――アンシェは誰にあげるの?
たったひとつ・・・この手で作ったチョコレートを持って。
私は、ここに来てしまった。
●●○ 2月14日 ○●●
訓練以外で訪れるのは初めてではないけど。
・・・こんな気持ちでここにいるのは、初めてかもしれない。
ドキドキする。
身体が熱い。
と。
「キャー」
「デューイ様ー!!」
「ちょっと! 割り込まないでよっ」
突然の黄色い喚声に、びくりと”それ”を落としそうになった。
反射的に横にそれると、今いた場所は一瞬にして大勢の女の子たちで埋め尽された。
どこにひそんでいたんだか・・・。
建物の周りで待ってたらすぐに追い払われちゃうものね。
見れば、入り口から出てきたばかりの見慣れた騎士が、彼女たちの頭ごしで困惑の表情を浮かべている。
たくさんのチョコやプレゼント。デューイって、毎年きっとこうなんだろうな。
ふっと小さく息をついて。
私は騒ぎを横目に裏口へまわることにした。
驚いたけど・・・でも、おかげでなんだか少し気が軽くなったみたい。
こんなふうに近づけるのも、冒険者である特権。
とくに、アノ人の場合は・・・ね。
「お、アンシェ、遅いぞ!」
「は、はい・・・っ!?」
思わず手元の袋を背に隠した。
訓練場の奥からかかる声。
廊下からちょっとのぞいただけなのに、一番最初に見つかってしまった・・・。
「アンシェちゃん! もしかしてチョコ持ってきてくれたとか〜?」
手前で縄を跳んでいた訓練生のひとりが、気づいた途端に目を輝かせる。
「あ・・・。えっと・・・そのー・・・」
「そこ! 手を緩めるな!!」
「ハッ、ハイ!!」
鬼の一喝で、ここはひとまず助かったけれど。
・・・『遅い』って?
他の騎士らを諫めながらこちらへと歩いてくるその人の――。
次のひと声に、私は凍りついた。
「アンシェ。まさかおまえもミーハーなイベントにうつつを抜かしていたんじゃないだろうな? ・・・今からでいいから、早く準備してこい!」
大事に抱えてきた紙袋を、脱いだ上着の下に隠して。
結局、私は教官と剣を交えていた。
訓練用のこの剣も、ずいぶん自分の手に馴染んでしまった。
・・・暇さえあれば通(かよ)っていた場所。
怒られもしたし、イタイ思いもした・・・。・・・そして・・・。
「よぉーし、今日はここまでだ。おつかれ!」
この笑顔が、何よりも大好きで――。
「ありがとうございました! おつかれさまでした!!」
気がつけば、周りの訓練生たちはすでに鍛錬を終え帰っていて、最後は自分と教官だけだった。
教官はここの責任者だから、残った私が外に出たのを確認してから、見回りと施錠をしに行く。私はぺこりといつものように礼をして、上着を取りに棚に向かった。
(あ・・・)
・・・『ミーハーな』贈り物。
ルーはもうマノンさんに渡しただろうな。
・・・私は・・・。私は・・・・・・。
「ヴィルト教官!」
作っているあいだ、ずっとこの人のことを考えてたの。
「こっ・・・これ・・・」
友直伝のシンプルなラッピングで飾ったチョコレートを、両手でまっすぐ差し出した。
手が震えてるかな。
剣を持つのとは大違い。
教官・・・呆れてるかも・・・・・・。
(・・・・・・・・・っ)
「・・・おまえ、こういう記憶も戻ったのか」
すっと、手元のものが離れた。
「えっ・・・? は、はい。・・・手作りしたのは初めてですけど」
教官だけが、唯一、私がすべてを思い出したことを知っている。
――それはともかく。
受け取ってくれたんだ!?
「あ・・・はは・・・、それじゃ、そういうことで! ・・・お先ですっ!!」
このとき。
とにかく渡せたことが嬉しくて、私はもういちどお辞儀をして、そそくさと出てきてしまったから。
気がつかなかったのだ。
教官の顔が、少し・・・ほんの少しだけ赤くなっていたこと。
その手へのせた私の心に、それから、小さく微笑んでいたことを。 |