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 狂牛病のリスクは? 09.22.2001




 千葉県で発見された狂牛病と疑われた牛は、英国で検査され、やはり本物の狂牛病であるとの結論が出た。その結果、日本はとうとう19ヶ国目の狂牛病発生国の仲間入りである。東アジア第一番目という栄誉を獲得したことになる。これを機会に、狂牛病の歴史からこれからの日本のリスクについて議論をしてみようと思う。


C先生:まず、狂牛病の歴史についてざっと復習してみよう。英国には、長い長い歴史があるから。

A君:そうですね。今回主として参照している本は、「現代の感染症」、相川正道・永倉貢一著、岩波新書513、1997年6月発行、ISBN4-00-430513-6なんですが、1997年というともう4年前ですから、ちょっと古いかなと思うところもあるのですが、実際には、狂牛病の歴史は極めて長いのですね。
 まず、1967年(怪しいので再調査中)にはすでに、イギリスでは、牛40万頭が処分されていまして、ヒトへの感染については、それまでずっと否定されていたのですが、1996年3月20日に、イギリス政府が「狂牛病がヒトに感染する可能性がある」と発表したのです。これで騒ぎが一気に広がりました。

B君:まず、牛がどのような症状を示すかだが、「海綿状脳症」といって、脳がスポンジ状に変性してしまって、中枢神経が侵されて、立っていることができないような症状をしめし、発症後2週間から数年内に死亡するという病気だ。
 ヒトが同じような症状を示す病気として、クロイツフェルト・ヤコブ病というものがあって、1年間に人口100万人あたり1人の頻度で、世界中の40歳以上の男女が発症し、日本では、1997年当時で120名の患者がいる。原因だが、1割程度は遺伝的な原因で、残りの9割は不明だ。

A君:人為的な原因でヤコブ病を発症する場合について説明します。まず、1985年に低身長症患者がヤコブ病を発症しましたが、その原因は、死体の脳下垂体から抽出した成長ホルモンではないかと疑われており、実際、1963年〜85年の間に8100名にこの成長ホルモンが投与されていました。そこで、アメリカ政府は死体からのホルモン抽出を禁止したのですが、この原因でのヤコブ病の発症は、アメリカで15名、それ以外で80名あります。
 これ以外にも、ヤコブ病患者の角膜の移植をうけた健康人が、後にヤコブ病を発症した例もあります。

B君:ヤコブ病と同じような病気「クールー病」(ふるえ病の意味)がある。これは、宗教上の理由でヒトの脳を食べる習慣のあるニューギニア高地人にあった病気だが、ヒトの脳を食べる習慣を止めさせたところ、新しい発症はなくなった。
 さて、原因だが、ヤコブ病もクールー病も、最初は遅発性のウィルスの感染症であると思われていたが、病原体とおぼしきものは、ウィルスでは通過できない膜フィルターを通過し、脳の病理切片でもウィルス粒子のようなものは検出できなかった。

A君:これからはイギリスの狂牛病の話。1990年に32人、91年に37人、92年に48人とヤコブ病の増加が見られ、さらに94年2月から95年10月までに10代の女性を含む10人(平均年齢29歳)が発症し、8人が死亡しました。このような若い人たちのヤコブ病は、旧来のヤコブ病とくらべて症状や脳波波形が異なるため、新型ヤコブ病と呼ばれました。そして、新型ヤコブ病の原因がウシの病気である狂牛病と同じ原因であるということが、96年に公式に発表されたのです。

B君:その原因が推定された経緯だが、まず、ヒツジに似たような病気スクレイピーというものがあって、これは18世紀から知られていたようだ。ウシ用の配合飼料に、このスクレイピーにかかったヒツジの肉や骨が含まれていることに気が付いた政府は、1988年に飼料の原料としてヒツジの肉や骨を混入させることを禁止した。しかし、狂牛病で死亡するウシの数は年々増加し、4年後の92年に感染ウシが3万頭に達した後、やっと減少しはじめた。やはりヒツジのスクレイピーと狂牛病との関係が推定された。

A君:一般的な感染症についての知識では、病原体は感染する種に適応しているために、他種には感染しにくいとされていたのですが、これでウシとヒツジの種の壁を超す病気であることになって、ウシとヒトとの間の壁も超す可能性があるということになったのです。

B君:一方、ヤコブ病などの伝染性についての研究が主として米国で行われ、67年にはクールー病患者の脳組織をチンパンジーの脳内に接種すると発病させることが分かり、翌68年には、ヤコブ病患者の脳組織でも同様のことが起きることが証明された。要するに、この病気が感染症であることが示された。この研究をやったガジュセックは、この業績が評価されて76年にノーベル賞を受賞している。

A君:そして、ガジュセックは、この病気の根本がヒツジのスクレイピーにあるという説をだしました。その根拠としては、イスラエル在住のリビヤ系ユダヤ人では、ヤコブ病の発症率は10万人あたり31.3人で、他のイラク系が1.9人、中央ヨーロッパ系が1.0人に比べて異常に高いことを根拠にしています。それはなぜか。リビヤ系のユダヤ人は、ヒツジの眼球を好んで食べる習慣があって、スクレイピーのヒツジの眼球には伝染能力がある何かが存在しているとした訳です。

