【極東看板ブルース】

以前どなたかが「支那そば、という看板を上げている店は利用したいと思わない」という意味のことを書かれていた気がするが、 私が昨年まで住んでいた住居の近くには「満洲」という、恐ろしくコロニアルな名前のギョウザ専門店があった。 近所の評判によればなかなか安くて美味しい店らしいのだが、私などは店の前を通りかかる度に日帝時代の亡霊を見る心地がして、 つい小走りになったものだ。

・・というのは大袈裟であるにしても、看板を見て密かに眉をひそめている人は他にもいるのではないか。 日本では不思議なことにこういった店の名前が問題になることはほとんどないようだが、例えばドイツあたりでもし「Pub Belsen1943」みたいな名前の店が出たら人々の反応はどのようなものかと、 旧西ドイツ出身の留学生にアホな質問をぶつけてみたことがあるのだが、「極右でもない限りフツーそういうことは考えないし、第一そんな名前で出店許可が下りるわけないジャン」と言い返されてしまった。

ところで角度は全くズレるが、いま別な意味で気になって仕方ないのは小田急線新松田駅前の「マニラ食堂」である。 最初に見た時はフィリピン料理の店かと思っていたが、看板をよく見ると「和食・中華」と書いてある。 店の中がどうなっているかは残念ながら存じ上げないが、外観を見る限りではごく普通の大衆食堂のようだ。 然らば彼等に敢えて「マニラ」を名乗らせる理由とは一体何だろう。店の主人がマニラ出身なのか。店内ではタガログ語しか使ってはならないという掟でもあるのか。 ビールは「サンミゲル」しか置いていないのか。実は本店がマニラにあって、この店は日本支店なのか。実は「アニラ(兄等)食堂」の間違いなのか。 疑問は尽きない。それならいっそのこと直接店の人に尋ねてみれば話は早いのだが、「店内に一歩足を踏み入れた途端、めくるめく『まぶは〜い』な世界に呑まれて自分を見失ってしまうかもしれないわ」 と小心者の私はしょうもないことを考えては涙ぐみ、今のところなかなか実行に移せずにいる。

2000-07-14


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