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  化学物質過敏症にならないために 03.17.2002




 文春新書230「化学物質過敏症」ISBN4-16-660230-6 なる本が出版された。これは、柳沢幸雄東大教授、石川哲北里研究所病院・臨床環境医学センター長、宮田幹夫同センター部長、の3名の著になるもの。

 実は、この本は、柳沢先生から寄贈されたものなのだが、感想としては余り面白くなかった(柳沢先生、申し訳ない)。被害者の現状が詳細に記述されているのは良いのだが、なぜ化学物質過敏症になるのか、といったメカニズム面での記述がほとんど無かったからである。

 化学物質過敏症という言葉は、どうも問題があるようだ。医学分野では、化学物質過敏症という言葉は、言われの無い非難を化学物質に対して行う人、といったイメージがあるらしい。ここでは、「化学物質過敏症」(カッコつき)は、ほぼ、「シックハウス症候群」と「ある物質に対する不耐」という両方の言葉を含むものであるとして取り扱う。

 そして、この本をよく読むことによって、自分が「化学物質過敏症」、特に、シックハウス症候群に陥らないためには、何をどのようにすれば良いかのヒントを得ることができるが、この本に必ずしも明確な記述がある訳ではないので、どう読むかを記述してみたい。

 ところで、我々の研究室が、六本木を離れて現在のオフィスに移転してきたのが昨年の3月14日であった。実はその後、若干気分が悪い時期が続いた。恐らくある程度のシックハウス症候群の症状のようだった。その後、5月にどうしても立っていられない眩暈を起こして寝込んだが、これもひょっとすると、その延長線上にあったのかもしれない。

 本業が化学屋だけに、われわれはいつ「化学物質過敏症」になってもおかしくは無い。それだけの量は吸っていると思われる。


C先生:この本の前半は、患者の症状の詳細の記述であって、余り有益な記述だとは思わなかった。しかし、良く読むと、特に、最後の対談を読むと、「化学物質過敏症」にならない防衛策が見えてくる。

A君:「化学物質過敏症」というと、何をもってしてそういうのか、という定義が必要ではないでしょうか。

B君:本書にも明確には記述されていない。一部には、神経症だと思っている人もいるようだから。

C先生:個人的には、「化学物質過敏症」とは次のようなものだと考えている。
「ある種の化学物質の摂取量が限界値を超えると、その物質以外の化学物質に対しても、通常のヒトが反応する濃度よりも1桁以上低い濃度であっても不快を感じる症状。「化学物質過敏症」を発症させる原因物質としては、ホルムアルデヒド、トルエン、有機リン系(クロルピリホスなど)、アセトン、アセトアルデヒド、ガソリン、ピレスロイド系、パラジクロルベンゼンなど、様々な物質がある」、といった程度だが。

E秘書:その原因となった化学物質以外の化学物質についても異常な感度を持ってしまうというところが重要なのですね。

C先生:そういうこと。ただし、メカニズムはまだ分からないし、「本当にこんなことが起きる」、ということも確実だとは言えない。ただし、市民レベルとしては、「化学物質過敏症」が自分の身に降りかかる可能性があることを前提として対処すべきだ。

A君:柳沢先生以外の石川先生も、宮田先生も、なにやら「化学物質過敏症」的症状に掛かった経験があるようです。実際には過敏症よりも、中毒なのかもしれません。石川先生は、1960年代に農薬の研究をしていて、有機リン系の慢性的な症状、特に、脳や視神経に対する影響を調べていて、極めて激しい頭痛に見舞われて、それが有機リン系の農薬の影響だとは思わなかった、としています。

B君:宮田先生の方も、有機リン系のフェニトロチオン、フェンチオンという化合物の研究をしていて、有機リン中毒に掛かったという。夜中にとんでもない発作が起きて、金縛りにかかり、死にそうな思いをしているのだが、動けないという症状だったらしい。

A君:お二人とも、農薬は怖いとしています。当然と言えば当然ですが。佐久市でマラソンなる農薬のヘリコプター散布によって、神経系や内分泌系を中心に発育が遅れる子供達が大量に出たそうです。まず視力が低下し、視野が狭くなる。そして、子供は目が柔らかいので、目の発育が異常になってくるという症状だったようです。

B君:パラチオンなどで視神経の障害がでないとメーカーは主張しているが、12ヶ月までの実験で出ないだけで、2年以上掛けて実験するとビーグル犬では影響が出ることを証明しているとのこと。

A君:クロルピリホスという防蟻剤を米国では完全に規制したけれど、知能的な発育が遅れた子供の施設にクロルピリホスを使うと、知能の発育が際立って遅れるらしいです。このようなダメージがあることが、リーバーマンなる研究者の研究から分かってきたのですが、これは知能テストのような大雑把な検査では分からないそうです。高度なメンタルテストを行って初めて異常が見つかった。

B君:ここまでの記述は、「化学物質過敏症」というよりも、それぞれの物質の危険性、あるいは中毒といったものだった。やっと本題に入るのだが、このクロルピリホスは、「化学物質過敏症」の原因物質の一つだということ。

E秘書:米国では、クロルピリホスは完全に使用禁止になったのですよね。日本はいつ禁止になるのですか。

B君:遅れるのが日本と特徴とは情け無い。でも、実質上使われてはいないようだ。

A君:さてさて、話変わって、「化学物質過敏症」に対して最悪・最大の化合物がホルムアルデヒド。その濃度が80ppbでも悪くなる。この80ppbというのが現在のガイドラインで、無いよりはましだが、さらに低いガイドラインを設定した方がよい、との主張がありますね。

