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ダイオキシン・環境ホルモン・シンポのパネリスト 

08.02.99  08.03.99少々追加






 朝日新聞7月31日朝刊に「ダイオキシン・環境ホルモン問題を考えるシンポ」の紙上中継記事が見開き2面分掲載された。登場人物は次の通り。

基調講演を「奪われし未来」のジョン・P・マイヤーズ氏が行った。
 その他のパネリストは、
井口泰泉氏(横浜市立大学教授、理学博士)
中下裕子氏(弁護士、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議事務局長)
中村梧郎氏(岐阜大学助教授、フォトジャーナリスト)
中西準子氏(横浜国立大学教授、工学博士)
鈴木恒夫氏(衆議院議員、自民党環境部会長)

 ここでは、それぞれの登壇者の個別主張の概要を記述して、それに対して検討を行って見たい。


 またまた、中西先生と同日アップのようでした。中西先生の個別主張は省略しましたので、先生の個人ページをご覧ください。


08.03.99少々追加 本日の朝日新聞朝刊に、ベルギーのダイオキシン騒動がPCB汚染であったという記事がやっと出ました。このHPの1ヶ月遅れです。怠慢?それとも慎重? それはそれとして、そこで気になったのが、酒井伸一先生(京大助教授)の発表したシュレッダーダスト中のPCBの量です。これが後述するダイオキシン類には焼却炉以外にも発生源がまだ別にあるのでは、との話につながるのです。まだ何か有りそうな気がするのです。

 本日、読み直して見たら、本HPが登壇者の個別主張のすべてに反対しているように読めました。決してそんなことは無くて、同意している部分も勿論あります。そこで、違和感を感じた部分の色をオレンジ(茶色?)に変更しました。その他の部分は、ほぼ同意です。


ジョン・P・マイヤーズ氏の個別主張:
 我々は、以前の世代には無かった多種類の化学物質を体内に抱えている。これは人類の進化の歴史において前例が無いことだ。我々は、こうした物質がどのような影響を持つのかほとんどしらない。
 内分泌撹乱物質(環境ホルモン)が胎児と発生に与える影響を知ろうとしているが、その後の科学の進展で次のような傾向が見えてきた。汚染がグローバルであること、化学物質のリストが劇的に増えたこと、微量の汚染でも影響があるということだ。
 解決策としては、3つの原則を提案したい。
第一は、「予防の原則」だ。化学物質は有害ではないという証拠をもっとたくさん要求しよう。確実な立証は無くても、リスクがあまりにも大きい物質の使用や商業用の生産を中止すべきだということ。実験は子供たちや母親の体を使うのではなく、研究室で行うよう求める必要がある。
第二は、「汚染者負担の原則」。商品の価格には、その商品や原料の社会的な実質コストが反映されていない。生産に伴うコストだけではなく、健康や環境に与えるコストを反映させなければならない。廃棄物と汚染物に課税すべきだ。
第三は、「知る権利」だ。消費者が自ら負うリスクを洗濯できるようにするために、製品の内容物をラベルで表示すべきだ。

A君:まず、「予防の原則」が出てきましたが、本音がどのあたりにあるかによって、「予防の原則」なのか、それとも「予測の原則」なのか良く分かりませんね。「リスクがあまりにも大きい物質の。。。。。」これをどのように考えているかですね。

B君:うーん、怪しい。なぜならば、これは個別主張中ではなくて、その後のパネル討論の過程で出たようだが、「中西準子先生の環境ホルモン作用の強さを比較した値には強く意見を異にします。体内での作用は、試験管テストほど単純なものではない。試験管テストは有効な手段だが、生物学的な視点を取り入れなければ、誤解を招く可能性がある。」と言っている。「リスクがあまりにも大きい物質。。。。」のリスクをどのように評価するか、生体内の作用は大変微妙かつ複雑だから、これをきちんとするには時間が掛かる。だから、全部まとめて規制する、という発想につながる可能性が高い。

