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  化学物質はいかに非難されるか




 化学物質がどのような論理で非難されるのか、その手法を明らかにすることが目的である。

 河野修一郎著、「くらしの中の化学物質汚染」、講談社現代新書1558、ISBN4−06−149558−5なる典型的恐怖本風悪書と、もう一冊は、日本消費者連盟の企画編集になる「化学物質から身を守る方法」、天笠啓祐著(恐怖本作者として有名人の一人)、風媒社ブックレット、ISBN4−8331−5407−2。この2冊を例として、解析してみることとした。

 前者の著者である河野氏だが、もともと農薬を生産していた化学会社(文中の記述から、なんとなく住友化学のような気がする)に20年間勤務していたようだ。なんらかの原因で、途中退職し、文筆業になっている。

 この12月3日から、環境省主催で、化学物質に関する円卓会議なるものが始まった。今回の参加者は、事業者側が7名(化学業界4名+ユーザ2名+流通1名)、市民側といってもプロに近い7名、大学3名、行政5名というメンバー。具体的な氏名については、http://www.env.go.jp/chemi/entaku/index.htmlをご覧下さい。

 そこでどのような議論になるか、本当に円卓会議としての機能を果たすのか、多少心配な点がある。その準備のために、これまでも一応知っているつもりではあるが、どのような化学物質についてどのように問題点が指摘されているかを整理することとした。

C先生:まずは、「くらしの中の化学物質汚染」から行く。「はじめに」あたりを示して、どんな雰囲気の本かを感じてもらおうか。

A君:了解。

「はじめに」

 ディーゼル車の排ガス、ゴミ焼却場から立ち上るダイオキシン、工場から大気や水に流される化学物質、室内に漂っている見えないガス。

 環境中や食品や農畜産物に含まれる微量の化学物質が悪いと思っても、尻尾はつかめない。

 医薬という化学物質は病院という特殊な場所で使われるだけに一層その傾向が強い。

 化学物質の毒性がなぜ隠されるのか。化学は石油を原料としたプラスチック類、医薬、農薬、染料など無数の富を作った。化学物質は有用で毒性はほとんど無視できるもの、といった考えの大もとには、石油にまつわる深い秘密がある。

C先生:この石油にまつわる深い秘密とは、ロックフェラーが石油を手段として巨大財閥を築いた過程で、大学医学部などに大金を寄付して、石油を原料とする物質に対する正当な評価をさせなかった、ということを主張しているようだ。

B君:どうも、「悪い」ということは確立したことだ、ということで話が始まる。

C先生:それでは、次にどのような手法で攻撃されるか、例を示して欲しい。

A君:了解。以下、ひとつずつ化学物質攻撃の手法を示します。事実の指摘などといった項目は、本HPで付けたもの。

「0歳児の異常な死因」について

事実の指摘:

 その第1位が先天性奇形、変形、染色体異常。これが1/3。第2位が呼吸障害、心臓血管障害、15%。第3位が、乳幼児突然死症候群(SIDS=sudden infant death syndrome)で10%。
 乳幼児で死亡率は、出生1000に対して、3.8ぐらい。
 日本においては、96年1月から97年6月までの間にSIDSと診断された死亡児837人の原因は、うつぶせ寝は3倍、粉ミルクなどの人工栄養の場合母乳に比べて4.8倍、両親が喫煙していると4.7倍。

別の事実の指摘:

 先天的奇形や染色体異常、交感神経の異常、免疫システムの機能低下などは、地下水の有機溶剤による汚染などが原因であることが疫学的に知られている。

結論:

 それと気づかないうちに、母体になんらかの化学物質による汚染が襲っていたと考えられる。

B君:ちょっと待ってくれ。いわゆる三段論法を使っているものと思われるが、第一の事実の指摘の先天性奇形というものが、乳幼児の死亡原因の1/3だということは正しいかもしれないが、第二の疫学で、関連性が指摘されることはありえても、化学物質の毒性が、先天的奇形の原因すべてであるなどということは有り得ない。有ったとしても恐らく極一部だ。大体、先天的異常(奇形を含む)は、人工化学物質の影響が指摘される以前から、出生の4%ぐらいはあるのだから(詳細は次回:1952〜72年のカナダの調査と1970年から81年のハンガリーの調査結果)。

