* Dance with *


「・・・パーティー・・・」
それは、日課のごとく通う訓練所での、帰り際の何気ない会話から。
「・・・ですか?」
あまりに不意――それに、本人には口が裂けても言えないが、目の前の『鬼』の発したおよそ似合わぬ言葉を受けて、アンシェは思わず半口をあけて聞き返した。
12月も、一週間を過ぎたころ。
訓練を終え、外に出る時にはすでに星が輝き、寒下の帰路。廊下の途中でヴィルト教官に呼び止められたアンシェは、巻こうとしていたマフラーを、ぶらりと片手にたれ下げたまま、瞳をさらに丸くして相手の顔を見上げた。
「ああ、そうだ。・・・まあ、そんな変な顔をするな」
あ・・・と表情を正したのもつかの間。そういう教官、ご本人だって、どこか視線をずらしたような、微妙な雰囲気を漂わせて話をしているではないか・・・?
「この時季は、そういうのが多いんだ。今度のは俺も出席しないわけにはいかなくてな」
『おまえも社会勉強のつもりでついてこい』――。しかし、そう付け加えたときにはすでに、教官のまなざしはいつもの、有無をいわせぬものに戻っていた。
「その日は、特に予定はありませんけど・・・」
断る理由は特にない。けれども・・・正直な疑問がひとつ。
「・・・・・・でも、私なんかが行って良いんですか?」
――行政地区の、貴族主催のパーティー――に。

「それは心配いらん。俺の連れとしてなら問題はない」
「・・・はぁ」
・・・まあ、教官が問題ないというのなら、問題はないのだろうが・・・。
「じゃ、とにかく七日後だ。忘れるなよ。詳しい時間はまた後日」
気をつけて帰れ、と、ざっとそれだけ言い通して背を向けようとしたヴィルトを、アンシェはあわてて呼び返した。
「ちょっ、ちょっと待ってください教官!!」
「・・・何だ?」
参加に問題がないとしても、アンシェにとっては、もっと大きな問題が残っている。アンシェは途端に伏し目がちに、手にあるマフラーを両手に縮め、あまり言いたくなさそうに声色低く瞳を向けた。
「あの・・・でも私・・・。ドレスとか、そういうの・・・持ってないんですけど・・・・・・」
あの華やかな貴族の集まる場である。
いくら普段の自分にさほど縁のない世界であっても、そこで身につけるべき格好くらいは、容易に想像できる。・・・そして、いまの自分の手持ちでは、どう頑張っても、準備するのが難しいことも・・・・・・。
「そんなことはわかってる」
「・・・はっ?」
教官は、すると顎に手をあて、軽く天井を見上げて。
「おまえ、明日もここで仕事だったな・・・」
「???」
「明日は早めに上がらせるか。・・・いいから、そのへんは心配するな」
少女の恥らう心を知ってから否か・・・。ヴィルトは、ふっと笑みを浮かべて頷いた。


翌日。
昨夜の教官のつぶやきどおり、アンシェは師範代の仕事を早めに終わらせてもらい、その帰りに行政地区のとある施設の門前にて、人を待っていた。
――政務室。
二ヶ月前、盗賊団による誘拐事件の際に、ここの室長の顔面へ重いコブシの一発をお見舞いしたこと・・・。まだ記憶にも手にも新しい。
その行動に対して後悔はしてはいないが、それでもやはり、ここに来るのはあれ以来、どうしても気がひける。
「アンシェさん! お待たせしてごめんなさい!」
けれども、この人を見た瞬間に、その小さな不安感は一気に消え去ったのであった。
「いえ、早めに来ていたんです」
ぺこりとお辞儀をして答える。
見張りが開けた門から手をふり出てくる、政務室長レーナエの姪、ユリア。・・・件の際の、ある意味、同志。
「ヴィルト教官から話は聞いていますよ。さっそく行きましょう!」
朗らかな声に従って、着いたところは、ユリア御用達の服飾店。
年頃も同じく、アンシェと面識もある彼女に、ヴィルトのほうからアンシェの衣装購入の手伝いを頼んでいたのだった。
「教官は、アンシェさんの好きなものを、とおっしゃっていましたよ。アンシェさんはどんなドレスがお好み?」
店内は明るく、それほど広くはないが、清楚で可愛らしいものを好むユリアらしいお店で、貴族の高級店なんてと来るまでドキドキであったアンシェも、いつのまにかユリアと一緒に、あれやこれやと楽しみながら布地をあててもらっていた。

