年明けの来客



「お、アンジェ。お客さんだぞ」

マスターの声に、アンジェは階段を上りかけていた足を止めた。

「お客さん・・・? 私に?」

「ああ。ほら」

グラスをみがくマスターが、ひょいと視線を送る。カウンターの一番端。
そこにいたのは・・・酒場客には似つかわしくない、じっと佇むひとりの少女。
魔術士用のローブをまとった、見たところ魔法学院の生徒のようだが・・・。

「・・・・・・。えっと、あの・・・?」

困惑しながらアンジェは近寄る。客、といわれても覚えがない
・・・が、そのとき。

「あ!!」

突然、アンジェが声をあげた。
思い出した。そういえば、『覚え』があった・・・。

「・・・もしかして、年末の合唱で――」

「いいから!」

と、少女がとんっと椅子から下りて、アンジェの言葉をさえぎった。

「あなたにちょっと話があるの。・・・少し、静かな所に行けるかしら」

抑えた物腰に感じられる、ピリリとした雰囲気・・・。
新年、年明け早々の奇妙な来客は、そうしてアンジェに『小さな嵐』をつれてきた。


酒場の二階。冒険者宿の廊下。
ここなら少しは静かに話ができるだろうということで、アンジェと少女は移動した。

少女の名は、ルリア。
思ったとおり、魔法学院の生徒だった。

「あの・・・やっぱり」

そして、これまた思ったとおり、アンジェはこの少女に、つい先日見覚えがあったのである。

「そうよ」

なぜかしかめた表情のまま、少女は小さくうなずいた。

――昨年の年末。

つまり、日にちで数えれば、ほんの数日前のこと。
毎年その時期になると、学術地区では有志が集まり、一年を締めくくる合唱が催されていたのである。

マーロに誘われ、一緒に行ったその演奏会で、伴奏のピアノを弾いていたのが他でもない、この少女・ルリアだった。
というわけで、この客人が誰なのかということはわかった・・・のだけれども・・・。

その彼女が、自分を訪ねてきたのは・・・。何か音楽についての話だろうか。
考えても、アンジェは首をかしげるしかない。
『話がある』はずのこのお客人も、なかなか口を開こうとしない。・・・・・・と。

「・・・・・・。単刀直入に聞くわ」

突然、顔を上げた少女の眼差しが、ぐいとアンジェを捉えた。

「あなた・・・マーロとどういう関係なの!?」


「ど・・・」

数秒の驚愕のあと、アンジェは冷汗まじりに声を返した。

「・・・どういう・・・って・・・・・・」

「知ってたわ。あなたがよく学院に来ていて、マーロと仲良さそうにしてること。マーロがときどき授業を受けずに冒険に行ってしまってるときも、大体あなたと一緒なんだって!」

蓄積していたものが爆発したのであろうか、ルリアの勢いは止まらない。

「こないだの年末合唱だってそうよ! わたし、マーロが聴きにきてくれていると思って完璧に演奏したのに・・・客席のマーロの隣に、またあなたがいるじゃない!」

・・・どうやら、それが今日の発端であるらしい。

もはや尋ねるまでもなく。
この少女は、マーロに対してひそかな憧れの心を抱いているのだった。

「・・・さぁ、答えて!! あなたはマーロの恋人なの!?」

「――っ!?」

(こ・・・)

――恋人――。

アンジェの顔が、かっと熱くなった。

「ち・・・」

そんなこと、言われたこともない。
自分でも、考えたことだってない・・・つもりである。
きっと・・・。たぶん・・・・・・。

「ちがっ・・・」

「じゃあ、単なる冒険仲間のひとりってこと? そういうことなのね!?」

(・・・・・・・・・)

詰め寄られ、壁に背がついたアンジェは、声にならない息をもらした。
――単なる冒険仲間。
それだって、もちろん違う。違うに決まっている。

「単なる・・・なんて・・・」

ちらりと瞳を上げれば、目前に迫る鋭い視線が、自分を逃さんとしているのがわかる。

・・・そして。
アンジェはやむなく、こう、答えていた。

「大切な・・・、私にとって、大切な仲間だよ・・・、マーロは・・・」

――ズキン――。

心の奥に、何かが小さく突き刺さるのを感じた。


「・・・・・・そ、そう」

いささか気が抜けたように納得したルリアは、一歩下がって姿勢を直した。
強引に問い詰められた反動か、アンジェが思わず、ぽつりとたずねると。

「どうしてそんなこと」

みずいろの瞳に見上げられた少女の顔が、一瞬にして紅潮した。

「そっ・・・そんなの、あなたには関係ないでしょ!! と、とにかくわたしはもう帰るからっ!」

憤りの、甲高い一声。
くるりとローブを翻し階段を下りていくさまは、しかし、どこか足取り軽そうにも思えた。

(・・・・・・)

アンジェは、しばらくその場に立ち尽くしていた。

(恋・・・人・・・)

唐突にもたらされた思わぬ嵐に、自分の口が発した答えを思い出す。

――大切な仲間だよ・・・マーロは――。

胸に手をあてる。
・・・チクリと痛んでいる。

「・・・仲間・・・」

吐き出すようにつぶやいて、アンジェは自室の扉を開けた。


〜Fin〜


アンジェ視点でのマーロ話を書きたかっただけです。変なオリキャラ出てきましたが。

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