【EN-SHOWのソウル見聞録/一日目/止めないで、今夜は酔いたいのよ】
妻から「一緒にソウルに行こう」と言われたのは12月初旬だった。
僕「いつ行くの?」
妻「大晦日。」随分急な話だな、と思った。でも妻は、普段から常にこんな調子なので慣れている。それに、妻のルーツである国を僕も一度は見てみたいと思っていたし、好きな肉を(実は僕は僧侶として生活していた時期があり、肉食が制限されていた反動で、還俗してからは肉ばかり食べるようになった)安くたらふく食べられるのなら、たまには冬休みを海外で過ごすのも悪くないなと考え、軽い気持ちでOKした。
出発当日、空の上で食べた機内食にはキムチがどっさりついてきた。僕は辛いものが苦手なのだが、せっかく韓国に行くのだからと一口食べてみたら、そんなに辛くなかった。なんだ、これなら楽勝じゃん、と思った。しかし、隣の席の韓国人グループは、その辛さに満足できなかったのか、チューブ入りの唐辛子ペーストをパンにベトベトかけていた。
夕方に金浦空港に着いて、入国審査と両替を済ませ、ロビーに出ると妻の友達が出迎えてくれた。インドクと呼んで下さい、とポライトな英語で自己紹介してきたので、僕もEN-SHOWと呼んで下さい、と言って握手をした。そこからは、ほとんど全てが英語の会話となった。僕は学生の頃、2年間オーストラリアに行っていたことがあるので困らない程度の会話はできるつもりだったが、英語を喋るのは久しぶりで、慣れるのに少し時間がかかった。
インドクさんがホテルまで車で送ってくれることになったのだが、僕が途中で「ソウルではメガネが安く作れるんだってね」と言ったら、そのままメガネ店に連れて行ってくれることになった。メガネ店の入り口には「日本語OK」と書いてあり、僕に接客してくれた店員も日本語が達者だった。「日本語はどこで勉強されたんですか?」と尋ねると、「特に勉強したわけじゃないけど、仕事しているうちに覚えたんですね〜」と言っていた。過去の植民地時代のことを考えると日本語など二度と話すのも嫌だと思うのがこの国の国民感情ではないのかと思うが、商売のためなら日本語も話す。逞しい人達だなーと思った。
検眼してもらって、フレームを選んで、一番高い薄型レンズを選んだら、16万ウォンのところを15万ウォンにしてくれると店員が言った。日本円で約1万5千円弱。それならいいかなと思ってお金を払おうとしたら、妻が後ろからケンカ腰で店員に韓国語で食ってかかった。それを合図にしたかのように、妻と店員とインドクさんによる三つ巴の舌戦が始まってしまった。多分、値切っているのだろうと思ったが、恐い。しばらくして店員が僕に向かって「10万ウォンでいいですよ」と言った。ちょっと戸惑いながらお金を払った。「メガネは30分で仕上がります。その頃、またお越し下さいませ。」と言われたので、僕らは一旦メガネ店を出て、3人で食事することにした。
インドクさんに「おかげでメガネ安く買えました。ありがとう。」と言うと、「ここでは言い値で買っちゃダメだよ。他に買い物する機会があったら、積極的に値切ってね。」と言われた。
恥ずかしい話だけど、僕はこの時点でかなり気後れしていた。メガネ店の店員に値段のことで食ってかかっている妻は、日本で見慣れている温和な妻とは明らかに違った。僕は、今まで妻のこんな激しさに気づかないまま、優しさや繊細さだけを彼女の全てだと思い込んで受け入れてきた甘ちゃん野郎なんだろうか。
食事は、期待したほど美味しくはなかった。キムチはムチャクチャ辛くて僕には無理だったし、ビールも薄味で、僕の口には合わなかった。でも僕は、飲まずにはいられなかった。その気持ちを、言葉で表現するのはとても難しい。ただ、僕は酔いたかった。酔って、麻痺したかった。でも、どうしてだろう、いくら飲んでも酔えなかった。
食事の後、一旦ホテルにチェックインして、その後インドクさんが「これからソウルタワーに行って夜景を見よう」と言うので、連れて行ってもらった。ソウルタワーは南山(ナムサン)という山の上に立っていて、確かに眺めは良いが、それ自体の高さはそれほどでもなかった。日本でも放映されている韓国ドラマ「美しき日々」で、ヨンスとセナが再会の約束をする、例の場所だ。でも、そんなことはどうでも良かった。僕は筋金入りの高所恐怖症で、恐くて下を見ることができなかった。だんだん頭がクラクラしてきてヤバイ感じだったので、「そろそろホテルに戻って休みたいな。」と少し強引に言ってみた。
タワーに続く道は観光客や地元のカップルで賑わっていた。「随分急な坂だね」と僕が言うと、「うん、でもここは、昼間は年寄りたちの散歩道だよ。」とインドクさんが答えた。アンビリーヴァボー。
ホテルに戻ると、妻はテレビで韓国の歌謡大賞を見始めた。僕は早く眠りたかったので、風呂に入った。何故だか、妙に疲れていた。
2004-01-08
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