採寸も終え、仕上がりの日時を確認して店を出たアンシェは、出席する当のパーティーについて、ユリアになにげなく尋ねてみたのだが。
「・・・それはたぶん、パートナー同伴が決まりのパーティーなんじゃないかしら?」
「パ・・・!?」
予想だにしない答えがもたらされたため、アンシェは思わず調子はずれな声を返してしまった。
「ええ。パートナーとふたりで出席することを決まりとしているパーティー。ヴィルト教官は、そのパートナーにアンシェさんを選んだのね」
ユリアが、微笑ましいといわんばかりに、ふふっと笑う。

頬がみるみる熱くなった。
もしかして自分は、ものすごく重大な役目を引き受けてしまったのではないだろうか・・・・・・?

胸の高鳴りが最高潮に達したまま、そして、その日はあっという間に訪れた。


* * *


確かにユリアの言っていたとおり。
会場である貴族の屋敷に到着すると、優雅な装いに身をつつんだ男女が、おたがいを伴い、次々と大広間へと入っていく。
アンシェは、その人々の慣れた様子に圧倒され・・・そして、今の自分の状況に、いまだ心中をかき回されながら、まるで遠くを見る目で、ユリアに借りたコートを脱いだ。傍らの”パートナー”の、初めて目にする礼装姿にも、うっとりと心奪われるばかりである。
ふわり、と。
華やかな照明のもと、少女の瞳の色にも似た、みずいろの清楚なドレスが姿をあらわした。
「・・・・・・・・・」
隣で同じく上着を預けていたヴィルト教官が、思わず振り向き、目を開いた。
「馬子にも衣装だな・・・」
袖や胸元に適度にレースをあしらった上品なデザインは、愛らしくも幼すぎない印象で、アンシェのやわらかなピンクの髪にもよく映える。
「ど・・・どうでしょうか? 変・・・ですか」
白い手袋をはめた指を軽く口元にふれつつ、アンシェはおそるおそる尋ねた。『馬子にも衣装』の言葉に憤る余裕は、いまの彼女には皆無である。ヴィルトは笑って答えた。
「よく似合ってる」
そう言うと、片腕を差し出して。「・・・ほら」
きょとんとしているアンシェに向けて、もう一度、小さく微笑う。
「ああしなければ、入れないぞ」
くい、と教官が瞳を投げた先には、それぞれに腕をからませ扉をくぐる賓客たち。アンシェは「あっ・・・」と気付いて、そっと手を伸ばした。スーツごしの逞しい腕に、遠慮がちに指が重なる。

さて。
この屋敷の主、つまり、今回のこのパーティーの主催者は、どうやらヴィルト教官の士官学校時代の恩師だった人のようであった。
静かに隣にくっついて、様々な客たちと挨拶を交わしながら、アンシェは普段見られない教官の穏やかで気品あるふるまいを、さすがという表情で見つめていた。だから自分も、せめて教官にとって恥ずかしい存在にならないようにと、常に笑顔を絶やさず、控えめに、失礼のない応対をと心がけたのである。
そのうちに、張りつめていた緊張もしだいにほぐれ、この華麗な場を楽しむ余裕さえ出てきたかと思われた、ちょうどそのころ――。
広間に、優美なワルツのメロディが響き始めた。