A君:そうなんですよ。極めて怪しい論理の展開なのですが、それが見破れるかどうか。なぜならば、まず、恐ろしそうな題目で固定的な観念を植え付けてからの論理展開になりますので。

C先生:先天的奇形だが、人権問題などがあるものだから、取り扱いが難しい問題で、そのため、その実態に関するデータの公表も少ないようだ。
 発生メカニズムだが、そもそもヒトという生物が何10兆個もの細胞でできていて、その卵子・受精・胚・胎児といった作られ方を考えてみれば、細胞分裂の際のコピーミスがでても確率的にある程度仕方が無いものだ。だから、コピーにはミスがつきものという前提で、ヒトの体は作られている。そして、かなりのコピーミスは実際に修復されるのだが、なにせ細胞の総数が多いもので、たまたま修復できないミスというものもあっても、それまた当然で、先天性異常・奇形の原因の多くは自然発生的なものではないかと思われる。体外の化学物質が原因である割合は、どんなものなのだろう。難しい課題ではある。

B君:放射線による奇形の発生ということもしばしば問題になるのだが、実は、胎児への放射線の影響が奇形という形をとるのは、許容線量の100倍以上といった高曝露の場合に限られる上に、そもそもしきい値が存在するタイプなのだ。

C先生:放射線の生殖細胞への遺伝的影響も、いろいろと調べられている。すなわち、ある量の放射線を被曝して、しばらくして妊娠した場合にどうなるかという話だ。男性の場合も同様。
 ショウジョウバエの場合には、遺伝的影響があるとされているのだが、哺乳類については影響が少ないようだ。ヒトに対する影響は、広島・長崎のデータから解析がされているが、遺伝的影響に限れば、ヒトは放射線に対してかなり鈍感だ、ということが定説になっている。この場合でも、放射線によってDNA鎖が損傷を受けていることは事実なのだが、ヒトのもつ修復や防御のシステムがしっかりしているという解釈になる。
 この議論は、いずれ機会をみてやろう。

A君:次の例に行きます。

「増え続ける癌による死者」について

 癌は、年齢階級1〜4歳で死亡原因の3位。30〜34歳で2位。35〜39歳でトップになる。総数において心疾患の倍の死者数を記録して死亡者数圧倒的第一位。
 第二次大戦中から戦後5年間は、結核が死亡原因の1位だった。脳血管疾患が死亡原因の1位から退くのが1981年。
 毎年100万人ほどが癌になり、30万人近くが死亡するというのが現状である。
 胃がんの患者数は増えていないが、これは塩分の摂取量の低下に負うところが多い。最大の貢献者は冷蔵庫だといってもよい。子宮癌は衛生状態の改善が寄与。
 81年癌が死亡原因のトップになったときには、16万6400名。85年には18万7700名に、98年には28万3900名になった。

B君:こんなのは当たり前。他の多くの死因が感染症によるものであって、それ感染症による死亡がかなり回避されたのだから、それ以外の死因が目立ってきたということ。脳血管疾患などは、栄養バランスや生活習慣などで多少改善されるが、癌は、どうしても自然的要因で発生してしまう。

C先生:細胞が正常な作用をしているときにも、活性酸素というものが発生してしまう。この活性酸素がDNAに傷をつけるのは、ある程度仕方が無い。だから、癌の原因となりそうな化学物質をいくら避けたとしても、癌は発生する。

A君:世の中には完全に無害なものが存在する、と思い込んでいるところがやはり問題なのですかね。

B君:やはりもう少々、ヒトなる生物の生存メカニズムが理解されないといけないのかもしれない。

A君:癌が死因の上位に存在しているのには、それなりの理由がありますから、これを克服するのは、難しいでしょうね。

C先生:という認識がある一方で、癌の克服を目指した研究が無条件に行われているように見える。肉体的にはヒトは120歳まで生きられるだろう。ところが脳の寿命は100歳程度のように思える。このアンバランスがあることを認識した上で、癌の克服を考えるべきだと思う。

A君:3番目の例です。
「オゾン層破壊」について

事実の指摘:

 オゾン層によって紫外線などの宇宙放射線がオゾン層でろ過されずにストレートに射し込む可能性がある。
 宇宙放射線を含む紫外線は、人体に本当に有害か。皮膚DNA損傷の実験がミール(ロシアの宇宙船)で行われた。ミールに39日間放置された細胞では、DNA損傷を示す点が40個/平方センチの細胞が38%。一方、地上に置いた細胞は同じ損傷が4%。
 宇宙での被曝線量は、1日1ミリシーベルトと推定されている。

