─── 義 ───
「申し上げます!」
深緑の奥に、声が響く。
「敵将、島左近ッ! 黒田様が陣を破り・・・我が方へと進撃の模様!!」
「・・・来たか・・・」
直政は、すっと床机から立ち上がった。
そして、向かいの将を一目する。
「・・・いつでも出られる」
腕を組み、座ったままで、康政が応える。
その声に含まれた、静かな闘志を確認して、直政は小さくひとつ頷いた。
「では・・・参りましょう!」
* * *
――島左近。
大坂落城前の、関ヶ原での戦いにおいて、負傷しつつも前線で、鬼神のごとく槍をふるっていた左近は、いつしか乱戦の中に姿を消していた。
その後、豊臣秀頼を擁した主君・石田三成をはじめとする大坂方の残党が、大坂城にて焼き討ちとなったときにも、兵の中に左近の姿を見た者はいなかった。
島左近は、関ヶ原で討死したのだと――誰もが、そう思っていたのだ。
(だが、生きていた――)
天下人となった家康に反旗を翻す者のひとりが、当の島左近であるとわかったとき、直政は何故か、驚きというものを感じなかった。
無論、関ヶ原でも大坂でも、首級の挙がることのなかった左近の決起は、別段驚くほどのことでもない。
――ただ、それだけではなく。
* * *
「三成への、義か」
自機の前で、康政が珍しく口をひらいた。
「おそらくは」
答えながら直政は、この傍らの将もまた、自分と同じ思いをもっているのだと、瞬時に悟る。
――義のために。
いま、この場に斬り込んでこようとしている「敵」の心。
それが、わかる。
・・・そんな気がする。
御家のため、主君のために、我が身を捧ぐその生き方は、決して他人のものではない。
だからこそ。
「島左近・・・必ずや、この場にて討ち果たさねばなりません。我らの手で・・・!」
「だが、奴の武勇は本物。・・・侮ってはならん」
まっすぐと前方を見据え、ぐっと拳に力を入れる直政と、その精神の手綱を引くのごとくに告げる康政。
けれど、両者の心に、反するところはない。
それがわかるから、直政は続ける。
「だからこそ、です。康政殿」
義をもって、我が君に刃を向ける者であるなら、なおさら――。
「その道を阻むのは、我らが使命。殿への義に生きる、我らだからこそ!!」
康政も今度は、諫めの言葉を発しなかった。
かわりに深く頷いて、同意の心をそこに示す。
遠方にあがる喊声が、だんだんと大きくなってきていた。
両雄操る戦闘機が、轟音とともに緑上に現れ、猛る武人の足を止める。
暗雲の空に対峙したかれらを、一瞬の陽光が照らし出した。
「内府様の御為、ここより先はお通し出来ませぬ。・・・お覚悟を」
−終−
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