C先生:環境ホルモン問題というのが、環境問題としてどのような状況になるのか、と言えば、それは、バックグラウンド汚染から一部の環境ホルモン物質が公害型環境汚染に分類されつつある状況だと理解している。例えば、ダイオキシン、PCB、DDTなどの物質は、公害型環境汚染物質にすでになったが、フタル酸エステル類や、ビスフェノールA、スチレン類、ノニルフェノールなどは、まだ結論がでていない状況だ。環境ホルモン毒性物質だと認定されれば、規制を掛けることが可能だ。だから、環境ホルモンというひとくくりをまず外して、個々の物質について、その毒性の強弱について科学的な検証を行う必要がある。しかし、まだまだデータ蓄積段階だから、それ故に、どのように対処すべきか難しい。実験法の違いによる結果の相違などについても、まだまだ経験が必要だ。

B君:中西先生の以前の講演を聴いた限りでは、環境ホルモン作用に関する研究には、試験管テストがざっとしたフィルター用としてはきわめて有効だと個人的に考えている。数種類の物質について、環境ホルモンの影響の強さを試験管テスト、生物試験、その他のあらゆる実験を行って順番を付けたとして、生物試験における結果だけが、強弱の順番が非常に異なるということは可能性が低い。勿論、絶対に無いという証明は不可能だが、まあ、「生命現象も所詮化学反応だ」という分子生物学的な見方からすれば、余り有りそうも無い。すなわち、ある物質について、試験管テストで非常に弱い環境ホルモンだという結果がでたときに、生物試験で非常に強いという評価になる可能性には、安全係数を100倍程度掛けておけば、なんとかなるのではないだろうか。まだ直感段階ですがね。

A君:環境ホルモンは生体現象だから、色々と複雑なことがあって、最適濃度でないと作用しないといった逆U字特性を持つとかいう話が有りましたが、徐々に、やはり普通の現象だというようになるのではないでしょうか。これも直感ですが、生体内の現象には、人知が及ばないことがあるという迷信が、徐々に解消されつつあるように思います。勿論、過信が危険なことには変わりはないですが。

C先生:この段階である物質の使用中止を主張すれば、それは有害な「予防原則」だと言える。もっと個別的な「予測原則」に向かっての努力が必要なのだ。具体的にはビスフェノールAあたりがもっともホットな議論になるだろう。この物質については、体内代謝速度が速いので、そんなに心配無いと思うのだがね。もっとも食器などから継続的に体内に入っていれば、それは別問題だが。

B君:ついでに、中村梧郎氏は、完全に予防原則主義者みたいですね。「欧州では、いまのところ危険かもしれないとされる物質に対しては、とりあえずは禁止しようという考え方があるように思える。」と言っていますから。

C先生:次に行こう。


井口泰泉先生の個別主張:
 DESやサリドマイドは、胎児の発生過程のある特定の時期に大きな悪影響を発揮し、それ以外の期間では、影響が小さかった。化学物質の作用は、タイミングと量が非常に重要である。環境ホルモン作用も、やはり一番問題になるのが、胎児期。そのどの時期に、どんな悪さをするのか。これを明かにするのが今後の重要な課題だ。
 環境ホルモンは、農薬やプラスチックの材料からダイオキシンまで種類が多い。豆にも植物性の女性ホルモン様物質が含まれている。猛毒、超微量で作用する、体にたまるという三つが環境ホルモンの特徴とおもわれているが、必ずしもそうではない。プラスチック系のものは、食器に使うぐらいだから、毒性はそんなに強くない。スチレンなんて最近では女性ホルモン性はまったく無いという研究も出てきた。猛毒ではなくても、妊娠期にきたらどうなるか分からない。大丈夫か対策が必要か、物質群を分けて考えるようになっていくだろう。
 強調したいのは、ダイオキシン、環境ホルモン問題は、社会構造としてどうしたら減らせるのかとう視点が重要であり、子供のためのいい教材になる。
 ダイオキシンの発生源は、かつては農薬だったが、今は焼却炉だ。世の中が焼却炉を使わなければならないような構造になっている。減らすためにあなたらどうする。私を小学校の先生にしてくれるのなら、そういう話を子供たちにきちっと伝えて見たい。

