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BASFのエコ効率論 08.27.2000




 世界有数の化学工業企業であるBASF社は、さすがにドイツの企業らしく、環境を考慮した製品開発を行っているようだ。日本の化学工業においても、やっと、環境を考慮した製品やプロセスの開発を行わなければならない、という認識が一部に出てきた。しかし、現時点で、日本の化学企業は、BASFなどの世界規模の企業と比較すると、大人と子供程度の規模しかないこともあって、日本国内の競争に熱心で、世界的な環境観を持つに至っていない。


C先生:BASFという化学企業がある。世界的な規模の企業である。この企業は、独自の環境(エコ)効率論をもっていて、環境を配慮した製品やプロセス開発を行っていると主張している。本日は、その話。

A君:Webページでも見ることができますので、その内容の解説を行いましょう。
http://www.basf.de/basf/img/position/effizienz_e.pdf

B君:世界の化学企業でも、最近、グリーンケミストリーが重要だという流れがある。米国でも、グリーンケミストリーで成果をあげた企業には、大統領表彰まであるのだ。

A君:まず、環境(エコ)効率分析=エコエフィシェンシー分析(Ecoefficiency Analysis)と言う言葉の定義ですが、BASFが製品やプロセス開発の方針決定を支援する道具だという理解のようですね。この分析法は、経済的な利点と環境面の利点・欠点を相対比較する方法だと言うことです。この分析を行うことによって、環境負荷なども初めてよく見えてくる、と主張しています。

B君:基本的方法は、やはりLCAか。

A君:説明には、Lifecycle=from cradle to grave、揺りかごから墓場まで、という言葉があって、地球からの原料採取から、リユースや廃棄プロセスまで考えるといっていますから、恐らくLCA的手法でしょう。しかし、LCAという言葉はでてきません。

B君:環境を総合的に評価するということになると、それは非常に多くの要素を考慮しなければならない。例えば、毒性の高い物質を排出すれば、それは環境負荷が高いことだし、毒性は無いが、二酸化炭素を大量に排出すれば、それも環境負荷だ。何をどこまで考えているのだろう。

A君:エコロジカルフィンガープリント(エコ指紋)と称して、エネルギー消費、原材料消費、大気・水・土壌への環境放出、使用された物質の毒性の可能性、リスクすなわち誤使用の可能性や被害の可能性、という5つの要素を考えて、それぞれ、25%、25%、20%、20%、10%というウェイトを掛けているようですね。

B君:使用された物質の毒性の可能性というのは何だ。また、リスクとどう違うのだ。

A君:それがきちんと記述されていないので。想像では、例え中間原料であっても、毒性の高い物質を使えば、事故が起きる可能性があるということが考慮されているように思います。リスクというのは、どうも最終的な製品になってからのリスクを考慮しているようですね。誤使用があったり、環境に負荷を掛ける製品だったりということですが。

B君:その毒性の強さにしたところで、どうやっているのだろうか。例えば、複数の有害な中間原料を使っているとして、その毒性の強さはどのようにして評価しているのだろうか。

A君:残念ながら、その記述は有りません。ただ、一般からの意見に基づいて決めたという表現があるものですから、恐らくなんらかのパネル法的なものを併用しているのでしょう。

B君:どうも、かなり膨大な作業をしたような感じはある。ところで、どのぐらいの製品について、そのエコ効率を計算しているのだ。

A君:現状までに70製品について検討をした、としています。今後2002年までに、100種類あるビジネス領域について、それぞれ一つの重要な製品の評価を済ませるということのようです。要するに、結構大変だということなのでしょう。

B君:コストも含めて考えているらしいが。

A君:そうですね。横軸に、コストを逆向きにして使っていて、そして縦軸に環境負荷も逆向きにプロットしたものをEcoefficiency Portfolioと称しています。これを見ながら、もっともエコ効率の高い製品あるいは製造法が選択できるということのようです。

B君:例を見ないと分からない。

A君:インディゴを例にして若干の説明はあるのですが、必ずしも明確ではないのです。

B君:そうか。まず、インディゴをちょっと説明してから、再度考えるか。
 まず、インディゴという物質は、青い染料。ジーンズの青色はインディゴで染色されている。もともと、染料というものは、天然のものしかなくて貴重品だった。化学工業の初期段階の一つの成果が、染料を合成できたことだ。その合成に成功したのが、1880年のA.バイヤー。そして、1897年には、BASF社が工業生産を開始した。BASF社にとってインディゴは、まさに歴史的な意義のある物質なのだ。
 インディゴという名前は、天然の染料である藍(アイ)を採るために利用されてきた植物の総称でもあって、伝統的な藍染めは、これらの植物を刻んで水に浸して攪拌しながら2週間ほど置いたとき、徐々に生じる沈殿物を染料にしたものだ。この藍の成分であるインディゴは、青い粉末だが水に溶けないので、そのままでは染料にはならない。そこで、アルカリ性の水溶液に分散させておいて、ハイドロサルファイト(Na2S2O4)で処理すると還元されて、ほぼ無色の水溶液になる。それを繊維に付着させて空気中にさらすと、酸化してもとのインディゴに戻って青い色が出る。

A君:BASFは、インディゴのビジネスを今後とも継続するものと考えているようで、これまで確保してきたインディゴのリーダーとしての地位を将来とも維持するために、エコ効率を考慮したようです。
 そこで検討の対象にしたのが、(1)インディゴ植物から従来の方法で製造(Plants)、(2)BASFの従来からの合成法による塊状製品(Granules)、(3)バイオ技術を使った場合、(4)還元状態にした水溶液での製品(Solution)、(5)電気化学的な方法で還元状態にする開発中の方法(Electrochemical)で、これらの結果を図示したものが、次の図です。英語ですが、左下がエコ効率が低く、右上がエコ効率が高い方法、プロセスを示しています。エコ効率が高いということで、塊状(Granules)の製品の代替品として、あらかじめ還元された水溶液の形態の商品(Solution)を開発し、製造することを決定したそうです。