B君:さて、やっと原因の話だ。脳の病理切片を見ると、スポンジ状になっているのが特徴だが、そこに特殊なタンパク質の斑点が見られ、これがプリオンと呼ばれるものなのだ。プリオンという言葉は、「生物系の病原体」ではなくて、「感染性をもったタンパク質粒子」という意味で、1982年にプルシナーによって導入された概念だ。
 プリオンは分子量3.3万から3.5万の、ほとんどすべての臓器にある糖タンパクで、すでにアミノ酸配列やそれを生成する遺伝子が第20染色体の短鎖にあることまで分かっている。要するに、ヒトを含めて、ほとんどの動物がもっており、正常プリオンを作っている。この正常プリオンというものは、文字通り正常だから、病原性は無い。

A君:このプリオンが異常になると発症します。異常プリオンと正常プリオンは、分子式上では同じで、単に立体構造が違うだけ。立体構造が違うということは、分子がどのように凝集するかが違うことになります。どうも異常プリオンは、立体構造が原因で消化酵素で壊されにくくなっていて、中枢にたまりやすくなっているのではないかと思っているのですが、この解釈はあっていますかね。

B君:感染のしかただが、まず正常プリオンが多数存在している必要がある。これは一つの仮説らしいが、2個のプリオンが結合して二量体というものができるようだ。何らかの原因で異常プリオンが入ってくると、正常プリオンと異常プリオンが結合して二量体になる。そして、熱力学的に異常プリオンの方が安定なもので、両方とも異常プリオンになる。そして、二量体が二個の分子が分かれると、異常プリオンが倍に増殖していることになる。

A君:要するに、プリオンは物質であって、生命体ではないのです。生命体とは、DNA鎖があることで(この定義は完全ではないけど)、だから、いくら自己増殖しても、プリオンはDNAもRNAも持っていませんから生命体ではないんです。だから、マウスなどの実験動物を使った研究でも、同じゲージで飼育されていても、他のマウスには感染しないのです。要するに、異常プリオンを含む部位が口に入らなければ発症しないのです。

C先生:やっと結論が近くなってきた。9月17日段階で推測だけで書いてしまったことだが、異常プリオンの方が熱力学的に安定なのではないか、という予測がどうも本当らしい。そうでなければ、異常プリオンが増殖する理屈が無いのでね。
 とにかく異常プリオンを口に入れなければ感染しない。ということで、発症したウシのどの部位に異常プリオンが多いかが重要情報になるのだ。
 狂牛病にならないためには、プリオンの多い部位を食べなければ良い。

食べてはいけない部位、食べても大丈夫な部位。
「高度感染性」:脳、脊髄、眼
「中度感染性」:回腸、リンパ節、近位結腸、脾臓、へんとう、硬膜、松果体、胎盤、脳脊髄液、下垂体、副腎
「低感染性」:遠位結腸、鼻粘膜、末梢神経、骨髄、肝臓、肺、すい臓、胸腺
「感染性なし」:凝血、糞尿、心臓、腎臓、乳腺、乳汁、卵巣、唾液、唾液腺、精嚢、血清、骨格筋、睾丸、甲状腺、子宮、胎児組織、胆汁、骨、軟骨組織、結合組織、毛、皮膚

 要するに、普通に肉を食べ、牛乳を飲んでいる限りにおいては、心配は無い。ということは、英国で狂牛病患者が出たということは、と殺の過程で脳や脊髄に汚染された肉を、あるいは内臓肉を食べたからだと思われる。

A君:以上のような理屈を考えていくと、今回狂牛病と判定された牛がどんな餌を食べたか、その同じ餌を食べた牛が今どこに居るか、これが問題であって、餌から追跡することが最大の謎解きということになります。隣にいる牛が狂牛病だからといって、狂牛病に感染することは無いのですから。勿論、母子感染は無い訳ではないです。

B君:ところが、農水省は、千葉の農場の牛を買い上げて焼却処分にしようとしている。恐らく、その牛が北海道にいたときに感染したと思われるのに。餌を追うのが原則

C先生:厚生労働省が年齢30ヶ月以上の牛を全数検査してから出荷するということになった。これでも過剰反応だと思われるが、まあ安心料だと考えることもできる。これで狂牛病の発生が完全に防止できるのなら、安いものかもしれない。
 餌の追求は難しいのだろうが、それも是非続けて欲しいところだ
 英国で400万頭以上が処分されている。死者が現在までで約100名。潜伏期間が長い病気なので、死者の増加についてはまだまだ安心できないが、いずれ終息に向かうだろう。一方、日本はまだ1頭。10頭以内で納まるのなら、死者が出る確率をゼロにできるだろう。
 一方、牛の飼育は多少効率が低くなっても、草食動物としての飼育法に徐々に戻すのだろう。