森井友人氏の論文掲載にあたって

                      木下豊房

 

森井友人氏は本サイトの「一読者の点検」で亀山訳『カラマーゾフの兄弟』の批判をおこなった人である。先行訳との比較から亀山訳の問題を鋭く抉り出した、誠実で熱心な一般のドストエフスキー愛読者である。今回は亀山新訳『罪と罰』(光文社文庫)と並行して出された『『罪と罰』ノート』(平凡社新書)の内容に疑問を抱き、この本が多くの誤読、間違った解説に満ちていることを炙り出した。

 森井氏から久しぶりに私にメールが届いた先月、7月末に、折しも私は首を傾げながら同書を読み了えんとするところだった。私の疑念を裏打ちするように、森井氏が丹念に疑問個所を拾い出していることがわかったので、早速、このサイトで一般読者に訴えることに決め、確認作業にとりかかった。

一読して、亀山が自分の解説の多くを、江川卓の『謎解き』を下敷きにしながら、現ペテルブルグ博物館副館長のボリス・チホミーロフの注釈書に依拠していることがわかった。この本は幸い著者からの贈呈で私の手許にあったので、森井氏の質問を受けながら、当該個所を早速、チェックしていった、その結果、江川説とチホミーロフ説が、整合性もないままに妄想に任せて恣意的に取り込まれて、はなはだしい矛盾、混乱をきたしながら、編集者のチェックもないままに活字化されたのが、亀山郁夫著『『罪と罰』ノート』(平凡社新書)であることが判明した。その実態がどのようなものか、具体的な例証は森井氏の上掲論文を読んでいただければわかる。

私達が先に、亀山『カラマーゾフの兄弟』訳「検証」「点検」で究明したような、誤訳にあふれた無責任な光文社の翻訳、さらには、今回のような責任ある編集者ならば容易に気づくはずの矛盾した論調、間違った情報が詰め込まれた解説書が、チェックのないままに平凡社や文芸春秋といった有名出版社から相次いで垂れ流されることに、正直にいって、危機感を覚えるのである。

➀『罪と罰』ノート』(平凡社新書),➁『共苦する力』(東京外国語大学出版会)についてはアマゾン・レビューにもつい最近、批判が出た。また2007年刊の➂『謎とちから』(文春新書)の批判的レビューも、遅まきながら掲載されているので、ご一読いただきたい。

➀ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582854583/sasnet-22/

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC-%E5%85%B1%E8%8B%A6%E3%81%99%E3%82%8B%E5%8A%9B-%E4%BA%80%E5%B1%B1-%E9%83%81%E5%A4%AB/dp/4904575016/ref=pd_sim_b_1

http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4166606042/ref=cm_cr_pr_recent?ie=UTF8&showViewpoints=0&sortBy=bySubmissionDateDescending

私自身はロシア文学研究者として、この亀山現象によって、日本ロシア文学会はその存在理由が試されていると思う。おそらく研究者の層が厚い英、米、独、仏文学界などでは容易に起こりえない現象であろうかと思う。ロシア文学は研究機関としての大学に市民権を得てから歴史も層も浅い。その反面、昔からジャーナリズムでは翻訳がもてはやされてきた。戦前戦後を通じて、職業的なロシア文学者の唯一の生活の糧は出版界での翻訳であった。いまや、生活の苦労もなく育ち、世代間のギャップをぬって、いつの間にか大学の研究機関を牛耳るモンスター的な人物達が、節操もなくジャーナリズムやマスメディアに身を売り、専門家の仮面をかぶりながら無責任な言説で、一般読者をたぶらかそうとしている―というのが亀山現象の本質ではないかと、私は見ている。

 しかし、日本で、本当にドストエフスキーを愛する読者は、良心的な先行訳やすぐれた文学者のエッセイ、研究の歴史を享受することができ、場当たり的にドストエフスキーを商品として消費するかのごとき亀山現象の潮流には、いずれ、アレルギーを起こし、その本質を見破るにちがいない。その先駆的人物が、森井友人氏のような存在である。

私はすでに70歳を越えた老骨の身である。私が心配するのは、すでに学会の権威として祭り上げられつつある亀山郁夫、その露払い役を務める取り巻き達によって、早晩、日本ロシア文学会は牛耳られるようになり、若いロシア文学研究者が窒息されかねない時期が訪れはしないかということである。若い研究者には、いまこそ批判精神に目覚めよ、と訴えたい。