回想 タヌパック越後 1992-2004

1992秋〜1993

契約しにいったときの写真 2004年10月23日の中越地震で、我がタヌパック越後は破壊され、その後の数十年ぶりの大雪に耐えられず押しつぶされた。
今は土地が危険区域に指定され、新たな建物も建てられない。更地に戻った土地は、あとは「タヌパック自然公園」としてタヌキの住処にでもなってくれれば、と思っている。ここに戻ることはもうないだろう。
1992年に購入してから12年、少しずつ自分の手で直し、終の棲家として考えていただけに、喪失したときのショックは大きかった。
30代最後から40代にかけての想い出として、ここに古い写真を少し残しておきたい。

写真は、この家と土地を契約した日(1992年11月)に撮影したもの。

購入に至るまで

結婚後、川崎市の北部でアパートを転々とし、6軒続きの長屋を購入したのは31歳のときだった。
バブルが始まった直後で、購入後1年せずに近所の不動産価格は倍になった。
いわゆるDINKS(この言葉もすっかり死語になった感があるが)で、夫婦ともに同じ屋根の下で24時間仕事をしている。最初は広いと思っていたこの長屋も、すぐに物であふれかえってしまった。
住居と仕事場とどちらを優先させるかといえば、やはり仕事場ということになる。人並みの住空間がほしいが、首都圏にはもう家を求めるのは無理と諦め、安い田舎物件を探し始めた。
ようやく見つけた入手可能な物件は、思いもしなかった新潟県。北魚沼郡川口町という豪雪地帯。その中でもとりわけ山奥の、二十数戸しかない集落の最奥の家だった。
宅地名目の土地が379.65m2、山林名目の土地が1065m2。そこに昭和40年代に建てた古家(総二階)がついている。価格は280万円。
売り主さんへ渡るお金は250万円で、30万円は仲介不動産屋が「広告料」などの名目で、手数料の他に受け取る金額。これは田舎の価格が安い物件を都会の不動産屋が仲介する場合、一般的に行われている手法らしい。
この土地を250万円で手放すのかなあ、と、当初は驚いたものだが、この価格では地元の人はまったく見向きもしない物件だったそうだ。
首都圏の不動産屋が仲介したところ、たちまち20組が購入を申し出た。僕らは最初に名乗りを上げたため、運よく購入できたのである。
最初に物件を見に行ったのが1992年の初秋で、契約をしたのが11月26日だった。

最初の状態

田舎物件を購入するにあたって、最初に決めていたことがある。
1)土地だけの物件は買わない
2)水回りがしっかりしているものに限る
3)首都圏から250km以内
4)別荘地物件は買わない
5)自然に囲まれていることが最低条件

この物件は一応そのすべてを満たしていた。
土地だけの物件を除外していたのは、家を建てる資金が調達できないからだ。満足のいく広さの家を建てるには最低1000万円くらいはかかるが、そんな金はない。いつかできるかもしれないと待っていたら、一生終わってしまうかもしれない。
水回りはいちばん金がかかることなので、「これから井戸を掘って……」なんていう物件は問題外。
この越後の物件は、町営水道だけでなく、都市ガス(12A)も来ているという驚くべき充実ぶりだった。
豪雪地帯というのは予定外だが、真冬、どんなに雪が積もっても朝10時までには除雪車が家の前の道まで来て、完全除雪してくれるという。

家は、一階が八畳和室×2、七畳半のキッチン、風呂場、トイレ、周り廊下。二階が和室八畳プラスα ×2とロフト(元は蚕部屋で、現状は荒れ果てた物置)という構成だった。
古くても柱が太く……というような家ではない。売り主さんが結婚したときに急いで建てたもので、材木は自分の土地に生えていた杉の木を切り倒してこの場で製材加工したという。きちんと加工していないため、今でははしらにはひびが入っている(これを防ぐために、普通は裏側に一本溝を刻み込むのだが、それをしていない)。
柱は三寸五分だろうか、それほど太くはない。土台はコロ石を置いただけのような簡易設計。壁は土壁と繊維壁。
窓は全部木製で、なんと、この虫の多い山奥で、網戸が入っていない。
屋根はコンクリート瓦で、そろそろ雨漏りも心配な状況。
トイレはくみ取り式。これが最大の問題。
売り主の奥さんなどは「すぐにユンボで壊して新築するのかと思っていたら、たくきさんが『直して住みます』というのでびっくりした」と後から語っていた。
構造さえしっかりしていれば、あとはどうにでも直せるだろう、というのが僕の目論見だった。
購入後、最初の冬。どの程度雪が積もるのか、2月に見に来てみた。
この通りで、確かに道は完全除雪されていたが、家に近づくこともできなかった。

最初の改築工事(1993春〜夏)

改装後のトイレ 翌1993年夏、最初の改築工事を地元の工務店(売り主さんの勤め先)に発注した。
まず着手したのはトイレの水洗化。
これは、「エントロピー読本」に載っていた「土壌浄化システム」の説明を参考にして、土壌浄化で実現した。家の中は普通に水洗式トイレにしてある。

(ところが、この水洗トイレを完成させた翌年、驚いたことにこんな山奥まで本下水がきてしまった。
加入金20万円を払って枡だけを設置し、実際にはつながないで、設置済みの土壌浄化システムを使い続けた。
本下水と都市ガスは、その後の地震で裏目に出る。個別浄化槽とプロパンであればすぐに復旧できたのに、無理をして本下水や都市ガスを引いているため、ずたずたになった道路の復旧も難しくなったからだ。
荒れ放題の杉林が土砂災害、水害を引き起こしたことと合わせて、越後の発展がいびつだったという反省材料だろう。)

トイレ周りとキッチン、一階和室の一部の壁を杉板張りに。キッチンの床を檜のフローリングに。
キッチンの床はどろどろで、土間だかなんだか分からないような状態だったので、これも最優先課題だった。
左の写真は改装後のトイレ。右は改装後のトイレ前洗面台。トイレのドアもお揃いの杉板張りのものになり、それまでのため込み式便所とは見違える豪華なものに変身した。このトイレに入るだけでも幸せな気分になれた。
↑第一期改装直後の一階の様子。予算が足らなかったので、壁は全部張っていない。
隣の家のネコが、何が起きたのだろうと様子を見に来た。
土壌浄化システムの設置とトイレの水洗化、台所と一階の工事。これだけで家の購入と同じくらいの金が飛んでいった。
そこで、ここから先は極力自力でやることを決意。
大工さんの仕事ぶりを見ていて、この程度なら自分でもできると確信したからだ。


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