結論:

 このデータは要するに、紫外線が多くなればDNAを傷つけ皮膚癌になりやすいことを示している。

B君:これも良く分からん。1日1ミリシーベルトというものは、放射線被曝に対しての単位。宇宙で被曝量が増えるのは、主として中性子線ためで、勿論、紫外線は関係ない。宇宙船ではなくジェット機のパイロットでも、年間9ミリシーベルト程度の中性子線を浴びているために、骨髄性白血病が有意に多い。

A君:この筆者は、紫外線と宇宙線が同じものだと思っているようですね。しかも宇宙線をオゾン層でフィルターできると誤解しているようです。

C先生:まあ、色々なテクニックを駆使して、他人に誤解を埋め込むのだろう。しかし、自分が誤解しているために誤解を伝達するという要素もあるようだ。
 それでは、個々の化学物質についてどのようなものが指摘されているか、示してみよう。

A君:そのために一覧表を作りました。

物質名 影響 農薬は○印 コメント by AB&C
SOx 酸性雨 継続的改善が期待できる
PCB 環境ホルモン 保存されているPCBは速やかに処分すべきだ
ダイオキシン 環境ホルモン 今程度で充分
自動車排ガス 発ガン これが化学物質か。規制強化の方向。
ベンゼン 発ガン すでに規制はあるが、、、、
タバコの煙 発ガン これが化学物質か。これが最大の問題かも。
電磁波 発ガン これが化学物質か。まあ問題にならない。
マイクロ波 これが化学物質か。波長による。
トルエン シックハウス 確かに大量に出ている
キシレン シックハウス 同上
ホルムアルデヒド シックハウス 有害性は確実
パラジクロルベンゼン シックハウス 家庭内に問題?
フタル酸エステル セルトリ細胞 ヒトには利かない?
スチレン 問題ない
劣化ウラン 発ガン 問題そのものが無い
プルトニウム 発ガン 問題そのものが無い
トリクロロエチレン 発ガン 古い問題だがまだ問題
テトラクロロレチレン 発ガン 古い問題だがまだ問題
トリハロメタン 発ガン 古い問題だがまだ問題
クルプトスポリジウム 下痢 これが化学物質か
アルミニウム アルツハイマー 多分否定されている
活性酸素 発ガン これは外部要因ではない
水銀 中毒 依然としてマグロなどでは問題
ヒ素 中毒 ミネラルウォータの方が多い場合も
カドミウム イタイイタイ病 歴史的な土壌汚染をどうする
中毒 土壌汚染をどうする。無鉛はんだは無効な改善。
トリブチルスズ 環境ホルモン 日本では解決済み 海底土壌汚染は残る
トリフェニルスズ 環境ホルモン 日本では解決済み 海底土壌汚染は残る
ノニルフェノール 環境ホルモン 今後の争点になりそう
ビスフェノールA 環境ホルモン 今後の争点になりそう
マレイン酸ヒドラジド
アフラトキシン 発ガン 静観する以外なし
遺伝子組替え食品 生態系影響? これが化学物質か
DDT 野生生物
ディルドリン
エンドリン
クロルデン
MEP
NAC
ピレスロイド
クロピリホス
CNP
フェニトロチオン
マラチオン
臭化メチル
TBZ
ベノミル
イマザリル
医薬品類が多数

B君:まず、化学物質といいながら、化学物質ではないものが随分あるな。電磁波だろ、マイクロ波だろ、遺伝子組替え食品だろ。それにクリプトスポリジウム。これよりは多少ましにしても、車の排ガスだって、化学物質と呼ぶには無理があると思うし。

