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ディーゼル排気規制強化 01.14.2001




 他の環境規制がかなり細かいレベルになってきたにも関わらず、様々な事情で遅れていたように見えるディーゼル排気規制が大幅に強化されることになるようだ。日本のディーゼル排気ガスの規制は、実感としてもEUのものとは違う。日本では、車を運転しているときに、前がトラックだと不愉快なぐらい臭いも色もひどい排気を振りまいている。ヨーロッパのディーゼルトラックは、黒煙を吐いていない。どうやら、日本の排気ガス規制は、NOx偏重で来ているように思われるが、その真意は何か。
C先生:ディーゼル排気規制強化が行われるらしい。これで欧州標準に近づくことになるだろうか。

A君:新聞発表をまとめてみましょう。1月9日朝日新聞の朝刊1面トップ。
 このような規制強化が行われる背景には、尼崎と名古屋の大気汚染訴訟で、大気中のPM(粒子状物質)が環境基準濃度の1.5倍を超えたらば、道路交通を差し止めるという判決が出たことがあります。次の図を見てください。


 日本とEUとの環境基準を比較すると、一般的状況としては、日本がNOxに厳しく、EUがPMに厳しいのです。例えば、1998年時点で、NOx(g/kWh)だと、日本4.5、EU7.0、ところが、PM(g/kWh)だと逆転して日本0.25、EU0.15となっています。
 これが今回の方針がそのまま決まれば、2005年にはNOx(g/kWh)で、日本1.69、EU3.5、PM(g/kWh)が日本0.04、EU0.02ということになるようです。

B君:2005年になっても、日本がNOxに厳しく、EUがPMに対して厳しいという状況が変わらないという訳か。

C先生:ディーゼルエンジンに限らないが、燃焼条件を空気量を増やして酸化側に振るのか、それとも酸素量をちょっと減らして還元側に振るのか、これによって、出てくるものが違う。完全燃焼すればすべて解決、と考えるのは素人。なぜならば、燃焼ガスが高温になると窒素と酸素が化合してしまってNOxになる。だから、NOxを減らすには、ある程度燃焼温度を下げなければならない。ガソリンエンジンの場合には、NOx分解触媒が使用されていて、最近では、なるべく酸化側に振って効率を稼いで、出てしまったNOxは分解すれば良いという考え方。ディーゼルは、燃料中の硫黄分がまだ多いので、触媒で処理すれば良いというのが難しい。そこで、EUは、燃焼効率を高くして、どちらかと言えば、NOxの放出には多少目をつぶってPMを減らすという方向を選んでいる。

A君:新聞によれば、ディーゼル乗用車のNOxについては、EUから達成が難しいという反発があって、むしろ緩和される方向らしいです。

B君:要するに、日本はなんでこんなにもNOx削減を重視するのだ、ということが謎ということになるな。これを解明するのが本日の目的か。

C先生:それには、NOxとPMがなぜ悪いのか、その検討から行くか。

A君:日本の大気環境基準をちょっと説明しましょう。
二酸化窒素:1時間の1日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内またはそれ以下であること。
PM:1時間値の1日平均値が0.10mg/m3以下であり、かつ、1時間値が0.20mg/m3以下であること。

となっています。

B君:環境省の説明によれば、それぞれの大気汚染物質について、人の健康や環境におよぼす影響について、次のようになっている。
二酸化窒素:高濃度で呼吸器に影響をおよぼすほか、酸性雨および光化学オキシダントの原因物質になると言われている。
PM:大気中に長時間滞留し、高濃度で肺や気管などに沈着して呼吸器に影響を及ぼす。


C先生:NOxの最後が「言われている」という伝聞形で終わっているのは面白い。しかし、NOxは、そのものとしての害以外に、光化学オキシダント、昔は光化学スモッグと呼んだものだが、の原因物質になる。その説明を追加してくれ。

A君:はいはい。こんな風です。
光化学オキシダント:いわゆる光化学スモッグの原因となり、高濃度では粘膜を刺激し、呼吸器への影響を及ぼすほか、農作物など植物への影響も観察されている。

