2000.3.10〜 Manami Asou




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安らぎの場所、生きる意味

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――――ピアニーは最大のピンチを迎えていた。

ただ 指輪を届けに行くだけの事だったはずなのに…

今は目の前にゴブリンが3匹。

指輪は渡すまいと、自分目がけて走ってくる。


―――――――もう駄目だ…!


そう思った時。

「お待ちなさい!」

その声に全員の動きがピクッと止まる。

―――振り返れば、いつか見た吟遊詩人がこちらへ歩いてくるではないか。

「私の知り合いに手を出すなど、許しませんよ。」

――――あんぐりと口を開けて驚いているという事を分かっていながらも、

あえてミーユは彼女に 何くわぬ顔で微笑みかける。

「さあ、ピアニー。 協力してあの者達を倒してしまいましょう。」





「…あ、ありがとうございました。助けて頂いて…。」

―――結果はピアニー達の圧勝。 …というより、ほぼミーユが片づけてしまったという方が正しいだろう…。

「いいえ、私はたまたま通りすがっただけですから。」

と、ミーユは何くわぬ顔で言う。

「そうだとしたって…! まだほとんど知り合っても――ちゃんと話した事もないのに…。」

そう笑顔で またお礼をするピアニー。




――――――…いいえ、私は本当に知っていたのですよ。

あなたが記憶をなくしている事も。

1年、という契約付きで 人間の姿になっている事も。

そう、あなたが私に話して下さる前から―――……。








* * *








「こんにちは。」

―――――ある日のラドゥの神殿。

この森に神殿を持つ賢人・ラドゥその人は、森の奥――そしてもっとその先を見つめ、

1つ息をはいた。

…そこへやってきた訪問者。

ゆっくり振り返ると、そこには見慣れた相手がいた。

「おお、ミーユか。」

おじゃまします、と ミーユが神殿へと入る。

彼は時々、ここへやってくるのだ。


「…しかし、ミーユよ。 吟遊詩人がしばしば町を出ていて良いのか?

