【尹のソウル見聞録/二日目/再会、そして熱狂】

朝、目覚めた後、夫と二人でホテルの前のお粥屋さんへ朝食を食べにいった。韓国のお粥は日本のものに比べて舌触りがなめらか。ポタージュに近い。ゆっくり味わい、お腹を満足させて戻ってみると、ホテルのロビーにインドクが立っていた。

「インドク、どうしたの?」
「昨日、コンサートのチケット渡すの忘れちゃってさぁ。はい、これ、2枚。」
「えっ?2枚取ってくれたの?EN-SHOWは行かないのに。」
「そうなの?アイゴー、俺としたことが・・・」
「いいよ、今日、別の友達に会うから、その人を誘ってみるよ。」
「わかった。そうかぁ、それなら今日はごめんよ。本当は俺がEN-SHOWを色々案内してあげたいんだけど、仕事が入っちゃってさぁ。」

インドクはそう言うと、やおら携帯電話を取り出してどこかへかけ始めた。「今すぐ。明洞の・・・」とか言っている。そして電話を切ると、パッと輝いた表情を夫に向けて言った。「EN-SHOW、今から30分ぐらいしたら、俺のおふくろが来てくれるから、ソウルを色々案内してもらうといい。おふくろは日本語も英語も話せないけど、なぁに、同じ人間だ、身振り手振りで気持ちは通じるさ。」

夫は動揺を隠し切れず、「えっ・・・そんな、そこまでしてくれなくてもいいのに・・・一人でどっか行こうと思ってたのに・・・」と日本語で狼狽していた。でも夫には少々気の毒だが、それがインドク式の歓迎の仕方だ。初めて自分の国に来てくれた外国人を一人にしておくようなことがあってはならないというのが、基本的な彼の良心だ。ちなみに、私はインドクの母親には一度会ったことがある。旅行が趣味で、60過ぎてもチャキチャキしていて、一人で何処へでも出かけていく自立心の強い女性だ。

私はその日、夫とは別行動する予定だった。仁川(インチョン)に住んでいる友人のヘウォンが私の訪韓を聞きつけてソウルに出てくるというので、二人で会おうと約束していたのである。その間、夫は一人でソウル市内を循環するツアーバスに乗って、気楽に観光を楽しむつもりだったらしい。

インドクが仕事に出かけて行った後、ヘウォンとの待ち合わせ時刻にはまだ間があったので、フロントの前でインドクの母親が来てくれるのを夫と共に待った。30分の間に、目上の人に対する韓国語の挨拶を夫に覚えてもらわなくてはと思っていたが、彼女は30分もしないうちにロビーに現れた。

「お待たせしました。インドクの母でございます。じゃっ、早速出かけましょうかね。」

残念ながら、せっかく覚えた挨拶を披露させてもらえる隙を夫は与えてもらえなかった。インドクの母親は小さな子供の手を引くように優しく、しかし毅然と夫を連れ去ってしまった。夫は心細そうな顔で、何度かこちらを振り返りながら、やがて見えなくなった。

ヘウォンとは午前10時ちょっと前にロビーで会って、そのまま東大門で彼女の買い物に付き合う形となった。手持ち無沙汰だったので、私もマフラーを一本買った。昼食はソルロンタンを食べた。コラーゲンたっぷり。ヘウォンの奢り。ごちそうさんです。そのお礼にと言ってはナンだけど、ヘウォンをコンサートに誘ったら「私も行く」というので、そのまま地下鉄を乗り継いでオリンピック公演に行った。

ヘウォンは子供を産んでからますますキレイになった気がする。でも、韓国も最近では核家族化が進んでいて、子育ては孤独な仕事になってしまうという。この日のヘウォンは普段忙しくて子育てに関われない夫に子供を託し、思い切って出かけて来たのだそうだ。どうりで東大門での買い物の仕方が大胆だったわけだ。少しはストレスの発散になっただろうか。

