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  ビスフェノールAと先天異常  12.08.2002



 「今月の環境」で、次のような記事を載せた。

11月29日: ビスフェノールAで尿道先天異常?

 朝日新聞29日朝刊

 広島市で行われた内分泌かく乱物質に関する国際シンポジウムで、環境省研究班の平原史樹・横浜市立大学教授と黒木良和・神奈川県立こども医療センター所長が28日に発表した。

 正常児を生んだ815人の妊娠中から出産までの血液と、尿道下裂男児を出産した30人の血液を比較した。その結果、ビスAの濃度は、正常児の母親で0.4ng/mlであったが、尿道下裂児の母親の平均値は、その2倍であった。

C先生:この疫学が相当に問題があるものだという情報を得たが、その詳細が分からないので、コメントしない。ただし、問題があるということは、発表者自身が言っているとのことなので、本当の問題は、それを報道していない朝日新聞側にある。


C先生:ビスフェノールAは、いわゆる環境ホルモン問題の最大の争点になっている物質である。上の記事を出してから、様々な情報をいただいた。そして、この問題について、ほぼ全貌が見えてきたので、解説を行いたい。

A君:説明役を買って出ましょう。ビスフェノールA(BPA)なる化合物ですが、これは分子式は、次のようなものです。

図 ビスフェノールAの分子構造

B君:フェノールが2つ炭素にくっついたようなもの。

A君:用途は、次のようなものです。
・ポリカーボネート樹脂の原料(73%):自動車部品、CD、シート、窓ガラス等
・エポキシ樹脂の原料(22%):コーティング、積層板、接着剤等
・フェノール樹脂の原料
・可塑性ポリエステルの原料
・エンプラ(ポリサルホン、ビスマレイミド、トリアジン、ポリアリレート)原料
・酸化防止剤
・塩化ビニル安定剤

B君:ポリカーボネートとエポキシ樹脂で95%が使われていることになる。

A君:生産量もすごくて、41万トン余/年。

B君:BPAがないと、CDがなくなって音楽も聞けないことになる。

A君:毒性は経口LD50(mg/kg)が2,400〜5,280。普通物に分類されます。変異原性・遺伝毒性・発がん性・免疫系への影響は無いとされています。

B君:BPAは、合成ホルモンの研究をしているときには、多少効果があるが、あまり効き目が無いので、見捨てられたという化合物のはず。

A君:生殖毒性は、ですから当然ありまして、雌への影響では、「子宮重量の高値」といった影響が様々調べられています。

B君:生態系への影響もあるはず。

A君:それもあたり前といえばあたり前なのですが、血中ビテロジェニン量の増加(ニジマス未成魚)、精巣卵の形成(メダカ稚魚)等の魚類への影響があることが分かっています。

B君:許容摂取量は?

A君:規制が厳しいEUは、未解決の低用量効果を考慮して、2002年2月にTDIを0.05mg/kg/dayから0.01mg/kg/dayに変更しました。体重50kgだと0.5mg/dayといったところです。

B君:低用量効果というものは、逆U字特性とも言われるもので、再現が難しい実験結果だそうだ。現在の動向だと、重きを置かれないことになるのではないか。

C先生:ここまでの記述で、通常の毒性もない訳では無いが、まあ低い(食塩なみ)。生殖毒性は、未知の部分がある。これが全体像。ただし、もう一つ重要な事実がある。この物質は、体内で代謝が早いことだ。半減期は6時間と言われている。どこかから毎日摂取しないと、翌日にはキレイになっている。

B君:ここまでが前提。尿道下裂児を出産した母親についての調査概要を書こう。

A君:こんな記者発表がされています。

(1)調査結果の概要
 尿道下裂児とその母親30組における血中ビスフェノールA濃度を測定するとともに、その対照として、妊婦820名(延べ検体1,690検体)の血中及び臍帯血中のビスフェノールA濃度を測定したところ、
 @ 尿道下裂児の母親の血中ビスフェノールA濃度は、対照妊婦の血中ビスフェノールA濃度より有意に高かった。
 A 尿道下裂児の血中ビスフェノールA濃度と対照妊婦から得られた臍帯血中ビスフェノールA濃度との間には有意差は認められなかった。
 B 尿道下裂児の血中ビスフェノールA濃度とその母親の血中ビスフェノールA濃度の間には有意差は認められず、また、相関も認められなかった。
 C 対照妊婦において、全体の平均値では、臍帯血中ビスフェノールA濃度は、血中ビスフェノールA濃度より有意に高かったが、個々の症例では必ずしも両者には相関は認められなかった。
  という結果が得られた。
(2)研究班における考察
@ ビスフェノールAと尿道下裂との関連について、
・尿道下裂の症例数が30症例と少ないこと
・尿道下裂児母親の血中濃度は出産後数ヶ月から数年経過して測定されていること
・尿道下裂児母親は非妊娠の状態であり、対照妊婦の血中濃度とは単純には比較できないこと
 等の課題があることから、今後引き続き症例数を増やすとともに、総合的に関連を検討する必要がある。
A 対照妊婦において、臍帯血中濃度が血中濃度より高値であったことについて、動物実験や試験管内試験などそのメカニズムの解明に向けた取組が必要。


B君:具体的な濃度が知りたい。

A君:数値は、こんなようです。
  ・尿道下裂児母親の血中ビスフェノールA濃度…0.82±0.42ng/ml(n=30)  
  ・対照妊婦の血中ビスフェノールA濃度…0.40±0.29ng/ml(n=1,690)

C先生:半減期が6時間の物質の体内濃度が違うからといって、何が言えるのか、それが最大の問題。

B君:なるほど。普段摂取している水が違うとか。単位を水質のものに合わせれば0.8μg/Lと0.4μg/L。

A君:河川水からの検出濃度は、最大値0.56μg/L。どうも、水が原因だとは思えないです。

C先生:ダイオキシンやPCBのように、生体内濃縮という機構があれば、環境中の濃度が低くても、いろいろと可能性はあるのだが、どうにも生体内での分解速度が速いことになっているので、原因を特定するのは難しい。

B君:体内に入って6時間で半減してしまうとすると、継続的に毎日毎日なんらかの経路で摂取し続けないと、測定値もゼロになるはずという意味か。なるほど。

C先生:以前は、缶コーヒーの内側のコーティング膜がエポキシ系の樹脂で、ここからの摂取量が多いとされていた。しかし、その後、コーティング膜はPETなどに変わってしまった。

A君:エポキシ樹脂は、プリント配線板などにも大量に使われているので、舐めればそこから体内に入ることも有り得ますが。

B君:まあ余りありえそうも無い。毎日、エポキシ系の接着剤を使う主婦の存在も考えにくい。職業的に、接着剤を使う人は勿論話は別だが。何か食物からの摂取は無いのだろうか。

A君:知りません。調べる必要は有るかもしれません。

C先生:以前、PFOSなる撥水剤に使われていた化学物質が、先進国市民の体内にかなり高濃度で存在していることが分かって、その対比をとるために、ネパールや中国奥地の住民の血液を検査したことがある。これと同じことをBPAについてもやれば、先進国だけの現象かどうかが分かる。もしもネパール・中国奥地でもBPAが血中に見つかれば、場合によっては、食物の代謝過程でできるという可能性があることになる。

A君:そんな比較がまず行われるべき研究の第一候補でしょう。

B君:それを先にやらないと、他の研究の意味を持たない。

C先生:環境ホルモン問題も、そろそろ終幕を迎えつつある。研究全体を見直す時期にあることは事実だろう。少なくとも、問題解決型研究と基礎研究を分けて、研究費配分原則を考え直すべきだ。