に え




 誰もいない道場で鞘を抜いた。反射した月光が目を射る。無垢な光。目が痛かった。
刃文を見ていると、斬りたくなってくる。刃が、斬りたいと言っている。


何を?


 突然、声が聞こえて来た。
「小次郎、私にも見せてくれ」
そこには、追い求めても手に入らない者の姿。
「実は、こっそり稽古しに来たんだ」


物じゃない、人だ。


「新しい、刀はどうだ?」
返事がない。
「・・・小次郎、お前、聞いてるのか」
「・・・」
そのとき、伊勢は小次郎がおかしいことに気付いた。
目が・・・私を見ていない。
「小次郎、切れ味はどうだ、と聞いているんだッ」
小次郎は刀を両手で掴んだまま、吐き出した。
「まだ、ためしていない・・・」


試すには誰かが必要だ。


「そうか」


誰を試す?


誰だ?


誰だッ!


伊勢と目が合った。


・・・お前だ!!


「お前で試す」
声は震えていた。
伊勢の喉元に突き付けられた刀は、ほんのわずかな力でも喉を突き破ることができた。
伊勢の体は剣先から逃れるように反れていた。
小次郎の目は刀から出る殺気に煽られてメラメラと揺れていた。
どこを見ている・・・?
何を考えている・・・?

狂気の息遣い。二人は言葉をなくした。
それを破ったのは伊勢だった。

「切れ味は最高のようだな」
喉元からは血が流れてきた。
「妖刀に見入られたな、小次郎」
鮮血が伝って着物を染める。

ああ、分かっている。そんなこと、ありはしない。
妖刀に見入られることなど、絶対にありはしない。
俺は負けそうになっただけだ。
俺という魔物に・・・!!

「にえに血を吸わせただけだ」
最初の血は、お前の鮮血。間に合った。お前が行ってしまう前に。
「行け、邪魔だ」
顔も見ず、言い放った。
「小次郎、」
「まだ、斬られたいのか」
「・・・分かった」
伊勢は道場を出ていった。


 小次郎は取り付かれたように刀を見ていた。
これが、唯一の接点。俺とお前の・・・。

 にえは紅く、鈍く光っていた。






小説TOPへ

2000.3.1
Gekkabijin