年明けの来客
マスターの声に、アンジェは階段を上りかけていた足を止めた。
「お客さん・・・? 私に?」
「ああ。ほら」
グラスをみがくマスターが、ひょいと視線を送る。カウンターの一番端。
「・・・・・・。えっと、あの・・・?」
困惑しながらアンジェは近寄る。客、といわれても覚えがない
「あ!!」
突然、アンジェが声をあげた。
「・・・もしかして、年末の合唱で――」
「いいから!」
と、少女がとんっと椅子から下りて、アンジェの言葉をさえぎった。
「あなたにちょっと話があるの。・・・少し、静かな所に行けるかしら」
抑えた物腰に感じられる、ピリリとした雰囲気・・・。
酒場の二階。冒険者宿の廊下。
少女の名は、ルリア。
「あの・・・やっぱり」
そして、これまた思ったとおり、アンジェはこの少女に、つい先日見覚えがあったのである。
「そうよ」
なぜかしかめた表情のまま、少女は小さくうなずいた。
――昨年の年末。
つまり、日にちで数えれば、ほんの数日前のこと。
マーロに誘われ、一緒に行ったその演奏会で、伴奏のピアノを弾いていたのが他でもない、この少女・ルリアだった。
その彼女が、自分を訪ねてきたのは・・・。何か音楽についての話だろうか。
「・・・・・・。単刀直入に聞くわ」
突然、顔を上げた少女の眼差しが、ぐいとアンジェを捉えた。
「あなた・・・マーロとどういう関係なの!?」
「ど・・・」
数秒の驚愕のあと、アンジェは冷汗まじりに声を返した。
「・・・どういう・・・って・・・・・・」
「知ってたわ。あなたがよく学院に来ていて、マーロと仲良さそうにしてること。マーロがときどき授業を受けずに冒険に行ってしまってるときも、大体あなたと一緒なんだって!」
蓄積していたものが爆発したのであろうか、ルリアの勢いは止まらない。
「こないだの年末合唱だってそうよ! わたし、マーロが聴きにきてくれていると思って完璧に演奏したのに・・・客席のマーロの隣に、またあなたがいるじゃない!」
・・・どうやら、それが今日の発端であるらしい。
もはや尋ねるまでもなく。
「・・・さぁ、答えて!! あなたはマーロの恋人なの!?」
「――っ!?」
(こ・・・)
――恋人――。
アンジェの顔が、かっと熱くなった。
「ち・・・」
そんなこと、言われたこともない。
「ちがっ・・・」
「じゃあ、単なる冒険仲間のひとりってこと? そういうことなのね!?」
(・・・・・・・・・)
詰め寄られ、壁に背がついたアンジェは、声にならない息をもらした。
「単なる・・・なんて・・・」
ちらりと瞳を上げれば、目前に迫る鋭い視線が、自分を逃さんとしているのがわかる。
・・・そして。
「大切な・・・、私にとって、大切な仲間だよ・・・、マーロは・・・」
――ズキン――。
心の奥に、何かが小さく突き刺さるのを感じた。
「・・・・・・そ、そう」
いささか気が抜けたように納得したルリアは、一歩下がって姿勢を直した。
「どうしてそんなこと」
みずいろの瞳に見上げられた少女の顔が、一瞬にして紅潮した。
「そっ・・・そんなの、あなたには関係ないでしょ!! と、とにかくわたしはもう帰るからっ!」
憤りの、甲高い一声。
(・・・・・・)
アンジェは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
(恋・・・人・・・)
唐突にもたらされた思わぬ嵐に、自分の口が発した答えを思い出す。
――大切な仲間だよ・・・マーロは――。
胸に手をあてる。
「・・・仲間・・・」
吐き出すようにつぶやいて、アンジェは自室の扉を開けた。 |
〜Fin〜
アンジェ視点でのマーロ話を書きたかっただけです。変なオリキャラ出てきましたが。
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