A君:井口先生も最近は温和ですねえ。違和感が少ない。

B君:それだけに主張にインパクトが無い。まあ良いことだけれど。でも、焼却炉が悪いという固定観念に囚われすぎのようにも思える。本音は分からないが。

C先生:どうも「予防原則主義」では無さそうに読めるね。物質を峻別することが必要だと考えているようだから。さて、その焼却炉だが、悪いというのは簡単だけれど、それだけではやはり現実的ではない。ダイオキシンに関して言えば、2002年には、焼却炉から出るものはまずまずのレベルになっているだろう。個人的見解としては、まだ他に発生源があるかどうかにむしろ関心を移すべきかもしれない、と思う。

A君:環境ホルモンについては、中西先生は化粧品に着目していると語っていますね。

C先生:それでは、中下裕子氏に行こう。


中下裕子氏の個別主張:
 ダイオキシンや環境ホルモンの問題は、規模が大きく構造も複雑で、短時間で科学的に解明するのは困難だろう。では、私達は科学の成果がでるのをじっと待っていれば良いのか。わが国では水俣病、カネミ油症事件などのように、政府の対応の立ち遅れが被害を大きくした苦い経験を持つ。今こそ、主権者としての国民が政治や行政に働きかけて危機回避策を実現させる必要がある。
 温暖化などの地球環境問題ではNGOの需要さが国際的共通認識になっている。私は「市民、NGOの参加の保証」を付け加えたい。
 ダイオキシン対策では、(1)TDIの目標値を明記する。(2)汚染のひどい地域では、まず自治体が調査や被害補償を講じ、後で汚染責任者に負担を求める。(3)母乳汚染度を手軽に検査できる仕組みを整え、食品の汚染実態を公開する。(4)小型焼却炉や野焼きなど、発生源の取り締まり強化。などを求めたい。
 また、焼却炉の「出口規制」と同時に、燃やすとダイオキシンが出る材料は焼却場に入れない、なるべく使わないなどのいわゆる「入口規制」も必要。少なくとも使用表示制度を整え、消費者が選択できるように。
 環境ホルモン対策でも同様だ。私達の健康は健全な生態系によって守られている。生体系に強い害をもつものは、人体への影響の解明を待つまでも無く、使用制限すべきではないか。
 
B君:この人は問題だ。「科学の成果が出るのをじっと待っていればいいのか」に対しては、「その間に、環境科学の勉強をもっとして、きちんとした理解ができるように準備をして欲しい」と答えたい。

A君:その発言はエリート意識だと言われるよ。それはそれとして、水俣病をいまだに環境問題の取り組み方の教科書だと考える捕らえ方には衝撃ですね。現時点における環境問題、特にダイオキシンと環境ホルモン問題は、通常の生活をしている人間の生命にはリスクゼロで、妊婦と特定の条件を満たす人にのみにリスクがあるといっても間違いではない状況。妊婦の問題は重大ですし、不公平性も問題なのですが、水俣病のような状況と、今の状況とは全く異なることをまず理解して欲しい。

C先生:確かに水俣的な提案がある。被害補償という言葉がそれだ。4項目の提案で同意できるものは、(4)だけだ。その前にNGOの重要性が世界的に認知されている、と主張しているが、日本のNGOは現状で余りにも弱い。レベルが低い。だから現状ではNGOは重要だと言いにくい。NGOが立派な職業になるようでないと。日本の場合には、NGOがあるビジネスを行うことによって所得を得ると、そのビジネスに対する思い入れが、本来の哲学を上回って妙な形になることが多い。
 ただし、NGOを無視せよ、と言う気は全くない。さまざまな政策の決定への市民、NGOの参加は、私個人の主張でもある。すなわち、公開合議制がそれだ。専門家と市民とからなるメンバーで合議を行うが、議論は必ずしも収束させる必要はない。投票権を持つ市民はこの合議の様子を見て、自分の感触にもっとも合う人に投票をするという形式。これを公開合議制と呼んでいる。これを数多く実施することが、環境デモクラシーへの道だろう。

A君:「入口規制」の件で一言。ダイオキシンの原料になるのは、まず塩素ですから、塩素化合物は大体だめ。中下氏は恐らく塩化ビニルを対象とした類型的な主張をされたかったのだと思う。確かに、塩化ビニルはダイオキシンの有力な原料である。しかし、しかし、焼却炉に塩化ビニルを全く投入しなかったとしても、ダイオキシンは出る。原料は、食塩や紙などに含まれる塩素。特に、再生紙は塩素の含有量が多い。となると、焼却炉へ入れない第一候補を塩化ビニルとすると、第二候補は再生紙かなということになる。第一候補を切ることは賛成だけれど、第二候補は切りにくい。

