かえるの絵本 外伝
二人の勇者
陽の落ちた森。月明かりが、わずかに視界を照らす。 (――。) ざわ・・・と、頭上の木々が風音をたてた。 光を持つ腕を、ゆっくりと前方にかかげた。 橙を帯びた森の姿に、剣士はいつしか、忘れえぬ記憶の景色を重ね合わせていた。
二人の勇者
その日、若き剣士レオンは、バレンシアの貴族の依頼で、遠方の街へと書簡を届けた帰りだった。 このところ、同じような依頼が多い。 ・・・あの危惧が、ついに現実となりはじめている。 特に寄らずとも帰れるその森に足を踏み入れようと思ったのは、そういった周囲の動きと、レオン自身の直感、両方から感じ得たものであり・・・。 ――キシャアァァーーッ! 悪い予感はすぐに当たった。 (近い・・・!) レオンは剣に手をかけ木群を抜けた。そして声の主を見つけると、大地を蹴って剣を振り下ろした。 ・・・深緑に際だつ魔の大花。 「・・・あ・・・・・・」 力なく右手のひらを広げたまま、”獲物”は尻餅をついていた。 魔物から剣士へ、ゆっくりと移る視線は、みずいろの瞳。 同郷の貴族でも、冒険者でもなかった。 * * * 身なりから、その少女がバレンシアの南方に近い街・ヴィエナの住人であることは一目でわかった。 「・・・最近は、ここも魔物が多くなっている」 少女の服は、芸術の街と名高いヴィエナの、何らかの学院の制服であるに違いなかった。 「これからは近付かないほうがいい」 そのような普段着のままの一般人が、なぜ街道からそれた森の奥にいたのか、理解するには至らなかったが、レオンはあえて追及せずに一言つげてその場を去った。 いま思えば、少女の・・・いずれ『親友』となる唯一の存在の、初めて会ったときのあの瞳が、ずっと脳裏を照らしていたのだろう。 ――少女は、いた。 「・・・・・・近付くな、と言ったはずだが」 今度は危機を救ったわけではなかった。 「あっ。ああ・・・」 予告なく現れた剣士だったが、少女はそれほど驚いてはいないようだった。 「このあいだは・・・ありがとうございました」 丁寧に礼をのべ、頭を下げる。 レオンは思わず「いや・・・」と応えてしまった。真っ直ぐだがやわらかなまなざし。ひと呼吸おいてから、レオンはあらためて”再会”の理由をたずねた。 「ここで何をしているんだ? また魔物が現れたらどうする」 「・・・え、えっと・・・、それは・・・・・・」 「今日は気になって来てみたが、私もいつも通るとは限らない。ここはもう以前のような安全な森ではないんだ」 そのとき。 「あのっ・・・」 少女が口をひらいた。 ・・・だがそれは、レオンの問いに関する答えではなく・・・。 「その・・・あなた、バレンシアの勇者・・・レオンさん、ですよね?」 少女はうかがうように続けた。先日から何かありげな右の手を、軽く握って胸にあてる。 「この前はびっくりしてて気付かなかったんですけど、ヴィエナでも有名です! ・・・あっ、そう、私はヴィエナの王立音楽院生で・・・・・・」 「・・・音楽生か」 レオンは、隠せぬ不快を極力悟られないように返した。 「音楽生なら、こんな場所に用はないだろう。さあ、街へ帰るんだ」 「! ・・・・・・」 反論は戻ってこなかった。 ・・・・・・けれども。 次の日。 同じ人物。 意味はない――意味はないはずなのに、またも足を運んでしまった自分と当たった予想に心を掻き回されながら、剣士は眉間をしかめて歩み寄る。 それが、うかつだった。 「っ!? うしろ!!」 声に動じて目を見開いた刹那、鋭い殺気はすでに背後に迫っていた。 ――ドゥンッッ!! (・・・・・・!!) ・・・・・・剣の切っ先が相手に触れることはなかった。 弧を描いて地面に落ちた狼は、そのまま立ち上がらなかった。 「・・・・・・・・・、あたった・・・んだ」 一瞬、何が起きたかわからなかった。 「・・・あ、はは・・・、良かったぁ・・・!!」 はっと気付いて構えをおろすその後ろで、嬉々とした声が弾んでいる。 少女がやったのだ。 「・・・・・・魔法、か」 あれは『炎の矢』と呼ばれる初歩魔法だろう。・・・とはいえ、まさか”武器”を秘めているとは思わなかった。 「――うん!」安堵の顔で少女は微笑む。「・・・これで、このあいだのお礼もできたかな」 ・・・・・・レオンは剣をおさめて向き合った。 空の茜が、やがて月明かりへと変わろうとしていた。 * * * その後、何度繰り返したかは覚えていない。 少女の名前はアンジェリシアといった。 ある日、いつもより少し遅い時刻、完全に夜が木立を包んだ時間に『練習場所』をのぞいたとき、ランプの灯りのなかにまだその姿があるのが見えたのである。 「帰っていなかったのか。夜は特に魔物が多いぞ」 「あっ・・・、うん、大丈夫」 言いながら、アンジェリシアは振り向いた。 「できるようになったんだ! ひとつ」 身についた魔力と、奏楽の日々。 「・・・・・・、アンジェリシア」 レオンはただひとつ、知り得なかった疑問を訊いた。 「そうして力をつけて、一体どうするつもりなんだ?」 身を守る術があるのは悪いことではない。 「――前に――」 「賊に襲われた村に行ったことがあるの。院の慰安演奏でね」 光が、二人を中心に広がる。 「力のあるものが、力のないものを苦しめる・・・。それって許せないことなのに、絶対になくならない」 ・・・でも、もし。 「誰かの慰めになるその前に。・・・そのチカラで、悲しみを遠ざけたい・・・って思ったの」 そのとき――。 「・・・・・・・・・」 心が、自然と声になっていた。 「ならば、ついでに剣も身につけてみるか」 「えっ!?」 アンジェリシアは驚いた。 不意の提案に、少女は身を乗り出して確認してくる。 「本当!? ホントに教えてくれるの!?」 「・・・・・・ああ」 レオンは、笑みとともにうなずいた。 「きみなら・・・きっと使いこなせる」
あのとき、もし自分があの提案をしなければ、彼女がこの世を去ることはなかっただろうか・・・。 (・・・いや・・・) 森を抜け、ほどなく目的の村へと到着した。 「ああ、ロドリゲスさんの所ですか。・・・そうなんですよ、なんでも竜に牛を盗まれたとかって・・・」
そしてあの頃、自分も勇者として生きていた。 ・・・やがて村外れの牧場へ、剣士は足を進める。 そこに再会が待つことを、まだ、知らずに――。 |
- to be continued... "kaeru-no ehon" -
というわけで、レオンとアンジェの出会いでした。
・・・回想話となったおかげで、「外伝」というほど本編との違いはないですが(^-^;
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