B君:オキシダント、要するに酸化性物質だが、実体はオゾンや過酸化物などなんだろうな。オゾンが有害なのは分かっていることだ。

A君:炭化水素、HCというものも光化学オキシダントの原料になるようですね。NOxだけで人体に悪影響がでるのは、現在の環境規制の濃度よりも高い濃度だそうですから、NOxの環境規制値は、むしろ本体の毒性というよりは、オキシダント対策のためだと言うことができるのではないでしょうか。

C先生:それでは、最近の大気汚染の状況がどうなっているのか、その報告を読んでみよう。インターネットからダウンロードすることが可能だ。環境省になって、URLが変わったが、http://www.env.go.jp/に入って、大気環境のところを調べれば良い。

A君:それによりますと、二種類の測定局があって、自動車排出ガス測定局というところと、一般局があって、常時監視されています。二酸化窒素については、98.9%の一般大気測定局が基準を満たしているのに、自動車測定局については、78.7%が満たしているだけで、「違反」ということになるのですね。もっとも、8年度には64.6%しか満たしていなかったのが、11年度になって良くはなっているのですが。

B君:11年度が良いのは、これは不景気のせいではないか。不景気だと輸送が減って空気がきれいになる。だから平成12年度のデータが出ないと良くなっているとは言えない。

A君:そうですね。先ほどのデータは、全国のデータなのですが、特定地域(自動車から排出されるNOx特別措置法の対象地域)では、規制達成率が平成11年度で59.1%なのですが、これは、平成10年度の35.7%に比べて大幅に良くなっているんですね。だから、不景気の影響だという説が有力かもしれません。

C先生:年平均が0.03ppmを超した地域を見ると、首都圏の場合には、東京都、神奈川県に集中し、関西だと大阪府に集中している。やはりトラックの影響だ。日本全体で車から排出されるNOxは、55万トンだが、ディーゼル車の寄与が75%だと言われている。

A君:次にPMあるいはSPMとも言いますが、やはり11年度の達成率が大変良くなっているのですね。自動車排出ガス測定局に限って言えば、平成10年度の35.7%からなんと76.2%が達成。

B君:しかし、それも不景気のせいだよ。平成12年度には悪くなっているはず。

A君:特定地域について言えば、特に首都圏では、達成率が平成10年度に3.1%が53.5%になっているんです。

C先生:PMについては、年間6万トンが放出されているとされる。そのほぼすべてがディーゼル車からと考えて良い。最近、直接燃料噴射型のガソリンエンジンから、ディーゼル車よりもさらに細かい粒子状物質がでているという未確認情報もあるが。
 測定局で年平均値が0.05mg/m3を超えたところは、どいう訳か都心部には無くて、周辺部にある。国道16号線沿い、環状7号線、甲州街道などなどだ。

A君:最後に光化学オキシダントですが、これは、基準が厳しくて、「1時間値が0.06ppm」ですから、ある瞬間でも基準を超すとダメ。ということで、基準達成局0.3%しかない。注意報レベルの日数が10日以上出た地域は、関西には無くて、関東のかなり周辺地域なんだ。前橋、本庄、佐野、古河、川越、青梅といったところです。

C先生:光化学オキシダントのもう一つの原因物質である炭化水素は、このところ減少気味なんだが。最近、余り都内では被害が出たという話を聞かなくなった。やはり、状況は改善されているのだろう。

B君:でもそれは言い過ぎなのでは。データをみても、余り改善されているようには見えない。

C先生:確かにそいうも言えるのだが、良くみると光化学オキシダント濃度レベル別測定時間の推移というデータがあって、それを見ると、0.12ppmという規制値の2倍を超した時間は、わずかだが減っている。光化学オキシダントは、太陽が強く、気温が高い、という条件を満たす必要があるために、発生は局所的、かつ時間的にも限られている。要するに、ピークが問題になるタイプなんだろう。

