バレンタイン小説 2006





「誰にあげるの?」
そう言われて、まっさきに思い浮かんだ姿がある。
「えっ? う、ううーん・・・・・・やっぱりマスターかしらね。一番お世話になっているし」
とたんに私のこの口は、浮かべた姿と違う名前を伝えている。

素直に”その名前”を答えられたら・・・。
・・・ううんっ、ムリ。私には無理!

だってこのチョコレートは、もともと女性が”愛する男性”に渡すものなのだと・・・さっきルーは言ったんですもの――。



●●○ 2月14日 ○●●



毎年の今日、この日、2月の14日という日に、女性から男性へとチョコレートを渡す習慣があるのだということを、私はここで初めて知った。
過去の記憶をもたない私は、ルーからこの『バレンタイン』という行事について詳しく教わったときも、何も脳裏に思い出すことができなかった。

おそらく、かつての自分の暮らしていた場所では、そのような習慣がなかったのかもしれない・・・。
ルーが、さきほど作ったチョコレートケーキを、お父上であるマノンさんにあげるのだと微笑んでいたように・・・、”愛の告白”の意味でなくとも、たとえばふだん、お世話になっている人にチョコレートやプレゼントを渡すというのも、よくあることのようだったから。

いつもはチョコレートをたくさん作って、盗賊ギルドの皆に配っていたというルーは、今年は一個、チョコレートのケーキを奮発して、お父さんにあげようと決めていたのだそうだった。
きっとお菓子の手作りというのも初めてであろう私へ、流暢に教えてくれながら、楽しげに手を動かしているそのようすが、私にはなんだか少しうらやましくも思えた。

お世話になっている人――。私にも、ひとりやふたりはいたであろう・・・。
自分の手で、心をこめて作ったお菓子を、その人に手渡す。
すてきな習慣、ね・・・・・・。

「よう、フィエル! いま帰りか!?」
「――きゃあ!?」

唐突のその声に、なくした過去への想いは、一瞬にして引き戻された。

気がつけば、そこは冒険者宿の酒場の出入り口。
いつのまに夢うつつのまま大通りを歩いていた私は、無意識で酒場の木戸に手をかけ、開けて、いまここにいるらしい。・・・『いま帰り』・・・。

「あ・・・え、ええ、そうよ。いま帰ってきたの」
心臓が急激に高鳴っているのが、いやなくらいよくわかる。
目の前に立つ、赤の姿。
その人。アルター。
胸にかかえた紙袋を、思わずぎゅっと握ってしまう。
や、やだ・・・、突然でまともに顔が見られない・・・・・・っ。

「なあフィエル、今日が何の日か知ってるか?」
「え・・・きょ、今日・・・・・・!?」
「ああ、今日はな、その・・・・・・、ん? その袋・・・って、なにが入ってるんだ? ・・・・・・もしかして・・・・・・」

渡せばいいんだわ! いま――。
お、お世話になっているもの、アルターには! 全っ然おかしくなんかないわ・・・・・・・・・!

(――あ・・・)

「こっ、これは・・・ただの買い物の袋よ!!」

だって・・・・・・。
だって・・・酒場のお客さんたちの視線に気づいちゃったんだもの――っ。
ケーキはひとつしかない。そのひとつを今ここで彼に渡すなんてことしたら・・・・・・!

ひやかされるのは嫌! 絶対に嫌なのっ――!!

「た、ただの・・・・・・?」
「そうよ。・・・では、ごきげんよう!」
『アルター』と続け、私はふいとその横をすりぬけていく。

「えっ、おい、まじで!? フィエル・・・!?」

声には応えなかった。一直線に階段をめざし、その勢いで駆け上がった。

二階の床を踏んでから、自室の前まで、今度はゆるりと歩みだす。
扉のノブに手をかけて。回しかけ、止まる。
左腕にかかえた『バレンタインプレゼント』。うつむいて、紙袋を見つめて・・・・・・。

それから私は、そろり、と足音をひそめて、二階の手すりより階下の様子をうかがった。

「ハハハー、残念だったなアルター!!」
視線の先のその人は、あっというまに酒場客たちに囲まれて、肩を組まれてジョッキをあおり始めていた。
だめ・・・。あの様子ではもう戻れない・・・・・・。

