〜 誰よりも、何よりも 〜



黒い刃が、ぎらりと光る。
そこに込められた、邪悪な力。そして・・・その切っ先は、まっすぐと、祭壇の外に向けられている。
「そこまでだ」
地に響くような冷たい声が、迫るように、念を押す。
「・・・おとなしく、かけらを渡してもらおうか・・・」

自らの呪いを解き、失った過去を取り戻すため――少女アンシェは、ここまで竜の手がかり「鏡のかけら」を追ってきた。
そして、たったいま、目の前に立ちはだかった魔物・マンティコアを、その手で倒したばかりである。
勝利に喜ぶ彼女たちが見たものは、その魔物の主・・・謎の剣士リザリアと、二人のダークエルフ。
禍々しい鞘より抜かれた剣には、おそろしく、妖しい光が集められていた。
――抵抗すれば、村人の命はない。
それは、無言の脅迫だった。

(なんて・・・卑怯な・・・ッ)
少女の傍らで、騎士のデューイは、ぎゅっと拳を握りしめた。
・・・こんなにも、心の醜いかれら。
そして――いまこのときに、最良の判断ができない自分。
焦りと苦悩にさいなまれ、デューイは奥歯を強く噛みしめる。

そのとき。

「・・・わかったわ」
聞き慣れた声と同時に、ふわりと、ピンクの髪が波をうった。
「かけらは・・・渡すわ・・・。だから、村の人たちには、絶対に手を出さないで!!」

・・・約束は、守られた。
少女アンシェは、砂漠の村の命とひきかえに――自分の道を失った。

* * *

「アンシェ・・・どうして・・・っ」
彼女の親友・盗賊のルーは、コロナに帰るまで、何度も同じ言葉を繰り返していた。
・・・どうして、と尋ねたところで、答えは自分でもわかっている。
「だって、あそこでかけらを渡さなかったら、村の人たちが大変なことになっちゃってたでしょ?」
優しげな瞳の「当人」は、その答えを、ご丁寧にも毎回答えてみせた。
「私は、間違ったことをしたとは思ってないよ」
そして次の言葉を話すとき、彼女はきまって、明るい笑顔を浮かべるのだ。
「それに、呪いの手がかりだったら、他にもあるかもしれないし・・・ねっ」

アンシェの行いは正しい。
わかってはいるが・・・それでも、納得がいかない。
思いの丈は、すべてルーが表に出してくれたが、デューイも同じ気持ちであった。

(・・・なぜだろう・・・)

彼はそのとき、自分の中に、ひとつの疑問を抱いていた・・・。
多くの人を守る「騎士」という立場の自分が、いままでに感じたことのなかった、この気持ち。

酒場で別れたあと、振り返ったデューイの目に、階段をのぼるアンシェの姿が映った。
何事もなかったかのように・・・いや、まるでこの冒険が「成功」したかのように・・・軽い足取りで、二階へとあがってゆく彼女。
パタンッ・・・と、扉の閉まる音が聞こえると同時に、デューイは思わず、一歩を踏み出していた。

* * *

「アンシェ!?」
部屋に入り、扉を閉めた途端――アンシェはどっと崩れた。
その場にへたりこみ、ぼぅっ・・・と天井を見つめる彼女に、かえるが慌てて寄ってくる。
「どっ・・・どうしたケロ、アンシェ!? しっかりするケローっ!??」
「あ・・・か、かえちゃん・・・。大丈夫だよ・・・。だいじょうぶ・・・・・・」
「・・・どこが大丈夫なんだケロ!? ぜんぜん大丈夫じゃないケロ!!」
このようなやりとりをしていたせいか、二人(一人と一匹)は、後ろで扉が軽く叩かれる音に、気付いていなかった。

中から声は聞こえるものの、ノックに反応がないので、無礼をわびつつ扉を開けたデューイの瞳に、映った光景・・・。
それは、よろよろと力なく立ち上がろうとしている、少女の姿であった。

(――!?)
とっさに駆け寄り、身体を支える。
「アンシェさん!」
片膝をついて呼びかけてくる、聞き慣れた声が、アンシェの心に響いた。
「・・・デューイ・・・」
頬にふれる白銀の鎧の、ひんやりとした金属感が、火照る身体には心地よくさえ感じられて・・・。

アンシェは、こころから安心した。
安心したら、涙があふれた。

涙があふれて・・・・・・気持ちが止まらなくなった。

* * *

自分は、正しいことをした。
いまでも後悔はしていない。
それでも・・・自分の気持ちは、望みは、痛いくらいに正直で・・・。

「もう、どうしたらいいのか、わからない・・・・・・っ!!」

腕のなかで泣きじゃくる少女の髪を、デューイは優しく撫でていた。
自分でもおどろくほどの、それは自然な行動。
――そして、疑問であった、気持ちが解けた。

「私がいます・・・アンシェさん」

そのまま、少女の涙を指で拭いながら、潤んだ瞳を見つめ、続ける。

「私があなたを、守ります。あなたから笑顔を奪うもの、幸せを奪うもの・・・すべてから。守り通してみせます。必ず・・・!」

彼は思う。
いままでの自分なら、こんな気持ちは持たなかっただろう。
自分を捨てて他人を救ったアンシェの決断は、当たり前の行為だと・・・きっと、それだけを、感じていたはずだ。

・・・けれど、今はもう、違う。
新たな感情に、気が付いてしまった。
それは、騎士として、自分勝手な感情であるかもしれない。けれども・・・。

(――あなたを失いたくない。誰よりも、何よりも――)

解呪の方法は、きっとある。
絶対に、諦めない――。

たとえこの身がどうなろうとも、アンシェの願いを叶えよう、と。
デューイは強く心に誓い、少女の身体を抱き寄せた。


〜Fin〜


written by yumi 2001. 3. 5


この話で一番書きたかったところ・・・・・・冒頭の悪人リザリア。(おい(^^;)

貢ぎ物ページ    トップページ