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「農薬こそ大汚染源−ダイオキシンまみれの日本」は本当か 
             08.06.98






農薬起源のダイオキシンが問題に

 AREA 1998.8.10号 p25〜28に、「農薬こそ大汚染源−ダイオキシンまみれの日本」なる記事が出た。その概要は以下の通り。
 まず、農薬で問題になっているのは、三井東圧が開発した除草剤CNPである。この農薬には不純物として、ダイオキシン類のうち、1,3,6,8四塩化ダイオキシン、1,3,7,9四塩化ダイオキシンが含まれており、特に、前者が極端に高濃度に含まれていた。しかし、動物に対して猛毒といわれる2,3,7,8四塩化ダイオキシンと異なり、毒性はほぼゼロとされており、そのために、通常ダイオキシンの濃度表示で使うTEQ(毒性等量(当量?)、Toxic Equivalents)で表現すると、いくら高濃度の1,3,6,8四塩化ダイオキシンを含んでいる場合でも、ゼロ扱いをされてきた。これらのダイオキシンの濃度は、朝霞浄水場で63ピコグラム/リットルという濃度が検出されている。これらのダイオキシンの環境ホルモン作用(8月5日朝日新聞夕刊によれば、この言葉を使うべきではないとのこと、外因性内分泌攪乱物質!)が分からないのに、大丈夫なのか? 農水省は、CNPにダイオキシンが含まれていることが分かりながら、禁止措置を取らなかった。無責任だ。 以上が趣旨。


C先生:CNPは本名2,4,6-trichlorophenyl-4'-nitrophenylether (Chloronitrofen) C12H6Cl3NO3、この物質由来のダイオキシンの話は、実は新しい話ではない。最近出た酒井先生の本「ゴミと化学物質」岩波新書562にも、琵琶湖の底泥の分析でダイオキシンの時間変化を考察した研究が記述されているが(p85)、その解釈にも、PCP(Penta-Chloro-Phenol)、CNPの寄与を考えなければならないことが記述されている。その筋の研究者にとっては、随分前から分かっていたことのようだ。私自身は、このような毒物学や農薬からは程遠いところを歩いてきたために、ここ1年程度になって始めて知った訳だが。

A君:脇本先生(愛媛大)の分析などでは明らかになっていた他、水道水中のCNPがオゾン処理によっても取れないことなどで、水道関係者の間では知られていたようです。さらには、昨年の環境庁のダイオキシンリスク検討会でも報告が有った様です。

B君:それでも余り問題にならなかったのは、結局のところ、人体への急性毒性が低いこと、そして、恐らく発ガンリスクも低いことが分かっているからということだったのだろう。
 ところが、この環境ホルモン騒ぎの中で、どの物質の安全性も確信をもって言えないという誠に困った状態になったので、ダイオキシン類210種全部について、さらに、それ以外のすべての1000万に及ぶ物質について、環境ホルモンとしての作用を検討しなければならないという意見を持つ人が出てきた。

C先生:環境ホルモンが問題でなければ、この問題もそれほどマスコミの注目を集めることも無かったはずだ。言葉は嫌いだが、環境ホルモンのひとつの功績かもしれない。環境ホルモン問題は、余りにも多数の物質の超低濃度での生体影響を検討しなければならないので、有限の期間内では解決不能かもしれないが、人類滅亡へのひとつの警鐘として受け止めるべきだろう。
 この問題への解答は明らかで、(1)環境中で分解しにくい物質を環境中に出してはいけないということ、また、(2)生体中での代謝が遅い物質を摂取する状況を作ってはならないということだ。
 そのような化合物の総称をPOPs(Persistent Organic Pollutants)というが、詳しいことは、上述の酒井先生の本でも勉強してもらいたい。UNEP(国連環境計画)の指摘の中には、ダイオキシン類は入っているが、CNP本体は入っていないようだ。

B君:環境ホルモン作用の有り無しを言われると、何も言えなくなるのですが、急性毒性が無い物質でもすべてスクリーニングの対象にするとしたら、それこそ1000万種のすべての化学物質についてその作用を同時並行的に検討しなければならないことになる。それよりは、すでに、ある程度毒性が分かっている物質から始めるという方針が正しいように思うのだが、検討の順序はどうなるのだろうか。

