話を元に解釈をすれば、成人男子はまず全く問題なし。許容摂取量も前の値、10pg/kg/日でも良いのかもしれない。妊娠の可能性の無い女子も同様、ということになりそうです。

C先生:テレビや新聞がなんでもっと詳しく報道をしないのか。疑問だね。その気になれば、やさしい解説が可能で、真実により肉薄した報道になるのに。そんな報道をしても、市民が読まないとでも思っているのだろうね。
 さて、結論だが、今回のTDIの決め方を見ると、それなりに予測原則へ変身中だと解釈できるだろう。それに対して報道機関などから、昔流の予防原則の主張が現れ出でて、それに市民の意見が振り回され、結果的にダイオキシン規制だけが異様な形で独走しないことをまず希望する。そして、NOxやディーゼル排ガス中の粒子状物質といった汚染型負荷、さらには資源・エネルギー消費、温暖化、固形廃棄物といった消費型環境負荷の問題も、同時に並行してバランス良く解決に向かうことを希望したい。