最後の願い



グワアァァァァァァァ!!

叫び声が、こだまする。

湖の底。青の神殿。
人々を見守り、共存する心優しき水竜は、耐え難い苦しみのなか、我が子
ピアニーとの再会を果たした。


・・・・・・私の体は、毒そのものになってしまったのだ・・・・・・。


ひとりの男が、湖に毒を流した。押さえきれない、憎悪とともに。

水竜は、その毒を一身に受け・・・そして、正気を失った。

――だが。
閉じ込められた神殿の中で、激しく暴れるその姿の前に、ひとりの少女が
現れる。少女の名は、ピアニー。生き別れていた、水竜の・・・子。

少女は、父と戦った。
心をあずけた、仲間とともに。
そして、長い戦いが終わりを迎えたそのとき、倒れた水竜は、一時の理性を
取り戻したのだった。

「・・・我が子よ。私は再び、毒によって、正気を失いかけている」

――グッ、グオ・・・グアアアアアア!!!

「はあ、はあ、はあ、ピアニーよ・・・。私が再び暴れ出す前に・・・、おまえの
手で、とどめをさしてくれ」

途切れる声で、それでも残る力を振り絞って、水竜は娘に言い放つ。
それは、竜として、父としての、最後の願い――。


すべての時間が止まったかのように・・・・・・
ピアニーは、そう感じていた。
目の前の事実を、信じたくない・・・!
苦しそうに、瞳を伏せる。

(なんとか・・・、なんとか方法があるはずよ・・・!!)

しかし、そこに名案は浮かばない。
浮かんでくるのは、ただ、ひたすら焦る気持ちだけ・・・。

グッ、グアアアアアア!!!

鋭い轟音が、思考を阻む。
黒い毒素は、再び水竜の体を、蝕み始めていた。
「・・・・・・早くするんだ!」理性の間で、水竜は叫ぶ。

「このままでは、私は再び、正気を失ってしまう! そうなったら、おまえと横
にいる友人をも、殺してしまうかもしれない。だから、早くするんだ!」

・・・グッ・・・ゴッ・・・グアアアアア!!!


目の前で苦しんでいる・・・・・・それなのに、助けられない。

大切な仲間と、その父親の力に、今の自分には、なることができない。

神に仕えし青年は、自らの無力さを痛感し、自問する。
(私は今まで、何を祈ってきたのだ・・・!!)


・・・と。

もはや叫び声しか聞こえぬそのなかで、少女はひとつの言葉を口にする。
それは、低く、小さな・・・決意の声。

「・・・わかったわ・・・お父さん・・・」


「その選択で、本当にいいんですか?」

決意の意味が、青年にはわかった。
だから、とっさに問い返す。
自分の父親の命を奪う・・・そんなこと・・・・・・

「ピアニーさん」

「いいんです!!」

少女は顔を上げた。
あふれた涙でぐちゃぐちゃになったその表情には、
今は笑顔が浮かんでいる。

「私しか・・・いないんだもの・・・。お父さんの願いを、叶えてあげられるのは
・・・私しか・・・。だから・・・・・・!」


――強い。

青年は思った。

あんなに優しいあなたが・・・
誰かを傷つけることを、心底拒んでいるあなたが・・・

(・・・・・・強い心を、お持ちなのですね・・・・・・)


「わかりました」

青年も、笑顔を見せる。

「私もお手伝いしますよ、ピアニーさん」

驚きのあとで、こくりとひとつ頷いた少女の姿を確認して、青年は強く拳に力
をこめた。

「苦しみは一緒に、分かち合いましょう」


お父さんのため。
アトランティーナの人々のため。
そして、隣にいる、大好きなあなたのために――。

少女は、杖をにぎりしめ、すべての思いを、魔力に変える。

青年は、そんな少女を、闘気の波動で包みこむ。


(・・・・・・これでいい・・・・・・)

迫りくる最後の力を感じながら、水竜は、静かに目を閉じた。


そして――。



奇跡が、起きる。




written by yumi 2000. 3.19

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