図: 横軸が、コストの逆向き軸、縦軸が環境汚染の逆向き軸。右上が良く、左下が悪い、という解釈。一番悪いのが、天然のインディゴを原料とした場合で、環境汚染もコストも最悪。最も良いのが現在開発中の電気化学的手法で還元処理した水溶液製品。

C先生:感想はどうだ。

A君:BASF社がエコ効率を本気で考えているだろうということが分かりましたが、方法論の詳しいところが分からないもので、なんとも。

B君:その方法論だが、環境負荷を総合化するところの手法は、まあどうでも良いのではないだろうか。最終的にこれが絶対の正解だという方法論が有るわけではなくて、最終段階になれば、主観が入るのが当然。すなわち、絶対的な科学的方法論では決まらない以上、そのときどきの市民社会の受容性とかを考慮しながら、また、企業経営のトップの意向で方法論が変化してしかるべきだ。

C先生:しかし、ある種の方法論があって、我々が消費型環境負荷といっている資源・エネルギーの消費と二酸化炭素の放出、これに、一般的な環境負荷である大気・水・土壌への負荷については、LCA的な方法論を採用することが当然だということは良いだろう。
 それ以外の負荷として、ここでは、(1)使用している物質の毒性発現の可能性、(2)誤用などを考慮した被害の可能性。この可能性と言う言葉は、Potentialの和訳であって、Possibilityの和訳ではないのだが、この2種類の可能性について評価対象になっているのだが、それについてはどうだ。

A君:毒性とその他の被害の可能性を考慮しなければならないのは事実なのですが、どのように取り扱うか、については、LCA的なデータをどのように取り扱うか以上に合意が無い状態ですよね。非常に簡単には、人命・健康の遺失を評価基準にするということまでは、考えつくのですが、実際に、どうやって評価するか。どのようなシナリオを設定してその可能性を評価するのか、などなど非常に難しい問題が含まれているようです。

B君:その点は合意。もう一つ気になるのが、エコ効率のポートフォリオだという、コストの逆数、実際には逆数ではなくて、単なる逆プロットが使用されている点だろうか。我々の合意では、環境負荷とコストなどの経済指標を組み合わせて一つの指標にすることは必要である。その場合には、分子にその商品の価値が来て、分母にその商品にかかわる環境負荷が来る。P:Profit、Price、Performanceなんでもよいのだが、分子がP、分母は、環境負荷、すなわち I:Impact。そして、指標としては、 P/Iだということが大体の合意だ。何が問題か、というと、コストは、コストであって、商品の価値ではない、というところ。

C先生:このBASFのエコ効率の開発も、実際、担当者は相当苦労したと見る。すなわち企業トップを説得するためのツールだという色彩が強いように見える。企業経営者にとっては、商品の価値というものは市場価格で、これは自分で決められないという思いが強いのだろうな。となると、「環境を考慮することがコストに跳ね返らない」ことが最重要条件になるのだろう。

A君:このようなエコ効率などを評価する目的は、純粋にはエコ効率を高めた企業活動を支援し、エコ効率を下げたビジネスを排除することにあるはずなのです。最終的には、エコ効率を高めたら商品なら、コストは多少高くなっても採用すべきだ、という社会的合意ができることが目的だと思うのです。そのために、純粋に環境負荷だけを議論することが第一段階。コストを議論するのは、その後で良いと思うのです。

C先生:ということは、当面、コストをエコ効率に組み込むことは止めるべし、という主張か。EcoRatingを先にやって、まず、それだけで評価し、コストを考慮したポートフォリオなどは、その次で良いということか。

B君:本当はそうでしょう。コストという考え方を一度外すことがまず重要な条件では無いだろうか。

C先生:ただ、ドイツの企業であるBASFにおいても、エコ効率を議論する際に、コストという要素を外すことができなかった。日本の化学工業のように、環境マインドがドイツなどと比較すると非常に遅れている場合にはどうすべきだと思う。

A君:われわれ組立産業は、環境を一つの武器にして市場を開拓しようとしている訳です。そのための素材提供がきちんと行われることが重要なんですが、組立産業の本性として、素材産業にコストの低下を同時に求める。となると、環境面の改善したとしても、製造コスト分をカバーすることができないと、素材産業の利益は減ることになる。日本の素材産業は、だから環境を考慮することに熱心ではない。

B君:迷うところだが、日本におけるエコ効率、しばしばグリーンインデックスと呼ばれるようだが、その用途は、開発研究の推進のためなのではないか。そうだとしたら、コスト的な考慮が全面に出るのはおかしい。さらに、表彰などの根拠に使うつもりであるのなら、環境負荷もコストも下げたという場合、すなわち代替ビジネスとしてそのまま成立するという場合よりも、環境負荷は下げる方法を見つけたが、コストは上がった、しかし、市場に認められたため新規市場を開拓したことに相当するという場合をより高く評価すべきように思える。すなわち、コスト議論は一旦外すべきだ。

C先生:まだまだ課題が多いようだが、当面、我々としては、理論的な環境負荷の議論の枠組みの延長としてグリーンインデックスを目指すのだろう。コストをどのように考えるか、この議論に、化学工業界から経営トップクラスが参加することを希望する。