C先生:次は、中村梧郎氏。ジャーナリスト。


中村梧郎氏の個別主張:
 ダイオキシン問題に入ったのは、ベトナム戦争の枯れ葉作戦だった。枯れ葉剤そのものは1ヶ月もあれば分解するが、不純物として含まれていたダイオキシンは残留した。人体汚染としては空前絶後の事例だった。取材によって、日本のダイオキシン汚染も相当なものだとわかった。汚染度では世界のトップを突っ走っている。
 76年にイタリアのセベソで工場が爆発しダイオキシンが周辺の町に降り注ぐ事件が起きた。そのとき、汚染土壌をドラム缶に閉じ込める作業をした労働者の服装は完全防護服だった。ところが日本ではセベソ並みの汚染地域はあちこちあるのに、対応する人の服装も普通で、危険性を侮っている。
 ベトナムでの枯れ葉剤の散布地で出会った子供には、四肢の癒合や欠損が非常に多かった。出産直後に死んでしまう。あるいは生まれてこない。先天異常の激しい子供がベトナムではいっぱい出たんだ、ということをしっておかないと行けないと思います。アメリカや韓国のベトナム帰還兵にも問題が出ている。
 日本の特徴は、産業廃棄物の焼却施設が住宅地の真ん中にあることです。ダイオキシンの排出量も自分で申告すればそれで終わり。
 一方、ドイツでは、廃棄物をリサイクルして無害化している。ドイツのダイオキシン対策は望ましい方向に向かっている。
 今の日本の状況にあきらめてはいけない。ダイオキシンにしても環境ホルモンにしても、発生量を抑えることに徹すれば、かなり安全な環境を作ることができると思う。

B君:この人は、環境の敵だね。誰も、日本の状況をあきらめていない。まず、知識がひどい。セベソの爆発事故の後処理で防護服を着たのは、それは化学工場の爆発だからだ。ダイオキシン以外の放出された化学物質の毒性が、トータルに見たらダイオキシンの毒性と同程度以上にあったからだ。枯れ葉剤の主剤であった2,4,5−Tだって毒物だ。撒かれた絶対量が違う。ダイオキシンは不純物だった。

A君:先天性の四肢癒合欠損のような影響がダイオキシンによってもたらされるかどうか、あの宮田先生でもそんなに明確ではないとしていますよね。ダイオキシンの毒性についてですが、発ガン性があるということの意味も、発ガンイニシエータではなくて、発ガンプロモータであるということは、ダイオキシン自体に遺伝子を傷つける能力があると言うわけではなく、要するに、ホルモン作用のように情報伝達を邪魔して奇形を作るということのようですからね。

C先生:B君の言うように、このようにダイオキシンの毒性だけを問題として、環境全体のリスク全体におけるダイオキシンの寄与といった視点を見失うような人は「環境の敵」だ。このような人の存在によって、文明は滅びる。

A君:C先生もこのところ過激発言が多いですねえ。

C先生:文明はなぜ滅びるか、これを考える段階に日本も到達できたということさ。有る意味で、それは一つの「達成」なのだ。明日の生活が心配といった状態では、文明はまだまだ滅びるというレベルに到達していない。日本の消費文明は、そろそろ滅びるレベルまで成熟したといえるだろう。
 過去の文明がどのようにして滅びたか、これを皆様に是非考えて欲しい。環境汚染の毒性によって滅びた例として、ローマの滅亡の原因が鉛中毒である可能性があるが、余り類型的ではない。多くの場合には、エネルギー源である森林の過伐採と、その影響としての降雨減少と食糧供給不足で滅びている。日本もダイオキシンなどの毒性で滅びることはまず無い。エネルギー資源の使いすぎによる供給不足で滅びるか、食糧供給不足で滅びるだろう。

B君:そう言えば、8月になりましたね。ノストラダムスの7の月の人類滅亡シナリオは起きなかった。しかし、米国経済がそろそろおかしくなってきたので、9月あたりに何かドカンと来そうな気もするが。

