フィンガーボードがスキャロップ状になったギターを使っている。
スキャロップとは、フレット間の指板表面をえぐったものを言う。
ノーマルなギターだと、弦を押さえた時に指の肉の部分が指板の
表面にぶちあたり、それ以上押し込むことが出来ない。

別段、押し込む必要が不可欠というわけではない。
多くの演奏家は、ノーマルなギターを使う。私は好きなギタリストがたまたま
イングヴェイ・マルムスティーンだったので、彼の使うスキャロップド・ネックの
ギターにしただけだ。

スキャロップド・ネックはイングヴェイが使用したことで有名になったが、
元々は
リッチー・ブラックモアも使用していた。イングヴェイ本人は、「楽器屋で
古いリュートという楽器を見て、自分のギターに施してみたら良くなった」と語って
いるが、真に受ける人は殆ど居ない。80年代後半の音楽関係の雑誌が書きたてた
宣伝文句は、
「軽く触れるようなタッチで速弾きが出来る。」というものだった。

高校の当時、バンドの真似事をしていた仲間にギターを弾く友人がおり、
彼が使っていたのがフェンダーUSAのストラトキャスターをスキャロップに
したものだった。今思えば、20数万ものUSAをスキャロップにするとは、なんと
剛毅な高校生かと思うが、好きなギタリストのプレイを追及するということは、
そういうものだと思う。イングヴェイがリッチーの影響で、マニアには垂涎の的
であるヴィンテージストラトのネックを片っ端からスキャロップにしてしまったことと、
根本は同じだろう。その友人は、一回目に彫ったスキャロップが気に食わなかった
のか、「下手糞なリペア屋でさ。浅かったから、文句言って彫り直してもらったよ。」
と、指板に指先が届かなくなるほどに彫り下げていた。BOSSのOD-1を1個つなげ、
「これだけあればオッケー。」と実に巧みに弾いていた。あれからお互いに社会人に
なり、会う機会も少なくなり、今ではアメリカで商品開発の研究をしていると風の便り
で聞いたが、今もあのフェンダーUSAを持っているのだろうか。

私がイングヴェイ・モデルのギターを購入したのは、確か94年頃だったと記憶している。
その時は某CDショップの店長代理をしていて、本店のスタジオ・楽器販売部門から
社販で購入した。本店に勤務していた同期の平山くん(仮名)という人物がいて、彼から
いろいろなギターの情報をもらっていたが、
「フェンダージャパンのST57‐140YMがいいでしょう」
、という結論に落ち着いた。値段の交渉は、殆どしなかった。
「いい音しますよコレ。オーヴァードライブ通してアンプ鳴らせば、そのまんまイングヴェイ
ですもん。知ってます?彼、クリーンが基本なんですよ。だから余計なエフェクトなんか
いらない。ね?振替伝票は今夜FAXで送りますから。今月の売り上げに乗っけるんでしょ?
今が買いどきですよ。
イングヴェイになれますよ。虎沢さんなら、イングヴェイになれますよ。
購入金額は10万弱だった。その月の店の売り上げ予算に計上したことは言うまでもない。
店長は触発されたのか、CDコンポを購入していた。店の売り上げ予算は100%の大台に乗った。
「君がギターを買ったから、俺も予算達成に向かう気になったんだ。半ば諦めてたんだよ。」
あの頃は毎月が異常だった。

店舗間の振替商品に混じって届いたデカいツィードケースを開けると、フレットの照り返しも眩しい
イングヴェイモデル。店の女の子も驚いて、「虎沢さん、エレキギター弾くんですかぁ?」と
集まってくる。実に至福の瞬間だが、ここで自分のショボいテクを露呈するわけにもいかない。
「オラ、子供はとっととケェれ!これからは大人の時間よ!」
店を閉めて、誰も居ないフロアでフェンダーのアンプにシールドを突っ込み、逸る心を抑えつつ、
待ちに待ったイングヴェイモデルを弾いてみた。そして、あまりの弾きにくさに愕然とした。

はじめに感じたことは、
ネックがモコモコしてて、弾きづらい。
今まで使用していたノーマルなストラトに比べると、ネックの断面がちょうどカマボコ型という感じ
で、手になじまなかった。そして、
バカでかいジム・ダンロップ製のジャンボ・フレット。正直、
「ノーマル・ネックにジャンボ・フレットを打ち込めば、それだけで十分ではなかろうか。」と思った。
(のちに国産ジャンボフレットと判明。)

