〜 コロナの人びと 〜


シェリクとレラ


朝の礼拝が終わった。
神殿の聖なる炎に祈りを捧げた神官や街人たちが、広い祭壇の間から、今日一日のそれぞれの場所へと消えていく。
シェリクは、その中でいまだ動かず立ったまま、一点に炎を見つめるひとりの姿に気がついて、ふと片付けの手を止めた。

「・・・・・・」
近くへと、静かに歩み寄る。
しばし、変わらず無言のときが流れて。
と・・・。
「・・・神は、どれほど高いところにいらっしゃるのかしらね・・・」
・・・まるで光につぶやくかのように。
法衣はまとわず、けれど神官の職である彼女が、視線を変えずに口をひらいた。
「レラさん・・・」
「少しね、強く神という存在を・・・己に感じたくなったのよ」
そして、ほんのわずかに微笑する。

「『神』に会いたいという望みを、神に願うのは、やはり道に反れているのかもしれないわね」
レラはいつもどおりの口調になった。
・・・研究の進みが芳しくない。日課である朝の祈りに、思わずすがりそうになるほど自分の心が弱くなっているのをあらためて実感して、レラは自分で自分をあざけるような気分にさえなった。
「お邪魔したわね」そう言って、祭壇の間を去ろうとした、そのとき。

「神は、我々の近くにおられますよ」
月並みな説話も、この実直な修行僧には、どこかふさわしいようにも思えて。
「遠く、聖なる場所にその身をおかれていても、その御心はいつも我らを見守っていて下さり」
それから、シェリクはかたわらにゆっくりと振り向いた。
「迷える我らを、導いて下さるのでしょう」

しばらく、炎の燃える音だけが響いていた。
「・・・お邪魔したわ、シェリク」
レラはくるりと背中を向ける。
「でも、今日はもう少しここで過ごしていきたい気分なの。書庫に寄らせてもらうけど、いいかしら」
「ええ、もちろんどうぞ」
今は所内に溜めた研究資料よりも、聖人の記した”資料”に心をゆだねてみよう――。やっぱりどこか神道に外れているのかもしれないわね、と、レラは心で小さく微笑う。けれども。
「よろしければ、後ほどティアヌ様にもお顔を見せにいらして下さい。たまにはゆっくりとお話がしたいと、先日おっしゃっていましたので」
神の偉大なる御力を信じる心は、ここにいる優しき者たちと、どこまでも、同じ・・・・・・。

「そうね。あとで寄らせていただきます、とお伝えしてちょうだい」
その声に、いくぶん穏やかなものが感じられたのを確認すると、シェリクは微笑みながら自らの仕事に戻っていった。


Fin


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