Avenger



――ついに、きた。
はやる気持ちを抑えるように、孫市は胸に手をあてる。
――この時が、きた。
水面すれすれを進む愛機のはじく水しぶきが、火照る頬には心地よい。

高鳴る鼓動。
迷いのない瞳。
まるで愛おしい者に会いに行くかのように、じわじわと、熱くなる。

(あいつが、そこに・・・)

やがて銀色の「それ」が見えてきて、孫市は一度、自機を止めた。

(そこに、いる・・・!)

愛おしい者・・・。
大好きな・・・お祖父様。
それを・・・それを殺めた、憎き仇・・・!

(藤堂高虎――!!)

星明かりに照らされて、不気味な光を放つ戦艦。
孫市は、すぅ・・・と静かに息を吸い込んだ。

* * *

藤堂高虎は、内府家康に最も信頼されている将の一人である。
それ故に、その高虎の討伐は、徳川政権の重要な片腕を絶つことにも等しかった。

真田幸村、島左近、そして雑賀孫市の三人は、そうしたある種の「大きな意味」をもって、この鳥羽沖での戦いに臨もうとしていたのである。

・・・だが。

(幸村殿、左近殿・・・・・・お許し下さい!)

孫市はひとり、闇夜に愛機を走らせていた。
敵状を把握し、戦略を練ろうとする二人を、孫市はとうとう待てなかったのである。
ここまで、若き娘ながらも一族の頭領らしく、真田や島の両雄に引けを取らない知勇を見せてきた彼女も、今回ばかりは話が別。

私怨と言われてもかまわない。
この敵は、誰よりも討ち取りたい相手。
・・・止まっていることなど、できるはずがない!

「――邪魔よッ!!」

次々と進路を阻む敵兵たちを、孫市は正確に撃ち落としていった。
手にした銃は・・・祖父の形見。
先代・雑賀孫市が愛用した武器と、教え込まれた狙撃の技術。
それらすべてを、フルに使って、孫市は仇敵のいる場所をめざす。

・・・自分は今、お祖父様と共に戦っている・・・!

しかし、戦艦内はさすがに広い。
何人もの兵を撃ち倒し、いくつもの扉を開けても、「あいつ」の姿は見当たらない。

そのうちに孫市は、ひとりの敵兵へわざと弾を外し、隙のできたところを素早く背後にまわって、そのこめかみにグッと銃口を突きつけた。

「藤堂高虎の居場所へ・・・案内して!」

* * *

戦艦の外、高く見晴らしの良い場所にいたその男は、扉の開く音に気付いて、ゆっくりと振り返った。

「と、殿・・・ッ」

傍らの”案内役”が、上擦った声をあげる。

(・・・こいつが。この男が・・・)

形見を握る細い指に、否応なく力が入る。と同時に、その男・・・この地の大将、藤堂高虎は、呆れた顔でこちらへと近付いてきた。

「・・・まったく。何を騒いでいるのかと思えば」

「殿! お、お早く此処よりお退き下さい! このっ・・・この娘は・・・!!」

しかし高虎は、軽く右手をあげると、「いや。お前が退け」とだけ言って、次に孫市のほうへと視線を向けてきたのである。

「お客人は、この俺に用があるんだろう。・・・なぁ、お嬢ちゃん?」

(――!!)

体中の血が、熱く震え出したのがわかった。
銃口から解放された若い兵が、戸惑いながらも命令通りにその場を後にしたのを合図に、孫市は視線を戻してまっすぐと銃を構える。

それを見た高虎は、もう一度、苦笑いを浮かべた。

「おいおい、随分と物騒だな。こんな所まで、一人で俺に会いに来てくれたっていうのに・・・それがご挨拶かい?」

「ふざけないで!!」

――この声。この表情(かお)
あの時と、ちっとも変わらない。

・・・自分が殺めたお祖父様に向けて、最期までふざけた笑みをおくり続けた男・・・!

「藤堂高虎・・・。お祖父様の・・・先代・雑賀孫市のカタキ・・・」

絶対に、許せない――!!

「――覚悟ッ――」



・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



・・・・・・引き金の音が、小さく波音に重なった・・・・・・。

孫市の手にした銃は、しかし・・・仇を貫く弾丸を、発さなかった。

* * *

「・・・そ・・・んな・・・・・・」

彼女は思わず、その場に崩れた。
がくりと落ちた膝の横で、形見の武器が、カタン・・・と床にあたって音を立てる。

「弾切れ・・・か」

たったいま命拾いをしたとは思えないような、変わらぬ余裕で高虎は口を開いた。
・・・いや、わずかに消えた微笑が、一瞬の緊張を示していたのかもしれない。

「そんなヘマをやらかすようじゃ、まだまだ先代には遠く及ばないな。・・・雑賀のお嬢ちゃん」

「――!?」

「だが、お嬢ちゃんには礼を言わなきゃいけないぜ。今ので・・・その雑賀の銃が俺を討ち損ねたことで、俺は自分の道が間違っちゃいないってことを確信できた」

それから、またあの不敵な笑みを浮かべ、続ける。「感謝するぜ」

・・・その時、孫市は初めてこの男の恐ろしさを知った。
目の前の人物が、自分への仇討ちに来たことを知っていて・・・それでも悠然と対峙、しかも自らの運試しとしていたのだ・・・!

「さてと・・・。この星空の澄んだ静かな夜に、騒ぎを起こしたお嬢ちゃんの罪は重いぜ? ・・・少しお仕置きをしないといけないな」

足下から伝わるような、凍えるほどの低い声。
もうダメだ・・・と、孫市は思った。
上げることのできない、虚ろな瞳の奥で、かつての悪夢がゆらゆらと浮かんでくる。

「お祖父様・・・っ、お祖父様ぁーッ!!」

「これも乱世の宿命ってヤツだ。・・・恨むなよ、お嬢ちゃん」

ゆっくりと、このわずかな距離を慈しむように、高虎は歩みを進めた。
・・・少女の体へ、この手が届くその位置まで。一歩、また一歩と・・・。

(お祖父様・・・・・・っ、おじいさま・・・・・・っ)

狙った相手を確実に撃ち抜いてきた形見の銃は、皮肉にも孫市の手から離れず、彼女の震えにあわせて、カタカタと小刻みに床音を鳴らしている。

・・・その音と、高虎のかすかに揺れる額帯をのせて、潮風が静かに吹き抜けた・・・。



――同じとき。
自分を追った二つの影が、海上を疾駆していたのを、孫市はまだ知る由もなかったのである。



− to be continued...your story −


続きはあなたの心の中に♪(爆)

written by yumi 2001. 4. 22

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