さて、コンサートの開演は午後5時からの予定。今回のイ・スンファンのコンサートは、大韓R&Bの歌姫、パク・ジョンヒョンとのジョイントだ。かなり長い時間になると予想された。しかし、問題なのは、会場となっているフェンシング競技場内の寒さだ。私達は外の寒さに耐えかねて早めに入場したのだが、中も寒くてガタガタ震えながら開演時間を待った。

5時を少し過ぎた頃、客伝が消え、ステージの幕が開いた。インドクが取ってくれた席は、1階のロイヤル席で、右側の結構前の方だった。ステージはよく見える。まずは前座の歌手が3組出てきて1曲ずつ歌った。その後、ROUND1のパク・ジョンヒョン・ライブが始まった。この娘がまた、身体は小さいのに物凄くスタミナがあって、どんなに激しく動いても音程を外さないし息切れもしないし声量もハンパじゃなく、何しろすごく歌が上手いのだ。でも、いかんせん私にとっては苦手なタイプの声で、正直なところ、「早く終わんねぇかなぁ」と思っていた。さらに問題なのは、会場の座席の作りがかなりズサンで、隣の人が音楽に乗って身体を揺すると私も自動的に揺れるのだ。1時間ちかく我慢していたのだが、しまいには乗り物酔いのような状態になってしまい、立ち上がったら会場スタッフのお兄さんに「座ってください」と注意された。

ステージではジョンヒョン嬢が依然、「私の歌を聴いてぇぇぇっ!」と言わんばかりの、半ばゴリ押しなパフォーマンスを繰り広げていた。まだまだ終わりそうにない。隣ではヘウォンも退屈顔だ。仕方なく私はヘウォンを促して、ROUND2が始まるまでしばらく廊下に出て座っていることにした。

やがて、会場の中から観客のパクジョンヒョン・コールと共に「みんなどうもありがとーっ!」というジョンヒョン嬢の声が聞こえてきた。やっと終わった。私とヘウォンは席に戻った。間もなくステージのスクリーンには「ROUND2」の文字が。そして爆竹?花火?の破裂音を合図に、いよいよこの旅のメイン・イベント、イ・スンファンのコンサートが始まった。途端、それまで座っていた観客は歓声を上げて総立ちになった。なんだ、みんなもスンファン兄貴の登場を待っていたんじゃないか。1曲目からノリの良いナンバーで飛ばしている。あぁ、これが聴きたかったんだ、これが。相変わらず素敵なお声♪。ちなみに2曲目は、此処のゲストブックのBGMにも使っている「イビョレテチョハヌンウリエチャセ」だった。ギンギンのハードロックバージョンだったので、最初は別の曲かと思った。

「ランランララララーラ♪」の箇所は会場中が大合唱。スンファン兄貴も煽る煽る。さすがライブの帝王。貫禄が違うぜっ!私達の席のすぐ近くまで来て煽られると、つい歳を忘れて反射的に「キャーッ♪」と叫んでしまう。

その後も「ほうぉぉっ!」とか「へやぁぁっ!」といったMCを挟みながら(←っつーか、これってMCですか?)、縋るようなバラードあり、みんなで歌えるポップな曲あり、これが俺様のルーツだぜぇっ的に本領発揮のハードロックあり、息つく暇も惜しいくらい、ファンとしては申し分のない至福の時間だった。

ただ、残念だったのはヘウォンが仁川まで帰らなくてはならなかったため、ROUND3まで観られなかったことだ。ROUND3は上述のジョンヒョン嬢とスンファン兄貴が一緒に歌うステージを演るとのことだったが、何となく想像がついたので私も帰ることにした。まぁ、大晦日の夜にこれだけ熱狂のステージが観られれば充分満足だ。

そんなこんなでヘウォンと別れ、また地下鉄を乗り継いで明洞まで。ホテルに戻ると、夫がベッドの上で伸びていた。「ハングルの海に溺れた・・・」とか言っている。とにかく疲れたのだろう。そのまま朝まで休ませてあげることにした。私はテレビをつけて、真夜中過ぎまで「SBS演技大賞」を観た。大賞受賞者は、やはりというか、ナントというか、大好きなイ・ビョンホン様だった。おめでとうございまする。


2004-01-08


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