feeling...near



「マーロ、最近楽しそうね」

「・・・は?」

受付のナヴィが、突然そんなことを言うので、マーロは思わず顔をしかめてしまった。

「楽しそうっていうか、生き生きしてるわよ。冒険に行くときだって・・・」

以前までは、「誘われたのでとりあえず付き合ってやる」という雰囲気を、いつも崩さないでいたマーロだが、それが・・・。

「最近は、自分から依頼や冒険を催促したりもするわよね」

「・・・・・・練習の成果をためすのにちょうどいいからさ」

何やら意味ありげな笑みを浮かべるナヴィが気に入らなくて、マーロは突っぱねるように答えてみせる。

「そう・・・それだけ? でも、ほら・・・特にアンジェが来たときなんて」

「――!」

目の前のクールな少年の顔に、一瞬の動揺が浮かんだのを、ナヴィは見逃さない。

「あの子が何かを頼みにくると、マーロ、結構うれしそうよね」

「なっ・・・!」

そのときだ。

「ナヴィさん、書庫の整理終わりました!」

「!?」

たったった・・・と、軽い足取りとともに向けられた声が、なんとその「噂の当人」の声であったから、マーロは不覚にも、再び無言の動揺をあらわしてしまった。

「あらアンジェ。ごくろうさま!」

「じゃあ・・・ハイ、これね」と言いながら、ナヴィは机の下から小袋を取りだし、仕事の終わったアンジェへと手渡す。

「マーロ、いま授業終わったの?」

「あ、ああ・・・」

「そうなの。今ね、アンジェのことを話していたのよ」

「・・・私の・・・?」

――余計なことを!!

マーロは、心臓が破裂しそうになった。
当のアンジェは、驚いたように、少し戸惑うようにして、みずいろの瞳を大きく開き、こちらを見つめている。

「なんでもない。・・・だいたい、アンジェは働きすぎなんだよ!」

「・・・えっ?」

「たまには気分転換しろよな! ほら・・・行こうぜ!」

言うやいなや、なかば強引に少女の腕をつかむ。

「えっ・・・えっ・・・!?」

成り行きがわからないアンジェは、目を白黒、そしてちょっぴり顔を赤らめながら、つかまれるまま、マーロのあとに続いていった。

ホールを出ていくふたりの姿を眺めながら、残されたナヴィは、ぽつりと一言。

「・・・そういうところも、楽しそうなのよねぇ・・・」


「ね、ねぇ・・・マーロ・・・っ!?」

早足のマーロについていきながら、というか引っぱられながら、少々焦ったようにアンジェがたずねた。

「私、そんなに働きすぎかなぁ・・・?」

「・・・あ・・・」

学術地区にある、並木道の公園にさしかかったところで、ふたりの足は自然に止まった。

「そうじゃないんだ・・・・・・あっ、ごめん」

いまだ強くアンジェの腕をつかんでいる自分に気づいて、マーロは慌てて手を離す。

「そうじゃなくて・・・」

アンジェは・・・純粋な女の子だ。
人に言われたことを、いつもまっすぐに受けとめる。
さっきの言葉だって、別にマーロが本心で言ったわけではなく――ただ、自分の気持ちがあの場で暴かれてしまいそうな、そんな危険を感じて――とっさに出てしまった言葉なのであって・・・・・・。

「・・・・・・」そんなことを考えていたら、自然と笑みがこぼれてきた。

「とにかく、座ろうか」

そう言って、マーロはアンジェを、近くにあったベンチへと促した。

こくりとうなずいたアンジェは、まだ少し困ったような顔をしている。

「・・・・・・蔵書は、すぐにバラバラになるから、整理に来てくれると助かるって先生も言ってる。ナヴィだって、ときどき受付かわってもらって、結構喜んでるんだぜ」

「・・・本当?」

「ああ。だから、さっきのは気にしないでくれよ・・・な?」

たぶん、そのときのマーロは、自分でも驚くくらい、優しい表情をしていたのだろう。
隣に座る少女から、ようやく不安な表情が消えたのを見て、軽く安堵する。

・・・そして。
とりあえず、小さな誤解が解けたところで、彼は突然気がついた。

(・・・そういえば・・・)

こんな静かな場所で・・・。こんなに近くで・・・。
自分はいま、アンジェとふたりきりなのだ――。


あらためて気づいてしまうと、なんとなくまた、心が騒がしくなってくる。

実際、アンジェとは図書館で調べ物をしたり、山へ薬草を取りに行ったりと、ふたりで行動したことはあるのだが・・・今はこう、心の準備ができていないというか・・・・・・。

何を話そうか迷いそうになったところで、幸運にも、アンジェのほうから口をひらいてくれた。

「マーロ・・・私ね・・・」

その視線の先――公園の反対側を、マーロと同じ魔法学院に通う生徒たちが数人、歩いているのが見えた。

「あんな景色に、見覚えがあるの・・・」

「・・・!?」

「はっきりとはわからないけど・・・たぶん・・・私もマーロたちと同じように、何かの学校に通ってたのかもしれない・・・・・・」

「・・・・・・!」

端正な顔に、この上ない驚きが広がる。
記憶をなくした彼女が、自分のことを思い出しつつあるのだ――!
驚きがうれしさに変わるのを、マーロは隠さなかった。

「記憶、戻ってきてるんだな!!」

自分のことのように喜んでくれているマーロを見て、アンジェも笑顔でうなずいた。

「学校か・・・」

ずいぶん前から、アンジェは、歌や楽器に詳しいことがわかってきている。

(ってことは・・・もしかすると、音楽の・・・・・・)

音楽の学校か・・・。でもわからない。アンジェは魔法も使うし、剣も使える・・・。

マーロの回転のいい頭は、即座に、傍らの少女の「情報」を分析し始めていた。

「もっとちゃんと思い出せるといいんだけど・・・。でも、いつか全部思い出せる日が・・・くるといいな」

それがたとえ、どんな記憶であってもね。――そう言って、彼女は微笑った。

「アンジェ・・・」

――全ての記憶が戻るということは、「アンジェが呪われた理由」もわかるということ。
それは・・・決して楽しい記憶ではないはずだ。

「・・・・・・。なあ、アンジェ」

それでも思い出し、話そうとしてくれるアンジェのそばで、マーロは自分の中の、ひとつの「願い」に気がついた。

「また、何か思い出したらさ。・・・いちばん最初に、おれに話してくれよな」

アンジェのことを、もっと、もっと知りたいから――。

「・・・・・・うん!」

アンジェも、大きくうなずいた。
うれしそうに、そしてほんの少し・・・頬を紅潮させながら。

それは、彼女がコロナの街にきてからの・・・はじめての秘密。

――ふたりの心は、誰よりも近くに。


〜Fin〜


どーしても、主人公の記憶云々をからめたいみたいです、筆者。(−−;

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