PROFILE

Akihiro Ochiai、 東京都在住

 

好きな機体   

Fighter系全般

一番好きな機体   

強いて言えば、F-14 TOMCATかな?
(やっぱりDrakenだと気がついた、2005年の初夏…)

今一番撮りたい機体は?   

なんと言ってもSu-27 FLANKER!
旧ロシア製の機体全般

MIRAGE-4、可能ならば、マルヨンをもう一度撮りたい!


現在使用中のカメラ

CANON EOS-1Ds,EOS-1D,EF600mmF4,1.4×EXTENDER 2×EXTENDER 

EF70〜200mmF2.8、 50mmF1.8、 TOKINA28〜70mmF2.8

軍用機を撮る様になったきっかけ


   元々、写真を撮りはじめたのは小学校3年の頃の事。当時のブルートレインブームにのって、コンパクトカメラ片手に駅に通 う様になる。

 飛行機を初めてみたのは小学生4年の事。当時まだ浜松基地所属のハチロクブルーを見て、おおいに感動したものだった。

 その次に見たのはそう、忘れもしない1982年11月14日の事であった。最初は何が起こったのか分からなかった。

 目の前を通過していく5機の機影を追っていくだけで精一杯で、ふとむこう側に目をやると、ハンガーの向こう側から煙が上がっていて、そして…

 “墜ちた、墜ちた!”の声。その時もカメラを持っていた。(コンパクトカメラではあるが)“Bomb Burst Downward,Break,Now!”その瞬間に

 シャッターを切った筈であったが、手許にその写真はない。なんと、フィルムの巻き上げ失敗…


   その頃、一冊のお気に入りの単行本があった。タイトルは忘れてしまったが、確か“プレイボーイ誌”の別 冊で、単行本サイズの本であった。

 “柴田三雄さん”の撮影した軍用機写 真がおさめられたその本の中で、特に朝日(夕日かも知れないが)に翼を輝かせ、エシュロン編隊を組みながら

 空中給油機に近付いてくるF-15を給油機から捉えたショットがあり、それを見て非常にショックを受けた。ギラギラと輝く翼を強調させるため、

 露出をぎりぎりまで切り詰めて撮っているので、当然光のあたっていない部分は暗く潰れているのだが、それが余計にF-15の形の鋭さ、軍用機ならでは

 の迫力、緊張感を醸し出していて、これだ!こういう写 真を撮りたい!と思った。それまで正直な話、様々な雑誌の写真等を見ていても、なんとも

 思わなかったのだが。この本に出会った事が、今の自分が求める作風に繋がっているのだと思う。

 


