【狂乱の昼下がり】

この日を、どんなに待ちわびていたことだろう。単調な日々の繰返しで、私は身も心も すっかり渇ききっていた。 昨夜は、期待に胸が震えて眠れなかった。久しぶりに例の男達(2名)と待ち合わせて、あの通い慣れた個室へ向かう。 これから訪れる狂乱の時を想い、3人はとても無口になる。

薄暗いゲートをくぐり、フロントで手続きを済ませる。私達3人を見て、フロントの兄ちゃんは「ガンバッテね」みたいな意味深な目配せをした。 個室に入り、防音ドアをガッチリとロックすると、なつかしいにおいが立ち込めていた。 それだけで、もう理性が吹き飛びそうだった。

一番最初に火が入ってしまったのは私だったかもしれない。男2人は、じらすようにゆっくりとスタンバっている。 「早よ。」せかす私を見て、肩に小さく太陽の刺青をした男が言い返す。「あせるなって。時間はたっぷりあるっちゃかいね。」 長い黒髪を後ろで束ねているのがガッチャマンのようだ。もう一人の男は、刺青男の弟。短く刈り込んだ頭髪を、白に近い金色に染めている。 「兄貴、今日はどっちからいくと?」「うん?じゃあ、俺からいかせてもらうか。」刺青男は、凶器を誇示するかのようにこちらに向けながら、ゆっくりと、始めた。

そんな彼を見ているうちに、最初はぎこちなかった私も、頭の中で余計なものが一つずつ外されていくのを感じはじめた。 あとはもう歯止めの効かない衝動に自らを委ねるだけだ。私は、その長く硬いスティックをそれぞれ両手に握り締め、激しく動かしながら彼等の反応を見て強弱をつけていった。 刺青男が吐き捨てるようにがなる声すら、いつになく官能的であった。

気付くと、部屋中の空気が振動していた。私も彼等も、体中汗で光っていた。呼吸は乱れ、全身の毛が逆立っている気がした。 何度も昇りつめ、気が遠くなりかけた。やがて第一幕が終り、朦朧として壁に背をあずけている私の耳に、口を近づけて金髪男が言った。 「尹ちゃん、もっと大きな声出していいんだよ。」

第二幕はさらに激しいプレイだった。その間に金髪男の凶器は、私の一番欲する箇所に訴え続けた。 気が付くと私は絶叫していた。それに呼応するように、横から絡んでいた刺青男がさらに加速をつける。 第二幕はあっという間に終った。

そんなこんなで約2時間の間、我々は変則的に様々なプレイに溺れた。ドーパミンが後から後から溢れ出て止まらない。 自分が自分でないような、本当に雲の上を歩いているみたいである。夏は終ったはずなのに、耳の中では蝉時雨。 その間にも心臓は勝手に鼓動を早めていく。もう知らないよ、どうなっても。絶頂感はいたずらに我々を涅槃に近いところまで放り上げる。

刺青男の凶器は終りを知らなかった。金髪男は生まれつき心臓に欠損を持っているため、あまりハードなことはできないがそれでもかなりアグレッシヴだった。 私の、普段「理性」というヴェールで覆われたありのままの「核」の部分、それは今のところ彼等の前だけにさらけ出されている。 彼等の前では恥じらいを捨てることができる。ダテに長いつきあいやってねーよ、というやつだ。

5分前に、フロントから電話が入った。「5分前です。今日は延長できますけど、どうします?」 「あ、延長はいいです。今すぐ出ますから。」・・できれば このままこうしていたいけど、我々の欲望にはキリがない。 ダラダラするのは嫌いだし、もっと・・というところで切り上げるのも長続きのコツだ。

立ち上がろうとした瞬間、私は床面に倒れた。刺青男が抱き起こしてくれた。 「あーあ、もう腰が立たないんやろう。膝もガクガクいっとう。最後の方は発狂してたもんな。」 「兄貴は荷物持って。俺が尹ちゃん抱えてくけん。」・・そんなわけで、金髪男に抱きかかえられるように支えられ、 ヨロヨロと個室を後にした。精算を済ませながらフロントの兄ちゃんが言った。 「今日はすごかったねー。外まで聞こえてきたよ。ここんとこずっと来てなかったもんねぇ。」

我々はそのまま、行きつけのファミレスになだれこんで軽食を摂った。 「今日は燃えたねぇ・・。」刺青男が言うと、途端にうっとりした目になってしまう残りの2名。 「とりあえず、久々のスタジオ入りお疲れさまでした。・・ゆう、お前さっきハリキリすぎて凶器(←ギター)の弦切ってたっちゃろ。 買い置きあるとか?」「うん、あるある。それより尹ちゃんのスティック(←ドラムスティックのことです)、かなりささくれとう。ヤスリかけたほうが。」 「うん、そうするわ。それはそうと祥ちゃんなぁ、いつも思うんけど、練習の時、何かってーとこっちに凶器(←ベース)の先端向けるやろう、あれ何か意味あるん?」 「イェーイ、乗ってるかいっ?・・って意味やけど、なして?」 「あれやめてくれん?狭いスタジオでやられるとすっごくコワイわ。」 「なんだぁ、先端恐怖症か?」

そんな調子で、3人は延々バンドの話をして至福の時を共有した。外はもうすっかり暗かったが、我々の心は充分に潤っていたと思う。 そこのアナタ、途中、何か良からぬ想像をしていやしませんでしたか?・・ま、とにかくバンドの練習って楽しいですよ。 ライブの比ではないですけどね。

1997-11-05


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