B君:「化学物質過敏症」がキレル原因にもなるらしくて、過敏症の患者さんの中には、猛烈に多弁になって、相手を攻撃するようなことがいるが、それが発作的な行為なのだろうか、無意識でそのようになる人も居るらしい。大脳辺縁系、つまり情動脳が障害を受けているということ。

A君:大脳辺縁系にもっとも敏感に反応するのが、有機リン、ホルムアルデヒド、トルエン。

B君:症状としては、夜、眠りに入るときに、汗がでずのどが渇いて気持ちが悪くなり、朝はものすごく寝汗をかく。これは、交感神経と副交感神経の切り替えが上手くいかないという典型的な症状。

A君:心電図を検査すると、異常が見つかることもある。

B君:ホルムアルデヒドは、通常の人間には、200ppb〜300ppbにならないと臭いを感じない。しかし、臭いを感じる濃度以下の80ppbであっても、「化学物質過敏症」になる可能性がある。

A君:大体、どのような普通の生活でも、ホルムアルデヒドの濃度が30〜40ppb程度あるのは普通のことだそうで。

B君:一旦、過敏症になると、ホルムアルデヒド濃度を5ppbとか10ppbにしないと反応するようだが、このような低濃度にするのは、実は不可能。

A君:ということは、とにかく、絶対に「化学物質過敏症」になることを避けることが必要。そうでないと、通常の暮らしができなくなる。それには、新築の家や新築のオフィスに入ったときには、様々な方法を用いて、化学物質への暴露を低減しなければならないことになります。

B君:まず、ホルムアルデヒドが1番危険。次が有機リン(防蟻剤)、そして三番目がトルエン。そして、その他の有機物。そして、将来的には、ピレスロイド系の殺虫剤。そして、ガソリンも危ない。それから、壁紙、カーテンなどに使われる難燃剤。この難燃剤は結構厄介。「化学物質過敏症」になり易い人は、防炎加工をしたカーテンを使うべきではないのかもしれない。畳に散布してある防ダニ剤も要警戒。

A君:ガーデニングに使う農薬。防虫剤のパラジクロルベンゼン。まあ、衣料品が虫に食われることぐらいは我慢する。昔の防虫剤は臭かったので、その存在が分かったが、最近は無臭の製品になってしまった。

B君:防蟻剤にしても、木造の家を作って公庫の基準を満たそうとすると、撒かなければならないらしい。

C先生:これまでの記述では、「化学物質過敏症」にならないために避ける方法はある程度分かった。カーテンは防炎加工をしていないものを使う、防虫剤は使わないといったことはできるだろうが。しかし、全く殺虫剤を使わないとか、ガソリンも過敏症の元だから車には絶対に乗らないとか、となると不可能かもしれない。

B君:さらに言えば、引越し前の家の掃除に、有機溶剤を含んだ清掃用薬剤類を盛大に使うということも、新築時に過敏症になる場合が多い理由のひとつかもしれない。賃貸マンションの場合、自分で掃除をして敷金を多く返してもらおうなどと考えないこと。

A君:これから先は、この本には書いていないのですが、第一に換気だと思うのです。

B君:いくら寒くても換気、そして、換気。さらに、空気清浄機を使うこと。光触媒を使っているものとか、あるいは、なんらかの工夫を行っていて、ホルムアルデヒドの分解能力をうたっているものが良い。ただし、マイナスイオンが本当に利くかと言われると、若干疑問。

A君:新築で、どのぐらいの期間注意をしなければならないのか、といえば、夏になって気温が高くなると物質の蒸気圧が高くなるから、どんどんと出てくる。だから、夏を越して、秋になるまでは安心できません。

C先生:いやいや、冬になると、今度は暖房が入るので、まだ安心できない。東京なら冬は加湿が必要。加湿によってホルムアルデヒドは、空気中から除去される可能性がある。いずれにしても、丸一年経過すれば、まずまず安心できるのではないだろうか。もっとも合板で品位の悪いものが使われていると、接着剤からいつまでたってもホルムアルデヒドがでるらしいから、駄目な合板を使ってしまった家は駄目なのだが。

A君:最近のマンションは、石膏ボードが多いですが、戸建だと合板が多いかもしれませんね。

B君:それに、これは個人的意見だが、テレビのコマーシャルなどを見て、強力な洗浄剤や殺虫剤などを使うというのではなくて、伝統的な方法を採用すべきだ。コマーシャルに乗ることは、「化学物質過敏症」になりたいといっているようなものだから。今後、「化学物質過敏症」は、ますます大きな問題になるだろう。ところが、社会はまだそれを知らない。

A君:あの手のコマーシャルは規制すべきではないですか。あるいは、「化学物質過敏症」に関する注意事項を必ず付加すべきだとするとか。

C先生:日本人も最近アレルギー体質の人が30%程度存在している。「化学物質過敏症」とアレルギーは同じではないようだが、かなり同質の部分もあると思われる。となると、自分でアレルギー型だと思う人、恐らく30%程度の人は、新築の家に入るということは、「化学物質過敏症」になる試練を受けることだ、と思って対処すべきだろう。


最後に。

「化学物質過敏症」という言葉は、いささか余分な概念を含んでいると評価される言葉でもある。本質は、あくまでも「シックハウス症候群」であったり、「ホルムアルデヒド中毒」、あるいは、「特定有機物質不耐」であって、「化学物質のすべてに不耐」であるのは、考えにくいことだからである。

しかし、市民レベルとしては、このような症候群が存在することを前提として、自らの身を守ることが無難な戦略である、という立場で、この記事は書かれている。