 おまえの歌を聞きたいと思う者は多いだろう。そしてその期待に応えるのがおまえの役目じゃ。

 それを果たさずにこんな所に来るのは いささか不謹慎ではないか?」

…と、ラドゥがびしっと言う。

「おや、ラドゥ。 それでは、まるで 私がここへ来る事が嫌だと言っている風に聞こえますよ。」

「…う、うむ…。 そういう意味で言ったのではない。」

「ふふふっ…、分かっていますよ。」

顎ひげを触りながら少し困った顔をするラドゥを見て、

ミーユが 口元に右手をやりクスクスと笑う。

その姿は非常に優美であるのだが…

こやつにはつくづく勝てん、と思うラドゥであった。







「―――しかし…あれからピアニーはどうしておるかのう。」

挨拶めいたものをした後…ふとラドゥがそんな事を言う。

「元気でやっているのではないですか。

 ピアニーは…、自らの手で、奇跡という糸をたぐりよせました。

 幸せでない訳ありませんよ。」

ラドゥが魔法で出したイスに腰掛けた ミーユが答える。

まるで 1人暮らしの子供を心配する父親の様だ、とミーユは思う。

「それにしても…。」

―――ふふっと笑う。

「あなたは本当にお人好しな方ですね。」

「?」

そうか?とラドゥは はてな顔。

「そうですよ。つくづく思います。

 賢者ともあろう方が 名も知らぬ相手に力を貸すだなんて…。」

――――それが彼の良い所だ、と言えばそうなのだが。







――――――そうだ………私の時もそうだった。

あの時も………。




…ふと ミーユは遠くの方を見つめた。








* *








―――――そう… 私と彼の出会いもそうだった。




道なき道を歩いていて、偶然見つけた森。

…何かに惹かれる様に奥へと入っていって……その先で見つけた湖で、

私は一曲としゃれこんだ。







「よい歌じゃな。」

―――その声に振り返る。

「…あなたは…?」

「わしはこの森に住む賢者。ラドゥじゃ。」

―――賢者…。

はっとして、その場にすっくと立ち上がる。

「これはこれは、お気づきしませんで。

 私は旅の吟遊詩人、ミーユと申します。賢人様にお誉め頂き光栄です。」

そう言って 深々と頭を下げる。

…しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。

「いや、そんなに堅苦しくするでない。

 賢人といっても、ただ無駄に長生きをしとる独り者の老いぼれじゃよ。」

そう言う瞳(め)は優しげで…


私の持っていた“賢者”というイメージとは違っていた。

気難しくて、思慮深くて、

他を寄せつけない威圧感…

そういったものが、この者にはない。


私は、一目で彼に興味を持ってしまった。

そして… 他の街や村を巡りながら、時々、彼の元へ

足を運ぶ様になったのだ。









それからも彼とのつきあいは続いた。

あまり自分から他人と関わろうとする事はなかったのに…


私は、自分の事はあまり語らなかった。

語りたくなかった…。

…そして、彼も自ら聞き出そうとはしなかった。


…いや、賢者なのだから、もしかすると すでに知っていたのかもしれない。

私の事を。 私の過去の事を。

でも口にする事はなかった。


…それが良かったのかもしれない…。











――――――その日は…1人で、この森に――この湖にやってきた。

月明かりの下、腰を下ろし 目の前の情景を眺める。




月の光が湖面に映り キラキラと優しく光る。




――――満月の夜は どうしてこんなにも、人を感慨深くさせるのだろう…

何か… 口では表せないものが込み上げてくる様な、不思議な気分に…。









――――カサカサッ… という音が背後でした。

「ラドゥですか…。」

ぽそり、と言い その後は言わない。 お互い何も喋らない。

風のない今日は 木々の揺らめきさえも聞こえない… ただ…黙って、湖を眺める。 ……静かな…時間。





「…一つ…聞いても宜しいですか?」

「何だ?」

振り返らずに問う。 こんな事…目を合わせてなんて聞けないから。








「…生きる者には何故…死が訪れるのですか?

 今 ここに存在していても…いつか消えてしまうというのなら、私達が存在する意味など

 あるのでしょうか。」








―――――それは本音だった。


――――そう、命は尊いもの…

生きる者が神から与えられた、「この世で生きる」期限。

「この世」で何も得られぬまま、消えてしまう者もいる……

…私が「それ」を経験した時… 「生きる」とは何か 分からなくなってしまった。








「…存在する事の意味など、“言葉”で表すものではない。 この世の全てのものに意味がある。

 意味があるから存在するのじゃ。」

「……私には、まだ分かりません。」

―――――生きる事の意味が。

自分が存在する事の理由(わけ)が。


「―――ならば、何故おまえは その答えを求めたがる?

 それは、おまえがそのものに意味があると、だから明確な答えがほしいと、思うからだろう。

 おまえがそれを求める限り、おまえが存在する事には意味がある。

 分かるか?」

「………。

 …ふふっ、なかなか難しいですね。

 …おっしゃっている事は分かります。 でも…それでも やはり“形”としての答えがほしいと

 思ってしまうのが、人の性ではありませんか?」

…少ししんみりすぎてしまったと、努めて明るく言う。

「ふむ…。 では、こう考えてはどうじゃ?

 この世には おまえを必要とする者がいる。

 おまえを愛し、おまえと共に人生を歩んでくれる相手がいる。

 その者がいる事こそが、おまえが存在する意味の、何よりの証ではないか?」



………なるほど…。 確かに今度は具体的で分かりやすい。

でも…。





「…では、私はまだ その意味を理解する事は出来ませんね。」

自嘲気味に笑う。

「おまえが気づいていないだけではないか?」

…ラドゥがゆっくり歩み寄り… 私の少し後ろに座った事が 音で分かった。

「いいえ…。私には、必要としてくれる人はいません。

 私は帰る場所もない吟遊詩人です。 1つの地にとどまる事なく、各地を転々をしてきました。たった1人で…。

 名を覚えてもらう事さえなかったでしょう…。」


もちろん そこまで深く関わる事もなかった。

――――そっと手を伸ばす。

月明かりに照らされ、湖面に映る自分の姿。 指でそっと触れると、波が広がって揺れる。







――――――ならば、1つの地に落ちつけば良いではないか。


そう言われるのは明白。

でも…私にはそれが出来なかった。

とどまる事が出来ない。 不安…なのだろうか。

それとも、気まぐれなのか…?  私は、風の様に じっとしていられない性分なのだろうか…。









…恥ずかしながら、彼の返事を待つのが 正直少し怖かった。

でも、彼の言葉は違っていた………!





