With You ×××


3月31日。
アルターは、眠れないままこの日の朝を迎えました。
窓の外は、憎らしいくらいに晴れ渡っています。
差し込む陽の光のまぶしさに、アルターは目を細めました。
いつもなら、ただ3月の終わりというだけの日。
けれど今年は。
今年だけは、特別な日…。

* * *

シオンがコロナの街にやってきたのは、一年前のことです。
ピンクの髪で水色の瞳の女の子。アルターは一目で彼女が気に入りました。
なんて可愛い子なんだと、思いました。
それからしばらくして、彼女の身にかけられた呪いのことを教えられました。
強大な呪い。
森に住む賢者の力でたった1年の猶予を与えられ、その間に呪いを解かなければ、
かえるの姿で一生を過ごさなければならないと。
そんなことさせるもんかと思いました。
けれど。
呪いを解く方法は、ついに見つからなかったのです。
そして今日が期限の日。
明日には、シオンは…
「くそっ」
アルターは、ベッドから起きあがりました。
「こんなとこで考えててもしょうがねぇ」
そうして乱暴にドアを開け、部屋を出ます。
―とにかくシオンに会うんだ。
酒場でマスターへの挨拶もそこそこに、アルターは宿の二階へ向かいました。
シオンの部屋はそこにあります。