A君:このようなデータを見て、今後のディーゼル車の排出規制をどのように考えるか、かなり難しいですね。
 今回の検討課題は、日本とEUを比較して、日本の方針、すなわちNOxの規制が厳しいが、PMの規制が緩いことには妥当性があるか、ということなんですが、そのために考慮すべきことは、
(1)NOxの改善は進んでいない。平成11年度が良く見えるのは一時的。
(2)PMの改善は、平成11年度のデータをどう見るかで違う。多少良くなっているのかも。
(3)それぞれの物質の与える被害は、
NOx:直接の被害は出ていないのだろう。しかし、光化学オキシダントの原料である。
光化学オキシダント:むしろ、首都圏よりも周辺部に被害がでている可能性が高い。
PM:これは長距離影響があるとも思えず、沿道周辺に被害がでている可能性が高い。

B君:さらに、どのような人体への影響がでるかという質的なところも違う。
NOx:呼吸器急性。
光化学オキシダント:呼吸器急性。植物。
PM:発ガン性やぜんそくなどのアレルギー。

C先生:これらをどう評価するか。またまた正解は無い世界だろう。だから直感的に答えを出すしかないのだろうな。

A君:そうでしょうね。個人的には、直感的にPMがいやなので、PMをもっと厳しくしてほしい。今後の規制値の推移をみても、PMが甘いように見えますね。

B君:個人的には同感だ。やはりNOxを多少緩くしても、PM規制を強化して欲しい。

C先生:NOxの直接被害は無いとして、光化学オキシダント経由の被害は、沿道というよりもかなり離れた地域に出る。因果関係がどのぐらいわかっているのだろうか。光化学オキシダントは、短時間で回復するので、そのような状況のときには外出を控えるといった対策が可能。ところが、沿道でのPMの影響は、空気清浄機を運転した室内に常時いるといったことでしか避けることができない。いくらマスクをして外出してもダメだ。しかも、PMの影響が現代人特有のアレルギーや発ガンに出るということとなると、やはり、PMを中心に規制強化をすべきではないか。

B君:しかし、環境省としての立場で考えれば、沿道住民から訴訟を起こされないようにするのが最大の方針になりそうだな。となると、規制値の達成率が低いNOxを中心に、さらに規制達成に向けて方策を積み増すのが常道だろう。

C先生:多分それが環境省の本音。もしも、一時的にでも、NOxの環境規制値を若干緩和するといったことができれば、人間に対する影響の観点でのトータルバランスとしては、かえって良くなるかもしれない。なぜならば、エンジンを若干酸化側に振ることが可能になるから、PMが減ると思える。
 だけど、「違反」状態だと、訴訟を起こされたら勝てないからね。だから、NOxの緩和など望むべくもないのだろう。なぜならば、その朝日新聞の記事の見出しだって、「環境省方針 NOx3倍厳しく」というものだ。要するに、朝日新聞の意識としては、相変わらずNOxなんだ。その見出しの通りに本当に3倍か、と言われると、実は既定方針の2007年の規制を2年前倒しをするだけで、規制の数値としては何も変わっていない。しかもその値も、現在の4.5が1.69だから、3倍になっていない。実体をあらわしていない見出しだ。正確な表現をすれば、「ディーゼルトラックNOx規制 2年前倒し」が正しい。
 一方のPMだが、これは、現在の0.25を2005年には0.03〜0.04にするというもので、当初2007年に0.09にする予定だったのだから、まさに3倍なのだ。現時点からみれば、8倍厳しくなんだ。これは大々的な進歩だと言えるだろう。ところがところが、これが見出しにならない。なぜなんだろうね。
 想像するに、朝日新聞も、「規制値を満たしていない。「法律違反」だ。けしからん」、なのではないか。要するに、「環境汚染の人体影響などは良くわからん。しかし、国が法律違反をしてどうするんだ」、という考え方なんじゃないか。これでは、本当の環境改善は難しい。
 環境に関する法律などは矛盾が出たらどんどんと変えればよい。まだまだすべてが科学的に分かっている訳ではない。そんな状態での法律は、人間社会が勝手に決めていることで、真理としてあがめる金科玉条ではないのだから。日本の行政に求められる最大の課題が、このような柔軟性だろう。