A君:自分でどうすると言われたら、やはり、これまで急性毒性が弱いとされている物質を優先することは難しい。ただし、環境ホルモンとしての作用をするような物質は、ベンゼン環を1〜2個持っているものが多い。天然のホルモンは、ベンゼン環に似た構造を4つぐらい持っているようで、多少天然ものとは違うものが問題にされているようだが。だから、ベンゼン環を1〜2個持っているということを条件に順番を決めるのはどうなのだろうか。単純すぎるようにも思うが。

C先生:まあ、単純すぎるとも言えないだろう。恐らく、研究者が分子構造を睨んで、こんな順番でやろうと決めることになるだろう。その感覚を信じるしかない。それに、生体内の代謝速度の遅いものの検討を優先させることになるだろう。

B君:そんな見方をすれば、ダイオキシン類もほぼ2個のベンゼン環を持っているから全部テストすることになるのだろうか。

A君:となると、結構大変。若干絶望的な見解が出ても不思議ではない状況か。特に、現時点のダイオキシンの毒性評価が覆ると考えている人も多いようだし。誰だか特定されていないが、「もう手遅れかも」という専門家がでるのも不思議ではないのかもしれない。脇本先生も「日本の土壌に打つ手無し」と言ってますし。

B君:ところで、C先生は手遅れだと思っていないようですね。

C先生:手遅れだと思ったとたんに、様々な対応が妙なことになり兼ねない。他の環境汚染と比較し、本当にどの程度深刻なのか、見直すことはどんな状況でも必要だ。だから、何事も意地でも手遅れだとは思わないようにしている。
 しかも、今回の1,3,6,8四塩化ダイオキシンの場合には、多少異なった考え方ができる可能性もある、と考えている。手遅れ説に対抗し、まだ間に合うとの若干希望的な観測を述べたい。安心して良いというわけでは勿論ないが。
 まず、その1だ。たばこの煙には大量のダイオキシンが含まれていることが分かっており、たばこの人体実験はすでに400年間行われている。平岡先生(酒井先生の恩師)らのデータを参照して若干数字をいじると、次のことが分かることになる。
 1.たばこの煙の総ダイオキシン含有量は5300ng/Nm3
 2.1本当たりの煙は0.002Nm3/本
 3.1本あたり総ダイオキシン約10ng
 4.TEQは実測濃度の1/100とすると、ダイオキシンは0.1ng-TEQ/本、
 5.60kgの人が1日20本吸うとすると、33pg/kg日、基準オーバー?
ということで、3.からたばこを1本吸うと、最大10ngのダイオキシン類を体内に入れることになる。勿論かなりの部分は外に出てしまって、体内には入らないのだが。10ngという量は、朝霞浄水場の1,3,6,8四塩化ダイオキシンの濃度だと、水200リットル近くになる。こんな風呂桶みたいな大量の水を飲むことはできないが、たばこの煙1本分なら、毎日20本吸う人は体内に入れているだろう。妊婦の喫煙者および亭主の煙を吸っている奥様が居ない訳ではないから、そのようなケースについて、追跡調査をすれば、実態がわかることになる。
 そしてその2。 1,3,6,8四塩化ダイオキシンのように、毒性の低い異性体の人体(肝臓)による代謝速度は相当に高いとされている。不思議なのだけれど、毒性の高い異性体だけが特異的に蓄積されるらしい。だから、異性体がほぼ同量ずつできるたばこのダイオキシンよりは、CNPが含んでいたダイオキシンの方が、同じ濃度の場合でも、人体影響が少ないのかもしれない。これは、環境ホルモンとして見ても同様。
 それにしても、「ダイオキシンはすべて人工起源だ」とマスコミは思っているのではないだろうか。酒井先生の本にも、「19世紀にもダイオキシンは存在した。それは山火事などが原因だろう。」と書かれている。木がわずかに含んでいる塩素がダイオキシン生成に使われる。たばこも同様。葉についている残留農薬がどうこうという話ではなく、葉にもともと微量含まれている塩素がダイオキシン生成源。

