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化学物質の定義、その2 石坂さんバージョン 02.18.99






石坂 眞澄さん (農業環境技術研究所)から、化学物質の定義が到着しました。到着しましたのはしばらく前ですが、やっとWebに載せることができました。忙しかった!ので。

農薬のプロとしての見解でして、まあ、一般市民の感触とは恐らく大幅に違うと思いますが、私含めて、大多数の化学屋は、こんな風に思ってしまうのです。いろいろな知識が埋めこまれておりますので、お読みください。

さらに、読者の方々に誤解を招かないようにということで、補遺が到着しましたので掲載します。


 先日の”化学物質の定義”という話題は私も興味があり,皆さんがどういう答えを寄せられるのか興味を持っていました。その結果を見させていただきましたが,だいたい予想通りというのが感想です。
 この”ご意見募集”を見たとき私も考えました。しかし,結局,
   化学物質=物質
ということに落ち着きました。

 今日は,私の意見を(遅ればせながら)聞いていただこうと思い,メールを書きます。
 さて,”予想通り”と書きましたが,このような一般の意見を聞いていつも思うのです。 石油や石炭は生物由来ではないのですか?植物やプランクトンの遺体が自然に変化して出来たのではないですか? と。それでも石油や石炭の中にはたくさんの発癌物質が入っていますよ。ダイアモンドだって生物由来の炭素の可能性があるようですよ。
 それでは,石油や石炭を人間の手で化学反応させたものが”化学物質”でしょうか?そうだとしたら,植物油を人間の手で反応させた石鹸とどこが違うのですか?そうそう,反応に使う苛性ソーダはどこから持ってくるのですか?合成洗剤と石鹸とどこが違うのでしょうか? 天然染料でも藍染めなどはまさに人間が手を下さなければ起こらない化学反応ではないですか?
 ”化学物質”は自然界に無いものなので分解しにくいのでしょうか。いやいや,生物が作るものでも分解しにくいものはたくさんありますよ。そもそも簡単に分解したら生存が危ういですからね。例えば髪の毛。髪の毛が簡単に分解しないというのは皆さんにも経験があるでしょう。他に強い物質の代表といえば,花粉があります。花粉の殻を構成しているスポロポレニンという物質はちょっとやそっとの酸やアルカリでは分解しないぐらい強いですよ。よく遺跡から花粉を取り出して研究しているでしょう?これがいわゆる合成樹脂より分解しやすいとは考えられませんね。樹脂といえば漆や松脂などの天然樹脂も強いですね。
 亀の甲がある物質が”化学物質”? でも私たちの体にもそんな物質はたくさんありますよ。そもそも必須アミノ酸にも亀の甲は含まれているのですからね。
 純粋な物質かどうかなんて,どれだけ精製するかだけの問題でしょう。”天然カルシウム”なんていったって,合成カルシウムなど見たこともないですよ。
 自然界にも毒がたくさんあるというのは皆さんもご存じのようですね。でも昔はもっと身近だったのですよ。麦角(ばっかく)というものがあります。麦角菌というカビが麦に寄生し作った菌核(キノコのような胞子の固まり)を麦角といい,麦と同じくらいの大きさであることから昔はけっこう混入し,中毒を引き起こしました。この中毒になると,体の末梢部が壊死を起こすという恐ろしいものです。今は殺菌や選別が行きわたり少なくなりました。コウジカビ毒アフラトキシンにも強力な発癌作用があります。
 危険なものは無数にあります。 私達は今,あまりにも自然から安全な位置に身を置くようになり,自然の怖さを忘れてしまっているのではないですか? 皆さんの知っている自然は,マスコミに作られた(見せられた)自然の一断面ではないのですか? その勘違いから「自然はイイ」と思いこんでいるのではないですか・・・・・
 ”自然”とは何か真剣に考えたことがありますか? 人間は”自然”ではないのですか?・・・・・
 それでは,世の中の物質のどこに境界線を引いたらよいのでしょうか?
 私には答えることは出来ません。

結局, 化学物質=物質=原子で形作られるもの(有機物質も無機物質も含む)
であって,そうでない物質などどう考えても思いつきません。

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 読者のメールにあった,「無念か,無念でないか」という考えは私のいる研究所でも聞いたことがあります。 「自然に取り込むものはがまんできるが,人為的なものはいやだ」という意見でした。放射能と同じですね。私も,「なるほど〜」と思いました。
 結局,線引きはこれにつきるのでしょうか。でもこれでは”科学的議論”などしてもあまり意味もないことにもなりますね。


C先生:同感です。しかし、無用な化学薬品類が製造されているということもどうも事実のように思えます。木目細かい対応と称して、素材の種類をむやみに増やし、リサイクルをする段になると困る。これがこれまでの化学産業の姿でした。本当に必要なものとは何か、これをそろそろ議論すべきでしょう。特に、製品のライフサイクルを考えると、どのような素材が必要なのかという視点から。結論はそう簡単にはでませんから、議論すること、それ自身が有効なのだ、と考えるしかないかも知れませんが。

石坂さんから送られた補遺 

「私の拙文を掲載していただきありがとうございます。ただ,読者の方に誤解を招いてはいけないので一言申し添えておきます。私が言いたいことは,いわゆる”化学物質”も”天然物質”も区別できないから気にする必要はない,ということではありません。世の中の物質を”化学物質”と”天然物質”に区別して危険だ安全だと議論するのは建設的ではない,”化学物質”とか”天然物質”とかに関係なく,その物質の必要性(有用性や危険性)を常に考察しながら,どう自分の生活を変えて行くべきか考えながら生きて行くことが重要ではないだろうか,ということを言いたいのです。
 例えば,(石油を原料とした)合成洗剤の代わりに植物からとったサポニン類のような界面活性物質を洗剤として使えば環境負荷はなくなるでしょうか。(人間を除く)自然界にしてみればそのような使い方は本来意図されていなかったのですから,たとえ分解が速くとも,それは水に住む生物にとっては危険なものとなるでしょう。下水処理場で分解されるとしても,その建物の存在自体が限られた土地やエネルギーを使うという点で環境に対して無負荷ではないはずです。問題の本質は,何を洗剤に使うかではなく,人間が洗剤を使って体や服や食器を洗うということなのだと思います。家にある石鹸や洗剤を見ながら,世界中ではその容器の何倍が流されて行くのかを考え,”洗う”という行為を無感覚でやりすぎていないかを考える。外を歩きながら,あるいはスーパーへ行ったとき,今は何が旬なのか,本来無理な時期の食材を買おうとしていないか,その野菜は日本での栽培に向いているのか,どうやって運ばれてきたのか考える。自分の住んでいる家の下にもかつては多くの生き物が住んでいたのだということに思いをはせる。そういった基本的な生活行動を振り返ることが大事なのだと思います。
 かつて,生物は光合成を獲得し光エネルギーを使って有機化合物を合成することに成功しました。その結果大気中に酸素を生みだされ多くの生物が死滅したり限られた場所に追いやられてしまいました。宇宙から見て薄いベールのようだという大気も,多くの生物にとっては猛毒のガスでした。今,同じように人類も多くの生物を滅亡に追いやっています。人間も自然の過程の中で生まれてきたのだとしたら,その行為は単純に良い悪いといえる問題ではないでしょう。
 ”自然保護”などという言葉は人間のおごり高ぶった言葉のように感じます。人類が生きて行くために”守るべき環境”は,あくまでも人間の視点から見て”有益(及び無害な)”な環境だということを認識すべきと思います。人間が自然界で強力な力を持った時代,これからは常に深く考え生活する,それが大事なのだと思います。」