  戦闘機パイロットになりたい、と思った事もあったが、中学生になってからの夢は“カメラマンになりたい”と変わっていった。写 真を沢山撮る様になって

 飛行機の事などとんと忘れてしまった。(相変わらずコンパクトカメラであったが) 身近に飛行機がいなかったというのも原因かも知れない。

 同じ静岡県内に浜松基地があったとはいえ、決して当時の中学生にとっては近い存在であったとは言い難いと思う。

 高校一年の冬、初めてバイトした給料で念願の一眼レフを手にした。 望遠レンズが欲しいから、と取りあえず手持ちのお金で買ったカメラはRICOHの

 XR-1000SとPENTAXの200mmF4。まだ現在の様に一眼レフを買う時にはズームレンズがセットでついてくる時代ではなく、普通 は50mm標準レンズから

 始めるものであるが、なぜかいきなり200mm,しかもそれ一本しか持っていない…随分と無謀なヤツである。次に120mm,そしてようやく50mmと揃えて

 取りあえず鉄道写真を撮るのにはある程度必要な装備が揃った頃の事であった。2度目の衝撃を与えてくれた写 真家がいた。それが、“持田昭俊さん”であった。



  それまで鉄道ではあまり用いられる事のなかった500mm超望遠レンズを多用し、光と影を自由にあやつるその作品の数々にすっかりと魅せられてしまったのである。

 “いつかはこんな写真が撮れる様になりたい!”さっそく模倣を始める。朝の色温度が低い時間帯に、わざと絞りを絞り込んで、ただでさえ赤みを帯びた光線を

 余計に赤くする。光のあたっていない部分は暗くなるが、それが余計に車体のフォルムを強調させて、時には力強く、時には優しく、と様々な表情を見せてくれる事に

 気が付いた。そんな中、偶然にもとある撮影地にてその持田さんとばったりと出会った。わずかではあるが、そのノウハウを聞いているうちにフィルムの話になり、

 “PKRを使いなさい”と勧められた。(おまけに1本下さった) それまではPKRでは感度がISO64と低く、ちょっとでも暗い条件下だと速いシャッタースピードが

 切れないため、当時発売されたばかりのPKL(ISO200)を使っていたものであるが、色調は似ていても(同じコダクロームであるから当然か)さすがに荒めの粒子に

 “これはちょっと”と思う部分もあったので、早速PKRを使ってみる事にする。フィルム感度が低い分、特に朝や夕方の露出がかせげない時などつらい事もあるが、

 逆に“なにも動いている車体を無理に止めるだけが表現ではない”という事に気付いたし、“ぎりぎりまで露出を切り詰めて撮る事”の勉強にもなった。なにより

 そのシャープさや、アンダー目の露出をした時の色のコク、重厚感のあるその質感描写 などがすっかりと気に入り、今に至るまでメインフィルムとして使っている。

 (時々浮気をする事もあるが、やはりこれに適うフィルムはない)
  

  ある日ふと覗いたカメラ屋で、憧れのサンニッパがあまりにも安かったので購入した。それを持って一度だけ、浜松基地の航空祭に出かけた事はあるものの、

 その時も“これから先、飛行機写真を撮りたい”とは思わなかった。翌年、横田基地のオープンハウスに出かけて、当時はまだ行われていたF-15の素晴らしいデモフライト

 を見たものの、それでもやはり昔の“パイロットになりたい”とまで思わせた記憶を呼び起こすものでもなく、あくまでメイン被写 体は鉄道であった。

  

  数年経って、ふとポートレート写真も撮る様になった。当時はまだPENTAXのカメラを使っていたものの、諸々の事情からPENTAXに嫌気がさし、NIKONのカメラに変えた。

  28mm,50mm,80〜200mm,300mmとレンズを揃えていくうちに、ふと超望遠レンズが欲しくなり500mmを購入した。が、せっかく500mmを購入したはいいものの

 ポートレート写真は勿論(使おうと思えば使えるが)鉄道写 真でも500mmなんてそうそう使う機会はない。折角購入した500mm、もっとこれを沢山使って写 真が

 撮りたい。。。 超望遠レンズを使って写真を撮るものといえば、“そうだ、飛行機だ!”飛行機→戦闘機→“百里基地にPHANTOMの写 真を撮りに行こう!”となった。

 東京に住んでいる割になぜ、飛行機→羽田空港に旅客機とならなかったかというと、やはり旅客機はその形が嫌いだったからである。

  初めて行った百里基地は雨だった。とうの昔に百里基地には戦闘型のPHANTOMはいなくなったと聞かされた。がしかし…

 雨の中、水しぶきを上げながら轟音を蹴立てて離陸していくEAGLEの姿に、一発で参ってしまったのである。それ以来、百里通 いが始まったのは言うまでもない。

 (それが97年の事でした。その時の模様はこちら。)
 

 

 2001年のとある日、自分の原点を見つめ直すべく、インターネットにてとある物を探していた。

 “震える日 柴田三雄写真集 1982年 集英社刊”どうも年代的に言ってこれっぽい…早速注文して取り寄せる。

 小学生の時に見たのは文庫本サイズであったが、実際に届いた本はA4サイズであった。が…“これだ、求めていたのは この本だ”ページを開き読み進む度に、

 冷戦時代真只中であった小学生当時に感じた、写真から伝わる“リアルさ”がまざまざと蘇ってくる。そしてあの一枚…“これだよ!これこそが自分が撮りたい

 F-15の姿なんだよ!” 機能美を追い求めた“金属の翼”から伝わってくる威圧感をひしひしと伝えてくる写 真…そんな写真が撮りたくて今日もせっせと基地通いに

 いそしんでいる。

過去のカメラ遍歴

RICOH   

XR-1000S,XR-20SP

PENTAX   

SFX-N,ME-F,SUPER-A,LX

50mmF1.4,120mmF2.8M,200mmF4,200mmF2.8ED、

300mmF4M

NIKON   

F2PHOTOMIC-A, F3P,F4S,F4E 

28mmF2.8,50mmF1.4,80〜200mmF2.8ED,300mmF2.8S,

500mmF4P,TC-14B、TC20


2000年度、浜松航空祭にてのワタクシ。。。
構えたレンズのその先は!?

(PHOTO by Johnnyさん)

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