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環境センセーショナリズム=週刊朝日  1998年2月25日 
  






新告発シリーズ 「窒素肥料の恐怖」 北島重司氏の署名記事  

 朝日新聞そのものの論調は、環境センセーショナリズムからはやや距離を置くスタンスのようだが、このところ週刊朝日は「告発シリーズ」として色々と記事を書いてくる。ところが、その記事の内容たるや、最近環境の分野に関心を持った人には目新しいことかもしれないが、大昔から言い続けられたやや特殊な環境保護派の主張の蒸し返しである。これらの主張がすべて嘘ではないが、すべて事実でもない。
 今回の記事では、「化学肥料は危ない」とのことだが、その事実を検証してみよう。



C先生:マスコミの環境センセーショナリズムにも困ったものだが、まあ、読者層もこれを求めていると言えるだろう。まず、基礎から行こう。A君、なぜ植物生産に窒素が必要であるかを簡単に。

A君:はい。生命体に窒素が不可欠なのは、タンパク質とか、DNAとかいったものすべて、アミノ酸が基本構造になってますから、窒素Nは不可欠です。人間には、大人で大体2kgぐらいの窒素が含まれていると言われています。植物でも窒素は不可欠です。
 植物が窒素をどこから取るのかと言われれば、空気中に大量無限に存在している窒素を直接使うことのできる植物は、豆類の一部だけで、大部分の植物は硝酸イオンかアンモニアの形の窒素しか利用できません。豆類も、実は自分で窒素を直接吸収できる訳ではなくて、根のところに生息している根粒バクテリアが植物から炭水化物をもらって、そのお返しとしてアンモニアを返すという共生関係が成立しているからです。窒素は自然界で循環していますが、耕地では、窒素は不足がちになります。なぜならば、生産物=食料を外に持ち出してしまうからで、循環が途絶えるからです。
 植物は、葉っぱをどんどん出す成長期には、窒素を欲しがります。大体、春先から初夏にかけての季節になります。しかし、葉っぱの窒素分は、やがて、茎や根、種などに移りますが、その時期には、植物は窒素をそれほど欲しがらないのです。

C先生:そのまとめの最後のところの、窒素要求量の季節変動はかなり重要だ。B君、それでは、化学肥料の効果について述べてくれ。

B君:肥料なしでも作物はある程度育ちます。なぜならば、炭水化物は植物が自分で作ります。いわゆる光合成です。原料は二酸化炭素と水と太陽光。窒素分は、地中の窒素固定菌が作るものを利用します。しかし、当然不足ぎみです。ある実験によれば、無肥料では、小麦と牧草の生産量は、適切に肥料を与えた場合の5分の1程度。無肥料でもゼロではなく、多少取れるようです。有機肥料と化学肥料とでは、収穫量に大きな差は有りません。両者を適当に混ぜて使うと収量が最大になるようです。有機肥料を作るのは大変な作業ですから、有機肥料だけで、全世界の肥料を供給することは恐らく不可能なはずです。

C先生:これから21世紀に向けて、もっとも心配されていることが、食糧の供給不足だ。人口が現在のような勢いで増え続けると、早ければ2010年に、遅くとも2050年には食糧が不足するだろう。まず言えることは、今回の記事を書いた記者には、このような未来環境の視点がないことだ。
 さて、もう少々議論を深めるために、有機肥料と化学肥料との差を検討してみようか。ただし、化学肥料にもリン酸肥料、窒素肥料、カリ肥料などと種類があるが、ここでは話題がもともと窒素肥料だから、それに限る。

B君:まず、第一に確認しなくてはいけないこと、それは、植物は有機物を吸収できないということです。有機肥料であっても、それが細菌によって分解されて、硝酸イオンあるいはアンモニアになって吸収されるのであって、その点では、化学肥料と全く変わらないということです。

A君:それでは違うところを。どこが違うか、といえば、まず、窒素分をどのような速度で供給するかです。化学肥料は、硝酸アンモニウムのように、植物がそのまま吸収できる形ですが、有機肥料中の肥料成分は、タンパク質などの形で存在してますから、それが分解されて初めて肥料になるのです。化学肥料は即効性、有機肥料は分解過程が遅いので遅効性となります。

