<保全ゼミ> 1999.2.26 話題提供者:畠 佐代子

「保全」ってなに?−保全には3つのレベルがある。
・ 遺伝子の保全
・ 種の保全
・ 生態系の保全
 遺伝子、種、生態系の3つのレベルの多様さを、「生物多様性」(biodiversity)という。保全とは、生物多様性を資源として認めた上で、「次世代が利用出来るようにその能力を維持させつつ、最大限に持続的に利用すること」(W.V.REID,K.R.MILLER,1994)である。

生物多様性の危機−生物の多様性を脅かすもの
 さまざまな人間活動により、生物の多様性は、現在急速に失われつつある。21世紀の半ばには、地球上の1000万種の生物の1/4が失われると予測されている。

<人間活動がもたらす危機>
1) 生息地の消滅と細分化
2)乱獲
3)外来種の持ち込み
4)大気や水質の汚染
5)地球温暖化とオゾンホール
6)累積効果

「ケナフ」−第二の「セイタカアワダチソウ」?〜外来種の移入がはらむ危険性〜
 ケナフ…アフリカ西部原産。アオイ科の一年草。茎の繊維は固く、布、ロープ、製紙などに利用する。成長が速く、 春に播種後、秋の収穫期には高さ4〜5m、下部の直径は太いもので10cmになる。国内で最も成長した記録は広島県で、高さ6mにもなった。

<日本各地でのケナフ運動の盛り上がり>
 90年代に入り、ケナフの植栽運動が広がりをみせている。温暖化が世界的な問題となり、地球環境保全、特に森林の保護をめぐる国際的な世論の高まりを背景に、環境保全効果が期待される植物として、非木材資源のケナフが脚光を浴びるようになった。ケナフの長所としては、以下のような点が盛んに宣伝されている。
・面積当たりの収穫高が木材より多く、パルプの代替原料として利用価値がある。
・CO2の吸収能力が高く、同一面積当たり森林に比べ4、5倍といわれている。
・ 水中の窒素・リンの吸収効率が大きく、水質浄化資源として期待できる。
 当初は環境保全団体など、市民レベルの取り組みが主流であったが、栽培を始める自治体も増え、なかには転作作物としての導入を検討している市町村もでてきた。ちなみに、インターネットで「ケナフ」の検索をかけたところ、国内だけで約1,500件ヒットした。

<ケナフが日本の生態系に及ぼす影響>
 動物の場合、外来種に限らず同種個体群間でも移入に否定的な意見が主流である。しかし植物の場合、有用かどうかという観点が移入計画の大きなウエイトを占め、外来植物の移植に十分な論議が為されているとは思えない。ケナフについても、新聞やインターネットでその有用性は大きく取り上げられているが、私の知る限り、ケナフが環境影響評価の見地から論じられた事例はない。水関係の学会では結構取り上げられているらしいが、生態学的な見地で評価されている例は少ないようだ。
 今や、ケナフは試験地や耕作地のみならず、全国の一般道の道路脇や排水溝、河川敷、空き地などに盛んに植栽されている。アフリカ原産で、日本では成長はしても自然繁殖は難しい、とも言われているが、実際に栽培して種を収穫している例も多く、野生化しないとも限らない。ケナフはヨシと同様の環境条件で生育すると言われている。種子は食用になるので、鳥散布によって分布が広がるかも知れない。また、台風時の洪水によって河川の上流から下流に向かって分布が広がるかもしれない。害虫にも強いことが判っており、もし多感作用が強ければ、在来種を駆逐してしまうかも知れない。河川敷のヨシ・オギに生息している多数の野生生物は生息地を奪われ、地域的な絶滅を引き起こすかも知れない。現在植栽されているケナフは、外国から輸入した種子と、日本で収穫した種子を育てたものだが、もしケナフのブームが広がれば、直接外国から苗を輸入する業者が出てくるかも知れない。それらと一緒に持ち込まれた昆虫・微生物などさまざまな外来種の増殖及び放散をくい止めることは、かなり困難である。
 「〜かも知れない」という言葉ばかり用いたが、上のハナシは妄想なのだろうか。(妄想であったらいいと思う)
 深刻なデータがある。建設省が明らかにしたところによると、全国の一級河川や河川敷で、589種の外来種の動植物が確認され、急速な繁殖が判明した。うち、植物は475種確認されている。淀川の有名なヨシ原は、半分以上、セイタカアワダチソウ群落に置き換わってしまった。

環境保全運動の落とし穴−イメージ先行による過ち
 ケナフがセイタカアワダチソウと同様の道を辿るのか、単なるブームとして廃れていくのか、まだ判らない。ここで、私が非常に気になるのは、ケナフの普及活動に参加している人たちが、環境保全にとても熱心だと言うことだ。「信念をもっている」と言い換えてもいいかも知れない。それなのに、何故、「生態系の全ての種は相互に干渉し合っている」という、生態学の初歩の初歩とも言うべき知識が欠如しているのだろう。これは、動物の保護活動に関わっている人々にも見られる傾向で、(勿論、そうでない人も沢山いるのだが、)その種さえ守れれば、あとはどうでも良い、と言うような風潮がある。
 池に石を放り込めば波紋が広がるのと同様、その地域の生態系に存在していなかった種を移入すれば、他種と無関係でいられるはずがないのは自明の理である。中途半端な知識による過ちが、一番怖いと思う。
 生物の進化は不可逆的である。一度失われた種、生態系は、たとえ膨大なお金を注ぎ込んだとしても、元には戻らない。我々は、少なくとも次世代にかけがえのない生物多様性という生物資源を残す義務がある。そのためには、まず、
 1.生物多様性危機の現状を知ること
 2.出来るだけたくさんの情報を手に入れること
を、一人一人が心がけなければならない。

<参考文献>
「生物の保護はなぜ必要か」(W・V・リード、K・R・ミラー、藤倉良訳ダイヤモンド社、1994)
「保全生態学入門」(鷲谷いづみ、矢原徹一、文一総合出版、1996)
「保全生物学のすすめ」(R・B・プリマック、小堀洋美、文一総合出版、1997)
「生物多様性とその保全」(井上民二、和田栄太郎編、岩波書店、1998)

<資料>
1.ケナフの普及活動を行っている主要な団体・企業

(各種団体)イベント、シンポジウムなどによるケナフの普及活動、ケナフ製品の販売等。
・ケナフの会(広島県)http://www.kyosai.or.jp/~kenaf
・ケナフ協議会(神奈川県)http://www.shonan-inet.or.jp/~gef20/gef/6-7.html
・平塚ケナフ普及協会 (神奈川県)http://www.jade.dti.ne.jp/~ska-inc/kenaf/kyoukai.html

(各自治体)
・東京三鷹市…1996年から試験栽培をスタート
・静岡県…1998年から実施。
・神奈川県…田の転作作物として、適正を調査中。

(民間企業)品種改良、栽培方法の研究等
・NECインキュベーションセンター http://www.incx.nec.co.jp/kenaf/