暴暴茶をご存知だろうか。かの成龍(ジャッキー・チェン)が企画・開発に携わったという中国茶で、
烏龍茶に薔薇茶や各種ハーブがブレンドされており、暴飲暴食をした後の胃腸の働きを助け、
気分をスッキリさせてくれるというシロモノである。日本では数年前に某大手飲料メーカーが
缶入りの物を販売し始めたことを記憶している。
個人的には、最初は特に興味がなかった。というのは、私は食が細いので、暴飲暴食には縁がないのだ。
従って勤務先の缶飲料自販機で初めて実物を目にした時も、お茶好きの私とはいえ全く他人事だった。
ところがある日TVを見ていると、実に成龍がCMにまで出演して暴暴茶を熱烈推薦しているではないか。
それなら私も「ああジャッキー、君がそこまで言うのなら。」と思い直さないわけにはいくまい。
そんなこんなで翌日の昼休み、勤務先の自販機で初めての暴暴茶購入と相成った。
休憩室にていそいそと開缶してみると、今までに味わったことのないような不思議な味がした。
いわゆる、世間一般に「まずい」と形容される味である。ゆであずきっぽい後味もついてくる。
しかし、日本茶にありがちな苦味も烏龍茶にありがちな渋みもなくて飲みやすい。
何よりもこの妙な後味が、なぜだろう、私のノスタルジーをわけもなくかきむしる。
これは、ワタクシ的には「おいしい」味である。虜になる予感が背中を走った。
カクナルウエは、早速みなさまにもお奨めせねば。私は「暴暴茶おいしいよ」と同僚にふれまわり、
自販機の前でどれにしようか迷っている見知らぬ人には擦れ違いざま「暴暴茶暴暴茶暴暴茶・・」と囁いてサブリミナル効果を狙った。
だが、大概の人は飲んだ後「この後味が何かイヤですね」と感想を漏らして去って行く。
私は、自分のノスタルジーが孤立するのを感じた。だがそれでも、暴暴茶は確実に自分にとって昼休みの友であった。
そんなある日、勤務先の自販機から暴暴茶が忽然と姿を消した。「昼休みの友が・・ない・・。」
悲しみにくれる私に、「あんなマズイもの飲む人いないからなくなっちゃったんだよ。」と同僚は冷ややかだった。
その日、通勤途中の駅の自販機からも暴暴茶が消えていることに気付いた。こうなったら最後の砦、西友である。
私はそれからしばらくの間、週末になると行き付けの西友所沢駅前店にて暴暴茶を1週間分買い貯めて、
毎日一本ずつリュックに入れて勤務先へ持って行くようになった。ジャッキーが知ったら涙を流して喜んでくれるだろうか。
しかし、ところが、である。とうとう西友からも暴暴茶が姿を消す日がやってくるのである。
どんなに探しても見つからぬそれにうろたえた私は、店内で品出しをしていた店員にすがりつかんばかりに迫った。
「すみませんっ、暴暴茶はもう売り切れてしまったんでしょうかっ。」
「あぁ、暴暴茶はですね、もう扱わなくなっちゃったんですよ。新しい商品入ってきましたので。」
こんなことがあってもいいのか。私はこの時ほど、日本の消費文化におけるインスタント傾向を恨んだことはない。
結局この日、西友を出た私は他の心当たりを全て当たったが、暴暴茶にはいずこにもなかった。
あんなに沢山あったのだから、一本ぐらい間違ってどこかに残っていてもよさそうなものではないか。
しかし歩き疲れた暴暴茶ジャンキーに、もはや行き先はないのであった。
結局数日後、販売元の飲料メーカーに電話で問い合わせると、香港から暴暴茶の茶葉を輸入している会社があると情報を頂いた。
現在はそこから茶葉を買いつけ、自宅で煎れて水筒に入れて持ち歩いている。だが、あの缶入りのゆであずきっぽい後味がうまく出ない。
こんな私をどう思うか、ジャッキーに直接尋ねてみたい。
1996-12-15
|