「…ならば、ここを“安らげる場所”にすれば良かろう。

 おまえが本当に、必要とし、必要とされる者を見つけるまで、

 ここを“一応の”おまえの安心できる場にすれば良い。

 ―――少なくとも 愚痴ぐらいは聞いてやれるからの。」




―――――思ってもみない返事。

そこで初めて 私は振り返る。

目が合った瞬間、言葉は自然に私の口からこぼれた。

「…ありがとうございます。」

出てきたのは心からの笑顔。

そこには、驚く程素直な自分がいた…。








* *








「ふむ…。」

―――――ミーユの思い出話に2人は懐かしむ。

「あれから随分と時が経つが… “意味”は分かったのか?」

「そうですね…。 愛すべき人は未だに見つかりませんが、

 この1年で 何となく分かってきた様な気がします。」

「…ピアニーの存在があったからか。」

「ええ…。」







――――彼女がコロナの街にやってきてすぐ… 私は事のいきさつをラドゥから聞いた。

それを聞いた私は、彼女に自分と似たものを感じた。



自分とは何か。 自分の存在する理由はあるのか。

何も分からず、でもただ前を見据えて まっすぐに歩む…

彼女の姿は あの時の私とそっくりだったのだ。


私は彼女に興味を持って、時々 力を貸したり 仲間としてつきあったりして見守ってきた。

その彼女が… ついこの間、自らの運命を切り開く事に成功したのである!



…正に 彼女の生き方は 私への道標となった。

焦る必要など何処にもない。

――――「自分」というそのものを信じる事。

迷いも 明日へ進むための糧になる事。

人と繋がり合うという事さえも恐れてしまっていた私とは 正反対の彼女。

私も前へと進んでいけば… きっと「意味」は分かる。 彼女の様に。









「…ふむ……。 にしても、ピアニーがアトランティーナへ行ってから一度も

 連絡をとっておらん。 一体どうなっておるやら…。」

「おや、それなら また“心”を飛ばせば良いではありませんか。」

「う、うむ… しかし、あれはのう…。 あやつが自分探しをしている間は良かったが、

 それが達成された今 使うのは 気が引けての…。」

そう言って ひげを触るラドゥ。

―――その言葉の真意に気づいて… ミーユは思わずぷっと吹き出してしまった。

「ふふっ…ぷっ…くすくすっ……。

 あ、あなたともあろう方が遠慮とは…。 ふふふ…っ やはりあなたは

 変わった方ですね…。」

「む… これ、ミーユ!」

ラドゥが言っても ミーユの笑いはおさまらない。

――――賢者も年頃の女性には弱いのか。

「そうですね、今は彼女にはお相手がいますし…

 彼女にも“時間”というものがありますしね…。」

微妙な言い回しだが 言っている事はアレである。 言いつつまたミーユはお腹を押さえ笑いをこらえる…。

「…ふふふ…  はぁっ、はぁ…。

 分かりました。 では、今度 直々に会いに行きましょう。

 私も… 会っていろいろお話したい事がありますし。」

「そうじゃなぁ…。」

「ご老体にはおきついですか? 私がサポートいたしますよ。」

「これ、ミーユ! わしはまだそこまで老いてはおらんぞ。」

そうやって悪戯っぽく言ってみるのもご愛敬。








――――それからもしばらく2人は話し込んだ。

何をする訳でもなく、ただゆったりと 日頃の事について話し合う。



のんびりとした時間が、静かに過ぎていった………。




















◎yumiさんからのリクエストによって書き上げた、ミーユとラドゥのお話です。

    この2人は古い知り合いだそうで… 私の想像を膨らまして書いてみました。

    えー、あまり差し支えない程度にね(苦笑)。

    最初は ほんとにほのぼのとした内容にしようと思ってたのに…シリアスになっちゃいましたね。

    ミーユは…謎が多いからこそ、深い…と思う。

    ラドゥも賢者さんだし… この2人はいい組み合わせだと思うなぁ。

    ミーユって、あれでいて結構おっさんくさい(いや…悪い意味じゃなくて)所がありそーなので、

    ラドゥと語らせたら面白そうです。 お茶会っていうか井戸端会議って感じで(笑)。

    今回は そういう所を書けなかったので(ストーリー的に入れられなかった…) ちょっと残念です。

    「ある日のラドゥの神殿Part.2」みたいな感じで また書こうかなぁ?


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