次に、
音がシャープして、弾きづらい。
指で弦を押さえると、スキャロップ状になっていることにより、当然肉が指板まで届かないため、
どうしても押さえ込み過ぎる。ブロックし過ぎるのだ。だから、
「軽く触れるようなタッチで速弾きができる。」、と言うよりは、
「音がシャープするから、
軽いタッチで弾かざるを得ない。」、と言うのが
おそらく実情ではないだろうか?と思う。細い弦を使うと、よりシャープする。
1弦で0.08in.を張る場合は特に注意しないといけない。
で、不器用なのか結局はどうしてもシャープしてしまうので、
「えぇもう、しゃぁない。どうせならそのまま、ビブラート掛けてまえ!」となるので、ボトムの
ポジションでコードを抑えてもビブラート、トップで抑えてもビブラート、プレイ全般で常に微妙に
ビブラートが掛かってしまう結果になった。

このスキャロップド・ネックで自分が速くなった、という実感は、さほど無い。
というより、このネックに慣れるため、更に相当な時間を費やした。いまだに、難しいと感じる。
プレイもイングヴェイが好きで、そればかりやっていたせいか、オルタネイトが出来ない。
何をやろうとしてもエコノミーになってしまう。イングヴェイのコピーを経験した人なら、凡その
感じは理解し易いと思うが、譜面のアドバイスで「一音一音、しっかりピッキングしてゆこう」
と書いてあっても、やり始めの時は「冗談キツイぜ。フル・ピッキングなんざわかってるんだよ」
と疎かにしがちだと思う。その状態で実際にアンプを通して大音量で弾くと、大抵は音の
粒立ちが揃わないと思う。また、音楽界で活躍するギタリスト全般に言えるかも知れないが、
彼らは微妙な手癖があり、一音ごとに微妙なピッキングニュアンスを持っているし、アンプの
音圧も熟知していると思われるので、ボリュームコントロールも兼ねて取り組む必要がある。

話が逸れたが、むしろこのネックでは
ビブラートの掛かり具合が良くなることが、特筆されるべき
ものである、と思う。ノーマルなネックでは技術的に未熟な自分でも、スキャロップド・ネックだと
深く、大きくビブラートをかけることが出来る。この場合は、上記の「ブロックし過ぎる」という点
が有利に働く。押さえ込んで、適当にスナップを利かせれば、適度にビブラートが
かかるのだから。
ノーマルネックだと、指先の腹が指板と摩擦して、フラストレーションが溜まる。
スキャロップド・ネックなら、それが劇的に改善される。
もっとも、ブルージーなプレイを行うときは、クラシカルタイプのプレイの時よりも
チョーキングに気合が要る場合が多いので、指に弦が食い込んで痛い。

それと、
このスキャロップド・ネックに慣れてしまうと、ノーマルなネックをあまり握る気に
ならなくなる

ただの板を握るような錯覚を起こしてしまい、何とも心もとないのだ。
しかし、元のノーマルネックに戻れなくなったからといって、別段嘆くことはなかった。
なぜなら、あの当時、高校生の友人がフェンダーUSAをスキャロップにしたのと同じように、
私もまたイングヴェイモデルを求めたのであるから。
大切なのは気分なのだ。

ちなみに、フェンダーJAPANのイングヴェイモデルと、フェンダーUSAのイングヴェイモデル
とでは、スキャロップの彫り方がかなり違う。JAPANのほうは彫りが丸く、チョーキングを
掛けると、その丸に指の腹がスッポリ収まる感じになると思う。それに対してUSAモデルは
どうかと言うと、これがもう、親の仇とばかりに彫り込んである。チョーキングをかなり強く掛け
ても、指先は指板にほんの少し触れる程度で、これは過酷な日本の気候に持ち込まれたら、
途端にネックが反るのではないか、と思われるほどである。
中古の店でも幾つか見たが、店員さんに「USAは反りやすいでしょう?」と聞くと、大抵
「うーん…反りますねぇ」と返って来る。
フェンダーUSAイングヴェイモデル72タイプは、2年目で若干の順反りになった。
また、フレットのレスポンスもかなり違うと思う。国産のジャンボフレットよりは、ジムダンの
ジャンボの方が、音の立ち上がりがクッキリすると思う。ただ、運指では引っ掛かりがあるかも
知れない。これは純粋に、フレット高によると思われる。フェンダーJAPANのイングヴェイモデルの
ネックは、購入以来、ほぼ反り知らずなので、今のところフレット交換のみで済んでいる。国産も、
なかなか捨てた物ではない。






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↑フェンダーJAPANの一般的な
イングヴェイモデルのネック。
↑フェンダーUSAの一般的な
イングヴェイモデルのネック。
※実在の人物とは関係ありません↑