〜 KEMUSHI 〜


「きゃーーーーー!!!」
静寂の森に響く・・・突然の悲鳴。
「いやーーーっっっ」
すぐさまバタンッと窓を閉め、叫びながら一直線に家の中を逃げ走り、辿り着いた玄関のドアを勢いのまま開け放つ。
「はー、はー、はー・・・」
噴き出した冷汗をぬぐう余裕もなく、悲鳴の主であるエルフの少女は、膝に手をあて荒息を吐いて・・・。
恐怖に乱れた美しい金髪が、それから、力なくこぼれ落ちる。

「・・・もう・・・いや」
はぁ、と、一度大きなため息をついてから、ユーンは閉めた扉に背中をもたれた。
・・・毎年の遭遇。
今年はすでに・・・・・・何回目だろうか。
「ちょっと、多すぎるんじゃないの・・・・・・」
青ざめた表情のまま独りごちる。と、そのとき。

「いまの声、ユーン!?」
家の前の木々の群れから、ピンク色の髪の少女が姿を現した。
心配そうに駆け寄ってくる、珍しい来客――。
――できたばかりの、初めてできた、人間の友達。
「・・・・・・アンジェ・・・」
ユーンは、たちまち泣きそうな声をあげた。
「・・・・・・助けて」

* * *

アンジェの背中を押すようにして、ユーンはおそるおそる、玄関のちょうど反対側にあたる家の裏手へやってきた。
そこには、先ほど開けた途端に閉めた窓。
そして。
「きゃーっ!! いたっ、いたーーっ!!」
言うやいなや、アンジェを押しのけ、ユーンは手にしたほうきで窓枠の隅を力いっぱい振りはたいた。
・・・すると、わずかに見えた、彼方に叩き飛ばされた黒い物体。
「???」
状況をつかめずに、アンジェは目を白黒させている。
「・・・・・・、毛虫よ」
気色悪い敵(の一体)を、とりあえずこの場より消去した安堵から、エルフの少女はいつものきりりとしたまなざしをようやく取り戻し、悲鳴のわけを話し始めた。

毎年、春を終えた頃にやってくる、黒い恐怖――『毛虫』。
人間以外ならどんな生き物も平気なはずのユーンだが、この毛虫だけはどうにもこうにも・・・苦手なのである。
「そっか・・・。そういえば、あのときもユーン・・・」
すっかり落ち着いた友からお茶をいただくアンジェの脳裏に浮かぶのは、彼女と初めて出会った日の、ささやかな冒険の合間に起きた出来事。
「あのときは本当にごめん。悪気はないのよ? ただ、体が先に動いちゃって・・・」
申し訳なさそうにカップを置くユーンにも、同じ光景が思い浮かぶ。
・・・木の実とともに落ちてきた、一匹の毛虫。
気付いた瞬間、目の前にいたアンジェをしたたかに張り飛ばしていた自分・・・。
「毎年のことなんだけど・・・。でもね、今年はなんだかやけに多い気がするのよ」
今はアンジェもいるからか、天敵の侵入に臆せず開けてみた窓からは、優しげな風がそよそよと部屋に涼を運んできている。やはり、閉め切るにはもったいない場所。
・・・なのだが。

「あの木・・・」
再び、ユーンの瞳に陰が落ちた。
「やっぱり、あの木が原因なのよねぇ・・・」
育ち盛りの桜の若木。窓の外、一番近い所に、毛虫の好むその木が生えているのである。
「・・・アンジェ。ちょっとお願いしていい?」
何でも一人で片付けられる自信はあるが、こればかりはどうしようもない。
そう悟ったユーンは、いつの間にか友に頼みを告げていた。

* * *

「アンジェ、本当にいいの!? 大丈夫なの・・・?」
年々、その木に毛虫が集まってきているのはわかっている。
けれども春には鮮やかな花を満開にして楽しませてくれる桜の木。そうでなくたって、大切な命を絶つなどもってのほか。
ユーンのそんな気持ちがわかるからこそ、アンジェは二つ返事で引き受けてくれたのだ。

「うん。じゃあ、とりあえず、いたぶんだけ他のとこに連れてくね」
ほうきとちりとりを手にしたアンジェは、何も恐れることなく疑惑の木へと向かっていく。
地面にいた数匹を集め、さらに幹を叩いて、葉に付いていたぶんまでしっかりと落とし集める。
ユーンは、さすがに家の中で待つのは気が引けるので、少し離れた位置からアンジェの作業を見守っていたが・・・。

・・・と。
アンジェの動きが、突如止まった・・・ように見えた。
が、彼女はすぐさま頭をぶんぶんと振ると、それからはどこか・・・どこか直前までとは違ったような、ぎこちない?手つきで、ともかく駆除作業を果たし終えた。

しかし。
「・・・アンジェ!?」
戻ってきたその表情が、あまりにも青ざめているのを確認して、ユーンは悲鳴以上の驚きの声をあげたのである。
「アンジェ・・・、もしかして、あなたも苦手だったんじゃないの? 毛虫・・・。それなのに・・・」
「・・・・・・、ううん・・・」
アンジェは、ゆっくりと首を横にふった。
「苦手・・・じゃなかったはずなんだけど」
――少し前まで、『虫』が嫌だと感じたことなんてなかったのに。
――そう。
『かえる』でいたときは。

「ちりとりの中でもぞもぞ動くのを見てたら・・・なんか、突然気持ちが悪くなっちゃったの」
アンジェは、いまだ小さく震える手指をにぎって答えた。
自分で頼んでしまったものの、期待と同時にどこか心配のぬぐえなかったユーンは、アンジェに心からの申し訳なさを感じながら・・・も。

ふふっ。軽やかな、優しい笑みがこぼれた。

「やっぱり女の子ね、アンジェ」

初めてできた人間の友達。
その子はしかも、きっと自分と同じくらいの女の子――。

そう思ったら、ユーンはなんだかとてもうれしくなったのである。


〜FIN〜


題名がアルファベットなのは・・・特に意味はありません;


目次にもどる   トップにもどる


☆ 掲示板 ☆
ご感想フォーム