Heroine
−ヒロイン−

 

幼い頃から、私は本に囲まれて育ちました。
遠い異国、遥かな時間・・・活字や絵画で語られる夢のような世界の物語に、
よく心躍らせていたものです。

現在でも、図書館の司書という恵まれた仕事のおかげで、本の世界に不自由
することはなく・・・その魅力的な登場人物たちの生き方は、いつも私の心に、
新鮮な感動をもたらしてくれます。

ですが――いまは、もうひとつ。

 

タイトルイラスト by陰宮てこな様

 

「そしたら、オークは私たちに、三つの宝箱を見せたんです」

瞳をキラキラと輝かせて、彼女は語ります。

「そのなかのひとつに、『金の像』が入っているって。私たちは鍵を渡されまし
た。でも・・・」

「かわりに、宝箱はひとつしか開けられない・・・と?」

「そう! そうなんです!!」

声にいちだんと熱が入って、いよいよクライマックスなのでしょう。
こんなふうに、彼女はいつも、私に話をしにきてくれます。

そう、彼女は冒険者。

それも・・・ある、とても大きな理由を抱えて、このコロナの街に滞在しているの
です。

「だけど、その洞窟の外にいた動物たちがアドバイスをくれたから、それから
うーんと考えて・・・私たちは、一番右の宝箱を開けたんです。ドキドキしながら
中をのぞくと、そこには・・・」

彼女の顔が、ぱぁっと明るくなりました。
「金の像が・・・あったんですよっ!!」

話に合わせてコロコロと変わるその表情は、見ていて飽きることがありません。
彼女の話は本当に面白くて、聞いている私までもが、まるで一緒に冒険に出た
ような、そんな気分にさせてくれるのです。

「それでは、無実の方の罪は晴れたのですね」

「はい! アサトさんも、マスターも、とっても喜んでくれて・・・」

それから彼女は、穏やかに微笑んで言いました。

「本当に・・・良かったです・・・」

冒険者である彼女が、おそらく最もお世話になっているはずの、酒場のマスタ
ー。そのマスターの知り合いが、いわれのない罪で、牢獄へと囚われていたと
いうのです。

その人を助けるための依頼・・・彼女にとっては、他のどの依頼よりも、成功さ
せたいと思っていたことでしょう。

「そうですね、クレアさん」

最近、私は思うのです。

「けれど、そのアサトさんという人も、酒場のマスターも、きっと思っているはず
ですよ。この依頼を受けてくれたのがクレアさんで、本当に良かった・・・と」

人々のために、こんなにも一生懸命な彼女。それは尊敬に値する――と。

「え!? そっ、そうでしょうか・・・!!」

彼女の顔が、また一瞬、太陽のように輝きました。・・・ですが。

「・・・・・・シャルルさん」
それは、ほんの少しだけ寂しそうな声。
「私、今が本当に楽しいんです。冒険に出ることも、誰かの笑顔を見ることも、
こうしてお話することも・・・みんなみんな、大好きなんです」

言いながら、彼女はふいに視線をずらしました。

その瞳には、私の後ろの壁に飾られた絵――伝説の竜が映っていました。


冬が終わりをつげ、暦は3月。

ある日、本棚の前で、彼女の姿を見かけました。

(おや・・・)

いつもなら、真っ先に挨拶をしにきてくれるのが、今日は・・・。
気になって、思わず近寄っていた私の気配にも気づかず、彼女は1冊の本を
一心に読みふけっているようでした。

「・・・クレアさん?」

「!!」

彼女の肩がビクンと震えて、その手から、持っていたものが落ちました。
それはずいぶん分厚い本だったようで、床は重い音をたてました。

「あっ・・・」

二人が、同時に手を伸ばしていました。
そして・・・私は見たのです。

「・・・解呪・・・?」

『解呪の法』――あらゆる呪いを解く、様々な方法が記載された本。
彼女はこれを読んでいた・・・? でも・・・・・・。

「ばか・・・みたいですよね」

本に触れた手を離し、彼女はゆっくりと立ち上がりました。

「私の呪いは、竜に会う以外解く方法はないんだって、ラドゥに言われてるのに
・・・・・・それなのに・・・・・・」

「クレアさん・・・」

「竜が・・・っ」
ギュッと拳をにぎる彼女の口から、悲痛な声があがります。
「竜が・・・現れない。もう間に合わない・・・。そう思ったら、どんな方法でも試し
てみたくて・・・・・・! 呪いを・・・解きたくて・・・・・・!!」

きっと彼女は――いつもこうして、不安を抱えていたのでしょう。
冒険の様子を楽しそうに話してくれるときの、あの笑顔の裏にさえ・・・。

――だとしたら、私に言えることは。

「クレアさん」うつむいたままの彼女の肩に、私は軽く手をのせました。「あなた
の物語は、まだ終わっていません」

硬直していた身体が、少しだけ動いたのを感じます。

「こう見えても、私はこれまで様々な本を読んできていますからね。わかるので
す。どんな主人公なら、ハッピーエンドを迎えられるのかが・・・」

彼女が顔を上げました。
キョトンと見つめるその瞳に向かって、私は話を続けます。

「思い出して下さい。あなたの今までを。自分のために、そして人々のために、
あなたが今まで重ねた努力を。それらはすべて、あなたにとって、幸せな結末
につながるためのものだったのですよ」

「・・・・・・幸せ・・・な・・・」

そう。

「あなたは、ハッピーエンドを迎えるべき主人公。私は・・・そう思います」

いま、私の目の前にいる女の子は・・・。
こんなにも小さくて、儚く消えてしまいそうで・・・。

「おや? 私の言ったことが信じられませんか?」

けれど。

「やはり本の世界と一緒にされては、クレアさんも困りますか・・・」

決して、消えない。

「そっ、そんな・・・!? そんなことありません!!」

必死に見上げてくれるその表情が、彼女から消えるはずなどないのです。

彼女はそのために頑張ってきた。
私はそれを、知っているから・・・。


彼女がこの街に来てから。
私の日課であった読書の時間が、ほんの少しだけ減ったのです。
それは何故だか、わかりますか?

どんな主人公もかなわない。
運命を切り開く、最高のヒロイン――。

クレアさんの紡ぐ物語を、いつも見つめていたからです。


〜Fin〜


・・・ってゆうか、シャルルさんってこんな人だったか・・・?(爆死)

ま、それはともかくタイトルイラスト!めちゃ素敵でしょ!! てこなさん、ありがとうございましたぁぁ!!

written by yumi 2000. 8.14

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