C先生:大体「化学物質」というものの定義がなんだか分からない。ヒ素みたいな元素はどうなんだ。アフラトキシンのような人工ではとてもできないような物質はどうだ。

A君:それに、アルツハイマーとアルミのように、恐らくすでに否定されているものも、堂々と出てきますね。

B君:要するに、驚かすことが目的なんだから。

C先生:そういう態度だということが一般に理解されているかどうか、それが問題。

A君:ところで、この表を見て、本当に問題だと思えるものは何でしょうか。

B君:そうだな。PRTRなどの結果からみると、大量に環境中に放出されているトルエンとかは、どうだ。

A君:この本だとシックハウス症候群の原因だとされているのですが。

B君:まあね。どんな影響があるのか、今はさだかではない。

A君:この表に出ていない物質で問題になりそうなものは無いですか。

B君:無い訳ではない。1,3−ブタジエンなどはどうだ。

C先生:確かにいくつかありそうだ。しかし、そのような物質がもしも漏洩していたら、最大の問題は、労働環境だ。職業上の曝露によって、その事業所の従業員に被害がでる。だから、有害性物質は、まず、社内のために厳重に安全性が確保されると考えるべきだ。

A君:まず、社内の信頼性が得られないようでは、社外からの信頼性は得られない。

C先生:それでは、2冊目に行く。この天笠氏の本「化学物質から身を守る方法」には、上述の本のように多数の化学物質が出てくるわけではないが。

A君:そうです。合成化学物質とは、というような解説から始まるのですが、次の話題がダイオキシン、ジベンゾフラン、PCBとったダイオキシン類。そして、環境ホルモンになるのですが、DDT、BHC、トリブチルスズ、農薬がいくつか、スチレン、ビスフェノールA、フタル酸エステル、プラスチック添加物、塩ビ、ノニルフェノール、いくつかの食品添加物、電磁波、家畜用成長ホルモン、などとなっています。

B君:最後の結論が面白い。塩ビを全面的に禁止すれば、環境ホルモンを減らせると書いてある。それはそうかもしれないが、塩ビを全面的に禁止したら、電気コードの絶縁材料が問題になって、昔のように漏電による火事が復活するだろう。
 何かを禁止すれば安全になる、といった単純なことではないのだ。要は、バランスなのだが、なんらかのバランス感覚が必要といったことは一切指摘されない。

A君:全体的な論調がそうなのですね。情報をすべて開示するという態度は全く見られなくて、自分達の主張というものが最初からあって、それに合っている情報だけを選択的に記述するといった方法が採用されています。
 例えば、「ダイオキシンは母乳中に濃縮されて次世代へと影響を及ぼしていきます」、と主張しながら、「このところダイオキシンによる母乳汚染は明らかに改善の方向にある」、という重要な事実は示されないのです。

B君:そういえば、日本消費者連盟は、反塩ビ団体として有名だ。最初から結論があるということか。

A君:ダイオキシンを避ける方法として、「有機農法・無農薬で作った野菜や穀物を食べることです」、と書いて有りますが、これも関係団体なのでしょうか。

C先生:いや。遺伝子組替え食品については反対の立場のようだが、有機農法を推進しているという訳ではないと思う。天笠氏の個人的な関連がどうか、そこまでは分からない。

B君:いずれにしても、天笠氏の指摘で、今後重大になりそうなことは余り無さそうだ。

A君:化学物質が問題問題といって、今後本当に問題になるのはなんでしょう。

B君:一つは化学物質過敏症。これは、化学物質がどうこうというよりは、むしろ日本人の超潔癖症がすべての人の免疫システムの状況を悪くしているのではないか。自然と共生するという考え方に戻れば、化学物質過敏症も克服できるだろう。

A君:その次が、PRTRの結果が公表されたときに、どのような評価になるか。

C先生:PRTRで公表されるのは、トルエンとかキシレンとかいった物質が中心になるだろう。今回の2冊の本だと重要な取り扱いにはなっていない。河野氏の本で、シックハウスの原因として指摘されているだけ。

A君:最後に、環境ホルモン関係ですが、本当のところは、ダイオキシンとかコプラナーPCBの甲状腺への影響が本命で、それ以外のノニルフェノール、ビスフェノールA、フタル酸エステルなどは、環境ホルモン研究を終息させるために選ばれた生け贄という説もありますが。

C先生:当面の主たる話題は、やはり未規制物質になる可能性がある。なぜなら、ダイオキシンとかコプラナーPCBなどは、汚染物質としてはすでに終わった問題だからだ。これらをいくら叩いても政治的決着の役には立たないからだ。
 さて、これらの未規制物質だが、やはり、予防原則での対処が必要なのか、それとも情報の十分な開示で良いのかといった議論になるのかもしれない。個々の問題がどうなるか、それは、なかなか予測しがたい。