渡せない。やっぱり渡せないんだわ。――心のどこかでわかってた。

後退りして、扉を開け・・・脱力したように、私はベッドに座り込んだ。



・・・いつのまにか、眠ってしまっていたらしかった・・・。
床へ下りていた両足をのせ、横たわる体勢に直る。
時計の針は、もう2月15日の時間を刻んでいた。唇から数刻前、上半身を倒すその瞬間についたのと同じ、長い、大きなため息がもれた。

枕もとのサイドテーブルに”それ”がある。
うつろに見つめた光景はやがて、あの人の姿へと変わってゆく。

本当は、誰よりも大好きな人――。
その姿を目にするだけで嬉しくて、言葉を交わせたあとは、いつも心がほころんで・・・。
油断をしたら、”平静”な自分が解かれてしまいそう。
彼につられて、気持ちがすべて表にあらわれて・・・・・・。

「アルター、いったいあそこで何をやってるんだケロ?」

アルターという名前に、私は思わず過敏に反応していた。
「・・・えっ・・・ど、どうしたの、かえる君。アルターが何・・・?」
夜中に目が覚めたのか、または夜更かししていたのか、眠っておらずに窓際にいたかえる君が、外を眺めてこう続ける。
「さっき酒場から出てきたまま、向かいの壁にもたれてつっ立てるんだケロ。この寒いのに、謎だケロ・・・」

起き上がり、部屋を飛び出していた自分の手が、あの紙袋の中身を掴んでいたのは、きっと私の理性が、あふれる想いに越えられたから――。
まだ酔い残っているお客さんたちのテーブルの間も、早足でぬけて、木戸を開ける。

「・・・寒いっ。か、風邪を引くわよ」
「! フィエル・・・・・・」

体温が上がっていく・・・。
「帰ろうと思ったんだけどよ。二階見上げたら、まだ明かりがついてるみてぇだったから・・・・・・その、おまえの部屋」
「・・・・・・・・・」
「いや、別に変な意味で見上げたんじゃねぇぞ!! だからオレはだな・・・・・・!」
「・・・わかってるわ」

自然と足が前に進んで、すっと手元の箱を差し出した。
「・・・はい。これ・・・よかったらどうぞ」

外灯の下で、アルターの顔が驚きに染まったのがわかった。
・・・驚く・・・わよね。ああ、恥ずかしい。恥ずかしい。

「日付も変わってしまったし、下手な手作りだから、いらないならムリにとは言わないけれど」
照れ隠しもこめた憎まれ口を叩いたあとで、私は自分の言葉にひそかに青ざめる。
本当に「いらない」と返されてしまったらどうするの・・・!? でも、不安は彼が即座に溶かしてくれた。

「手作り!? これ、フィエルの手作りなのか・・・!?」
驚きは、いつしか輝くような笑顔に変わっていて。
「すげぇ、め、めちゃくちゃうれしいぜ!!! あきらめないで良かったーッ!!」
こちらのほうが、やっぱりまたどこか恥ずかしくなってしまう。
「で、でも日付が・・・、14日に渡さなければいけなかったのでしょう・・・」
「そんなの気にすんなって! まだ寝てないから、オレの日付は2月14日だぜ」

「・・・・・・そういうものなの・・・・・・?」
頬をゆるめて苦笑を見せていた私は、そのとき、優しいあなたに本当に感謝していたのだから。
だからいつか、あなたが私の愛する男性(ひと)だと、素直に伝えられますように・・・・・・。

外はとっても寒いはずなのに、いつまでもここに居たいくらい、私の周りは暖かくて仕方なかったのだった。



〜 Fin 〜




自意識過剰ぎみ、そしていま流行りのツンデレ(?)ヒロイン、フィエル登場!(笑)  ちなみに彼女は将来、神竜国の女王です。
性格とルート(と相手)が固定されたので、「アンシェ」じゃないのでいってみた。 っていうか性格レラとかぶってるかな〜(^^;



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