古びた木の扉を前にして、アルターは一瞬ためらいました。
けれど意を決して、ノックします。
一回、二回。
「…?」
返事がありません。
念のため、もう一回。今度は、強く。
…やっぱり返事はありません。
アルターは全身の血が逆流するような感覚に襲われました。
(まさか!?)
最悪の事態が頭をかすめて、次の瞬間アルターはドアノブに手をかけていました。
「シオン!」
乱入した部屋の中。
目の前に、シオンはいました。
驚いたようにこちらを見つめる、…体が半分透けているシオンが。
「ッ・・・・・・・!」
とっさにアルターは手を伸ばし、その体を抱きよせようとしました。
…その腕に、感触。
伝わる体温。
「あ、あの、アルター…?」
聞き慣れた、自分を呼ぶシオンの声。
体はもう透けていません。
「はあ…消えちまうかと思った…。」
細い肩にあごをのせて、アルターは、知らず止まっていた息を吐き出しました。
「あ、アルター、苦しいよう」
小さな声で抗議されてアルターは、はっとして体を離しました。
「わ、悪りぃ」
「ううん、大丈夫」
シオンは笑って首を振りました。
…それから。
二人は、なんとなくお互い黙ってしまいました。
(いや、黙ってる場合じゃねぇな)
アルターは顔をあげ、
「なあ、シオン」
「あの、アルター」
…今度は二人、同時に口を開いていました。
「…なんだ?」
「あ、えと、アルター先に言って」
シオンは何故か赤くなってうつむいてしまいました。
「?なんだよ?」
「え、あの、えと、…なんでもないっ。お、お願いだからアルター先に言って」
よくわかりませんが、言いづらいようなので、アルターは追求するのはやめました。
それで、別のことから切り出しました。
「さっき、ラドゥのおっさんとこ行ってきたのか?」
先程シオンが消えて見えたもの。
あれは森の賢者ラドゥの使う転移の魔法だと、アルターは思い出していました。
シオンは頷きました。
「…うん。さっき、呼ばれたの」
その表情からは、何を言われたのか読みとることは出来ません。
「なあ、シオン。おまえの呪い、…どうなっちまうんだ?」
答えを聞きたいような、聞きたくないような気持ちで、アルターは尋ねてみました。
「今日が最後の日なんだろ?」
シオンは、きゅっと唇を噛みました。
「ん…」
かすかに頷いたあと、シオンは急に顔をあげました。
「でも、でもね。…かえるにならないでいいかも知れないの」
「呪いを解く方法が見つかったのかよ!?」
シオンは、今度は大きく頷きました。
と、急にその顔が曇りました。
「…でも、ダメかも知れない…」
「何言ってんだよ、方法があるんだろ!?」
「でもー!」
急にだだっこのようになって腕を振り回し、シオンは、ぱっと後ろに飛び退きました。
そして窓の所までさがると、カーテンの後ろに体半分隠れてしまいました。
「なんだよ、シオン…」
アルターが一歩踏み出しかけると、
「あのねっ」
それを遮るように、シオンは大声を出しました。
「アルターに解いてもらわないとダメなのっ!」
「俺が?」
いきなり言われて、アルターは首をひねりました。
「どうすりゃいいんだ?」
しかしシオンはそれに答えず。
「アルターじゃなきゃヤなのっ…!」
泣きそうな顔で、ただそう言いました。
「おいシオン。それじゃわかんねぇだろうが」
「だって、もしかしたら解けないかも」
答えになっていないのですが、アルターは追いつめるのはやめました。
いつものシオンからは予想もできない反応にとまどってしまったのです。
「どうしたんだよシオン。呪いが解けるかも知れねぇんだろ?」
この一年、そればかりを考えてきたのです。
シオンは、いくらか落ち着いた様子になりました。
が、まだカーテンの陰に隠れたまま、でてこようとしません。
「だって…ただしてもらってもダメなんだもん…」
何がそんなに言いづらいのか、シオンはだんだん声が小さくなってきました。
逆に、顔はどんどん赤くなっていきます。
今にも泣きそうで、アルターは呪いを解く方法よりそちらが気になって困りました。
「おいシオン。いいからとにかく言ってみろよ。やってみなきゃわかんねぇだろ?」
「やってみて解けなかったらヤなんだもん…!」
こんなに何かに対してためらうシオンは見たことがありません。
これはよほどのことなのだと思ったアルターは、何かシオンを安心させる方法はないかと
必死で考えました。
そしてただ一つだけ…とっておきの方法を、思いつきました。
「なあ、シオン。」
少しまだためらいがありました。が、今日以外に言うときはないと思いました。
「おまえの呪いを解く方法があるんなら、俺、なんでも協力するぜ。」
一言一言、噛み含めるように、ゆっくりと。
「今だから言うけどな、俺、…おまえが好きだ。大好きだ」
…シオンが息を飲むのがわかりました。
アルターは、そのシオンを、真正面から見つめて、言いました。
「だからよ、おまえがかえるにならない方法があるってんなら、なんでも試してみてぇんだ。
教えてくれよシオン。その方法ってヤツを」
「…アルター…」
シオンの手から、握っていたカーテンの端が離れました。
足が一歩、また一歩、踏み出しました。
「ほんとに?ほんとに、絶対?」
「うそなんかつかねぇ。絶対だ」
…シオンが、アルターの胸に飛びつきました。
アルターはその体を抱き留めました。
小さくて、細くて、柔らかいシオンの体。
…守れるなら、どんなことでもしようとアルターは思いました。
「アルター、あのね、お願いがあるの。呪いを解いて」
シオンはぽつりと言い出しました。
「どうすりゃ解けるんだ?」
今ならシオンの代わりにかえるになってもいいと、アルターは思いました。
…が。
シオンの口から飛び出したのは、もっと別の。…驚くような言葉でした。
「キスして」
…その言葉の意味をアルターが正しく理解するまで、数秒かかりました。
「・・・・・・・・・・・・・・・・な!?」
思わずアルターは腕を放しました。
するとシオンは、自分からアルターの背中に腕を回して、抱きついてきました。
「わたしのこと、好き?」
「そりゃ、…って、おい?」
でも、それとこれとは。
「あのね、わたしのこと、ホントに想ってくれる人にキスしてもらえば、解けるんだって。」
言ってシオンは、アルターの顔を見上げて笑いました。
「アルターからじゃなきゃダメだよ。ね」
「・・・・・・・・・・・・・・(ホントかよ…)」
あまりのことに目の前の現実を疑ってみたくなったアルターですが。
シオンが目を閉じると、覚悟を決め、そっとその頬に手を触れ…

* * *

そして4月。
冒険者の宿にはアルターと、そして…シオン。
その後、シオンがかえるになることは、もう二度とありませんでした。

 

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