C先生:次は中西先生だけど、省略させてください。済みません。反対すべきところが無いので。ただし、益永先生のそのデータの実験的誤差の範囲を知りたい。
 ということで、最後の個別主張は、衆議院議員の鈴木恒夫氏。


鈴木恒夫氏の個別主張:
 レイチェル・カーソンが「沈黙の春」を出版したのが1961年。これほど早くから警告を受けていたのに、化学物質に関するわが国の対策が遅れたことは率直に認めざるを得ない。また、環境ホルモンやダイオキシン対策について、国会、政府で議論がでてきたのは、ここ3、4年のことだ。
 先日ようやくダイオキシン対策法が成立した。まだ不充分な内容だとは思う。TDIの数値は、限りなくゼロに近い方が良いに決まっている。だが、あまり低い値にすると、水産業が大打撃を受けるのでできなかった。
 食品の表示問題についても、これらの研究を続けていくことになっている。
 国の対応は遅く見えるかもしれないが、従来の政府の意思決定に比べると異例の速さだ。そして、今年度、827億円のダイオキシン対策の予算を確保した。
 日本が目指すべき社会は、ドイツが少しずつ成し遂げている循環型経済社会だろう。3R。最終発生物の適正処理システムを作り上げる。
 最近100年間で、日本の女性の平均寿命は2倍近くに伸び、少なくとも長生きができる物質的に豊かな国になった。しかし、このまま物質文明につかっていては、未来を失ってしまう。こうした認識は皆様と共有したい。

B君:レイチェル・カーソンが偉かったのは認める。しかし、今の状況を考えずに、レイチェル・カーソンを教義として掲げる人は嫌いだ。

A君:水俣を、状況の変化を考えずに教義とすることと同罪。

C先生:B君のココロは、そのうち説明してもらおうか。今日は長すぎるのでスキップ。

A君:「わが国の化学物質に関する対策が遅れたことは率直に認める」とのこと、ですが、ダイオキシン・廃棄物関連を除けば、日本の環境対策は恐らく良い方ではないでしょうか。まあ、これからというところも残っているし、化学企業の意識もまだまだ怪しいですが。

C先生:「TDIの数値はゼロに近いほど良い」というのには、困った。自然レベルというものを考えていない。さらに、タバコからのダイオキシンの寄与率を考えていない。知らないのかもしれない。水産業に大打撃を与えるわけには行かないからTDIを少なくできなかった、というのは間違った理解だ。魚を食べることの利点も考える必要があるから、というのならまだ分かるが。むしろ、マスコミのセンセーショナル報道と市民社会の過剰反応を警戒してできなかった、というのなら、それはそれなりの理解だと思うが。

B君:循環型経済社会が目指すべき最高目標のように言っていますが、これは単なる一つの手段に過ぎないですよね。最終的目標は、「持続可能な社会の構築」であって、鈴木氏のように、ダイオキシン問題を解決するために、循環型経済社会を目指すというのは、論理的にもおかしいと思う。

C先生:そのあたりの議論については、先日発売された毎日新聞社の雑誌「エコノミスト8・9号」に小論文を書いたので、お読みいただきたい。このHPにも上げてしまおうか。まあ、もう少々勉強をしてもらって、政治家として頑張ってもらいたい。
 それでは、最後に一言ずつ。

A君:「ジャーナリストはやはりジャーナリストで、弁護士はやはり弁護士だ」。環境科学をもっと勉強して欲しい。環境の専門家でない人が環境のことを人前でプロであるかのごとく意見表明を行うこと、それが環境問題の最大の問題点かもしれない。もっと徹底的に時間を掛けて公開合議制をやる必要がある。

B君:あれ、その言い方、結構エリート的だぜ。
一言は、「胎児への影響が重要」。若い女性のタバコはダイオキシンを積極的に摂取しているようなもの。これを問題にしないパネルディスカッションなど、存在意義が無い?

C先生:「人選に問題あり」。朝日新聞論説委員で司会を務めた川名紀美氏の意識にも、問題があるような気がする。最後に、パネリストに逆に質問したい。現在の法律的枠組みを変えないとしたら、これから100年後、ダイオキシンによって日本列島上のヒトと生態系に、どのぐらいの被害がでたという評価になっていると思うか。同じく、環境ホルモンについてはどうか。