C先生:効き目に関してはそんなところ。だから、化学肥料で作物を育てる場合であれば、葉っぱの生育時である春先から夏までに植物に必要な量の窒素肥料を与えるのが良い。ところが有機肥料は、分解が遅いから、この時期に必要な量をすべて有機肥料で与えてしまうと、作物がもはや窒素分を必要としなくなった盛夏から秋にかけて、土の中の窒素分が余ることになる。これが雨などで流れ出して、川や湖に入るから、湖沼の富栄養化といった問題を起こしやすい。飲料水に使えば、これまた硝酸性窒素が増えて問題となる。化学肥料でもやり過ぎた場合は同様なことが起こるのだけれど。だから、有機肥料が「環境にやさしい」とは必ずしも言えない。
 ある実験によれば、適正量を与えた場合、化学肥料中の窒素の5%程度が地下水や河川に流出したという。そして、地下水や河川水に入る窒素分として最も多いのが、土壌中の有機物の分解によるものだという説が有力。化学肥料の寄与率は、農家が過剰の肥料を与えない限り、ランクがずっと下である。

B君:しかし、有機肥料にも良い点は有ります。それは、作物以外の土中の生物の栄養になることです。細菌類やみみずなどの。また、腐敗してフミン質になりますと、土の性質例えば保水性などが良くなるものと考えられます。だから、土質改良剤としての効果があるようです。さらに、色々なものを含んでますから、ミネラルバランスも良くなりそうです。

C先生:そう、要はバランスが重要。有機肥料を適切に使用して土の状態を良好に保ち、作物が必要とする窒素分よりやや不足ぎみの量を化学肥料で適切な時期に与える。こんなやり方が、環境にもっともやさしいだろう。また、収穫量を確保する方法でもある。

B君:今回この週刊朝日の記事で登場してくる人々を分析してみると、(1)予防医学科学委員会会長(C先生も知らない団体)、(2)武庫川女子大教授(発言は比較的中立的)、(3)元農業技術研究所研究員で今健康食品関係者、(4)浄水装置製造・輸入販売業者、(5)元都水道局職員(発言は中立的)、(6)同志社大学教授(反食品添加物学者)となる。 要するに、この記者が会った人のかなりの人は、硝酸問題に火が付けば、儲かる人だといえないだろうか。

C先生:相当、ひねくれた見方だなあ。まあ、一般論として、自分の利益が第一というのは本当だし、研究者でも誰しも自分の専門について余り意味がない分野だとは言わない、これは事実だが。

A君:そういえば、このホームページの別のところで、発ガンの理由に関してたばこと普通の食品が危ないという話をやってますね。食品添加物や残留農薬の発ガンへの影響は、かなり低いということの話を。

C先生:そういえばそうだった。そもそも食事をすること自体、昔は生存リスクとの戦いだった。狩りに出て怪我をするのも当たり前だっただろう。野菜などというものも、たまたま無毒な植物を選択的に育てたもので、植物には多少の毒があって当然。そこで、現代人も、「そもそもリスクがあっても生きるのが人間だ」と気楽に考えるれば、妙なストレスが無くなってそれが本来の健康法だろう。多少の毒は、それを消してくれる機構が人体には備わっているのだから。ただし、何かを気にしすぎて妙な精神的ストレスが掛かると、人体の防衛機構がうまく動かなくなるのでご注意。また、あまり清潔にしすぎると、防衛機構が妙な作用を始めてアレルギーになりやすい。こちらもご注意を。
 ところが今は「飽食の時代」となり、しかも個人の「健康問題・清潔」が現代人の最大の関心事だからね。リスクは可能な限り避けようとしているように見える。となると、「有機」のような自然のニュアンスがあるものが、なんとなく健康に良いと単純に考える人が増えてくる。さらに、「反科学」思想も加わって、人工物は危険だという思い込みを持つ人も増える。この考え方も「めくじら」を立てるようなものではないかもしれない。まあ「趣味の問題」、あるいは「贅沢」だと思えば、それで良い程度のものかも知れない。趣味・贅沢で「ミネラルウォータ」を飲むのは勝手だけれど、「ペリエ」などは硝酸が多いらしいから注意をされたし。私は気にしないけど。
 ただし、21世紀になると、このような「趣味・贅沢」はもはやできないだろうから、まあ今のうち。ただし、消費者の「趣味・贅沢」によって農家に無用な過重労働を強いる可能性があるので、それを注意してほしい。