B君:その「たばこの話」を言い出すと、なんだか農薬会社と農水省を弁護していることになりゃしませんか。

C先生:弁護という訳ではないつもりだ。CNPそのものの毒性が問題にされていたのに検討せず、禁止しなかったということは問題だ。しかし、1,3,6,8四塩化ダイオキシンの件は、毒性が無いとされている物質を不純物として含むからといってその製品を販売や登録禁止にするというほど、環境感が進んでいない時代だったから、起きてしまった問題だともいえる。その意味では、農水省も気の毒といえば気の毒だとは思う。やはり、これからは、残留性の高い化合物はとにかく環境への放出は止める、この原則を守らないと。

A君:そのうち、また詳しくやるのでしょうが、川崎公害訴訟で、国に責任があるという判決が出ましたね。この問題も、環境庁はなぜかNOxと微粒子の健康影響を認めようとしなかった。これもどこかごく初期の段階での省庁間の縄張りとかあるいは被害者との交渉時のボタンの掛け違いが原因のように思うのです。この裁判も現時点では当然とも言える判決ですが、15年前といえば非常に明確に因果関係が明らかでなければ、産業優先の判断になってしまうという時代だったですから。

B君:しつこいようだが、農薬に対する考え方をもう一度確認すべきではないだろうか。

C先生:農薬は使わないで済めばそれに超したことはない。基準を超した使い方が行われると、危険性は確実に有るだろう。基準内でも、危険性が完全にゼロとは言えない。あるリスクが有るに決まっている。だから、農薬を使用することによるベネフィット(便益)とリスクとのバランスをどこで取るか、これが基本的考え方だ。少なくとも、リスクを将来世代に送るようなことは絶対に避けなければならないから、残留性の高い物質を含むものを農薬など大量に使用することは厳禁。まったく別の物質だが、温暖化ガスの一種、PFCも寿命が馬鹿に長いから、これも放出禁止にすべきだ。

A君:今回のアエラには、ダイオキシン母乳の問題がトップで掲載されてますが、これは重大問題ですよね。

B君:こちらは、本当に深刻。子供を産む可能性が高い人は、魚を食べないようにとは言えないし。
 でも、平成アトピーネットワーク森村一会さんという人の発言で、「食物連鎖を自分で意識的に切れば翌日から汚染の濃度は下がるんです。」とあるが、これは本当か? 自分の理解では、毒性の高いダイオキシンは脂肪中に蓄積されると、代謝速度が極めて遅い。森村氏の配布しているというグルテン、ソイの食事で本当に汚染レベルが下がれば問題は無いが。

C先生:この食事法が民間療法的誤解、あるいは、日本子孫基金の無農薬野菜推奨と類似のものでないことを祈る。それにしても、ダイオキシンの代謝速度はどのぐらい食事法で変わるのかとか、ある条件の環境中での半減期はどのぐらいとか、そのあたりの基本的データが少ない。
 宮田先生の本「ダイオキシン汚染」合同出版によれば、生物学的半減期が成人脂肪組織で9.7年となっている。血液でも7.1年。単位は年。日ではない。しかし、奇妙なことには、宮田先生も、その文章の直後にダイオキシン類を排泄する方法として、植物繊維の摂取を推奨している。しかし、これをやれば代謝速度がどのぐらいに上がるかのデータは勿論無い。森村氏のように、翌日から減るとはとても言えないという感覚なのだが。

A君:この母乳の記事の筆者は、当然とも言えるのですが、女性記者です。どうも、女性記者特有で科学的事実を追うよりも、感性を追うようなところが見えますね。

C先生:同じ記事の枠記事に、国際認定母乳コンサルタントというものが有ることを始めて知ったが、その称号を持つ本郷寛子さんの「何があろうと、自信をもって子供に語りかけながら母乳を上げるのが一番」が真実のように読めた。
 「絶望的」、「もう手遅れだ」などと市民を脅かすのは、それ自身犯罪だ。今回のCNP問題では、もはや対策の取りようが無い問題だからなおさらだ。 −>アエラへ。