「・・・アレックス、今なんつった?」
アルターは自分の耳を疑い、聞き返した。
「うん、だからね。アンシェさんがさっき、『月のしずく』をかして・・・って」

ベッド横の棚に置いていたはずの、橙色の珠がない。
すぐさま行方をたずねたアルターに、アレックスは不安がるそぶりも皆無で答える。
「アンシェさんにも、見せたい人がいるんだって。だからぼく『いいよ』ってかしてあげたんだ」
(――!!)
「・・・あっ、アルター!?」
瞬間、赤い戦士は全速力で診療所をとびだしていた。
ここに来る途中で見かけた、どこか急ぎの見慣れた背中。つい先日、一緒に『死者の館』へ赴いた友、アンシェのはずんで揺れるピンクの髪と――その向こうに建つ、商人ギルド。

(アンシェ・・・、おまえまさか・・・!?)
いやな鼓動に、くっと顔をゆがませて、アルターは大通りを駆けぬけた。



月のしずく
〜 a sequel to the story 〜




こんな距離では切れないはずの息・・・。一度大きく唾をのむ。
無意識に足音を殺し、階段を上る。この建物の二階に商人ギルドの商談場がある。
ここをとりしきるロベルトが『月のしずく』に高額の懸賞をかけたとの話を、アルターはあの冒険から帰った翌日に、初めて酒場客から知った。
とはいえ、それは自分とアンシェがアレックスにあげた勇気のあかし。何の心配もないはずだった。

(・・・いるなよ、アンシェ・・・)
けれども、閉じた扉の向こうで話す声。
「・・・そうです。これが『月のしずく』です」
(・・・・・・・・・ッ!!)

金縛りにあったかのように、ノブにかけた手が止まった。



「ロベルトさん、『月のしずく』をその手に乗せてみたいと言っていたので」
「ええ、ええ・・・! アンシェさん、ありがとうございます・・・!!」
アルターはふるえる拳を強く握った。
・・・信じられない・・・。信じたくない――。
「・・・うーん、すばらしい! これがあの『月のしずく』・・・・・・」
会話から察して、『月のしずく』は今、ロベルトの手のひらに乗ったようだった。
アンシェが渡した。アンシェが・・・・・・。
「では、アンシェさん。この『月のしずく』、1200Gでどうでしょう?」
(――っ!!)
もはや黙ってはいられない・・・!!
戦士がふたたびドアノブに手をかけた・・・・・・その時。


「・・・・・・ごめんなさい。それは売れないんです」
(・・・・えっ・・・・・・!?)
アルターの心の声は、扉の向こうのロベルトと同じだった・・・。
カチャ・・・と、ノブのわずかな音だけがして、部屋の二人は気づいていない。
「アンシェさん・・・? それは・・・・・・?」
ロベルトの気の抜けたような声が続いて。

「『月のしずく』をこの手に乗せてみたいのです・・・って話してたロベルトさんの、その顔が、なんだか寂しそうだったから・・・・・・。私、気になってて・・・。だから、せっかくだし見せてあげたいと思って」

「・・・・・・・・・」
絶句のような無言のあとで、ロベルトが表情を正した。
「・・・アンシェさんのお気持ち、大変うれしく思いますよ。ありがとうございます」
・・・けれど・・・。と、ロベルトの言葉は終わらない。
「こうして手にしてしまうと、ほしい気持ちはますます大きくなってしまうものでして・・・」
「・・・・・・」
「お願いです、アンシェさん。どうかこの『月のしずく』を、私におゆずり下さい! どうか、お願いします!!」
「えっ・・・で、でも・・・」
「昔からこの石をずっと探していたのです! こうしてようやく手にすることができたのです! ですから、アンシェさん、どうか・・・おゆずり下さい!! お願いします!!」
「え・・・えぇ・・・っ!?」
(・・・オイオイ・・・)
・・・出番だな、と、自然に足は動いていた。

「悪ぃなロベルト。こいつは別に売るつもりで持ってきたんじゃないんだってよ」
「あ、アルター・・・!?」
豪快に扉を開けて、二人のそばへ歩み寄る。
おどろき振り向くピンクの頭に、ポンと優しく手を乗せて、アルターはロベルトに、ちょっと不敵に微笑(わら)ってみせる。
「まぎらわしいコトしちまって悪かったな」

「・・・・・・そうですか・・・。残念です」
小さくふぅとため息をついて、ロベルトはうなずいた。
さて、『月のしずく』を大事に胸元に抱えて、診療所への帰り道。
まったく、お人よしにもホドがあるぜー――と苦笑いするアルターに、アンシェは困ったように顔を見上げる。
・・・・・・けどまぁ、この愛すべき友のことを、自分は一瞬でも疑ってしまったわけであって・・・・・・。


(・・・・・・・・・)
くすぐったい。
「あーっ!! とォ――。焼肉だ!! 焼肉食い行くぜ、アンシェ!!」
そんな気持ちをごまかすように、アルターはコブシを上げて元気に叫んだ。



* おわり *



アルターのクエスト『月のしずく』の後日談・・・<こんな展開どうでしょう>ってな感じで。
なぜかどうしてもこの時期(ゲーム内と同じ期間中)にアップしたいというこだわりが強くあって、2年くらいムダに(笑)見送ってきたネタです。
そういえば、主人公は別に本編のアンジェでも良かったかも・・・?  いや、今回のは天然すぎる気も。
アルターは頼れる兄ちゃんですよ。


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