「あんた、名前は?」
何もかもをなくしたはずだった心の底に、甦るように光り出た、その言葉。
森の賢者と対等の目線になったとき、それだけが、一瞬にして脳裏を走った。
名前。俺の名前。・・・・・・『シャイン』。
「シャインっていうのか。オレが、この酒場のマスターだ。よろしくな!」
この「コロナの街」の「人間」たちが、口にするように。
その言葉を、俺の名前を呼ぶ声が・・・どこかに聞こえるような気さえする。
・・・そうだ。俺はやはり、「かえる」じゃない。
俺の名前を呼ぶ奴がいた。
それはたぶん、確かなことだ。
なくした過去に。――なくしたままではいられない、俺のこの、記憶の中に。
* * *
鏡に映る姿は、見慣れた”緑”の肌でない。
頭にある、青色の・・・「髪」。
身をおおうこの「服」は、あの賢者が配慮してくれたものなのだろうか。
――これが、「冒険者」の人間。
「でもシャイン、よく見ると剣がないケロよ?」
足下で俺を見上げているのは、この部屋の「先客」だった・・・かえるだ。
奇妙な気分。
さきほど「自分はかえるじゃなかった」と確信したばかりなのに、それでもかえると言葉が通じる自分・・・。
かえるは続けた。
「剣がないと、冒険は難しいケロ」
俺は、すこし考えて口を開いた。
「・・・それは、どういう意味だ」
「どういう意味って・・・」
かえるの声に、戸惑いの色が見えたのがわかる。
「つまりだケロ・・・剣とか武器がないと、戦えないってことケロよ!」
「・・・戦えない?」
「そうだケロ! 街の外には、モンスターがいっぱいだケロ。だから、戦えなきゃ冒険なんて、危ないことこの上ないケロよ!」
――戦えない――。
――剣がないと、戦えない――。
・・・・・・・・・。
「・・・・・・いや」
自分自身に、答えが出たような気がして。
「”剣”がなくても戦える」
そして俺は、自然に右の手を握り、目の前の空間を――突いた。
シュッと空を斬る音。・・・心地よい音。
「おおおーっ、シャイン! 今なんかカッコ良かったケロ!? ・・・そっか。シャインはきっと、モンクだケロ!」
「・・・モンク?」
かえるは、その小さい頭をこくこくとうなずかせている。
「モンクは武器なんかなくても、素手で敵を倒しちゃうんだケロ。神殿にいるシェリクがそのモンクだケロから、いろいろ話を聞いてみるといいケロ!」
「モンク・・・、素手・・・、しんでん・・・シェ・・・・・・?? ちょ、ちょっと待てっ」
「大丈夫だケロ! ぼくがしっかり案内するから、安心するケロよ〜シャイン!!」
かえるは上機嫌だ。
弾むように跳びはねるその姿。・・・俺がかえるだった時には、あんなふうに跳びはねることなんて、一度もなかったと思う。
自分を知りたい。
知って、すべてを取り戻せば、きっと、俺も・・・・・・。
賢者に言われた「一年」という感覚が、今はまだはっきりと意識することはできないが・・・。
道を切り開く武器。
俺はもう一度、この拳を強く握った。
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