談笑していた貴人たちが、たがいの手を取り合い、ゆっくりと中央へ踊り出ていく。
「わぁ・・・」
話にしか聞いたことのないような、優雅なダンスホールの風景に、アンシェはまさに見惚れたようなまなざしで、うっとりとその空気に酔いしれていた。・・・しかし、次の瞬間。腕の向こうのパートナーが、信じられないことを言い出したのである。
「・・・踊るぞ、アンシェ」
「ええっ――!?」
心のどこかに、『それでも教官は参加はしないだろう』という予想が確実にあった。いや、その予想は、あながちハズレではなかったのかもしれないが・・・・・・主催者である教官の元恩師が、夫人とともにステップを踏みつつ、ホールの真ん中からこちらを手招きしているのだから、もはや観ているだけともいかないらしく。
「ちょ、ちょ、ちょ・・・待ってくださいよ教官っ! 私、ダンスなんて踊れません! 恥、かいちゃいますよ・・・」
アンシェは、前に行こうとするヴィルト教官の腕を、思いっきり引っぱった。それだけは唯一の、心からの抵抗であった。自分の得手不得手は、自分が一番よくわかる。
「・・・・・。それはわからんだろう」
だが、こともあろうに教官は、にやりと笑うと、逆にアンシェの細腕を一瞬にして引き寄せたのである。
「おまえの過去は、ダンスが得意なやつだったのかもしれないぞ。・・・そういうこともあるだろう?」
・・・えっ・・・? そうつぶやいたその瞬間には、ふたりは優美な舞の流れの中にいた。

「俺がリードするから、適当に動きを合わせればいい。心配するな。こう見えても、ダンスの心得くらいはひととおりあるんだぞ。・・・それに・・・」
ヴィルトの優しいまなざしに、さらに力強さが加わっていた。
「おまえの『クセ』も、ちゃんとわかってる」
二曲目が流れ始めた。
前回よりも、少し弾みを増した曲調。
音色を楽しむ余裕はないが、ここまできたらもう、ぐだぐだ言っても仕方がない。

パートナーの高い肩に右手をおき、もう片方の手を相手と重ねた。胸の鼓動が、大きく一度。
重ねた手と、腰を支える教官の左手が、うまく自分の身体を動かしてくれている。瞳を上げれば、見慣れた笑顔。頼もしさと、誰よりも近しく・・・大好きな人。

アンシェは、はにかみながら微笑んだ。
きらびやかなシャンデリアの光と、賓客たちの楽しそうな声が、夢見心地に自らをいざなう。

・・・・・・その後、ゆるやかな曲調に変わった最終曲まで、ふたりは優雅に踊り続けた。

アンシェの不安は、軽やかにつなぐステップとともに、きらめきの中へ溶けて消えた。


* * *


「なかなか楽しんでいたみたいだったな」
華やぎを去り、しんとした冬の星空の下を、ふたりは冒険者宿に向けて歩いていた。
「はい! とても楽しかったです。連れてきて下さってありがとうございました」
毛皮のフードが頭にかかるほど、アンシェは深々とお辞儀をした。
「いや・・・俺のほうこそ、付き合ってもらって感謝している」
そして、にこりと微笑んで。「ダンスもなかなかだったしな」

それを聞いた瞬間、アンシェは、ぱぁっと瞳を輝かせた。
「やっぱり・・・!? やっぱりそう思いますっ?」
今日の初めまでの緊張は、どこへ飛んでいったのやら。少女はうってかわって、ご機嫌に心躍っているようである。
「私も、あんなに平気に踊れるなんて思いもしなかったですよ。教官の言ってたとおり、過去にダンスを踊ったことがあったのかも・・・!」
・・・すると、ヴィルトは少々の間をおいて、こらえきれずに小さくクッと吹き出した。
「ハハハ・・・いや、おまえは完璧にダンス初心者だよ。動きを見ればわかるさ。いつかダンスも特訓だな」
「えーーっ!? だってさっきなかなかだったって言ってたじゃないですかー!!」
「ああ、なかなかだったよ。・・・ま、それも俺のリードの賜物だ」
ぷうっとふくれた少女の顔を、教官はいかにも楽しそうに見つめるのであった。


覚えの早さと、素直な反応。そして何より、挑戦と恐怖を制する潔さ――。
アンシェの『クセ』は、ヴィルト教官が誰より深く理解している。

ダンスは特に、そんな相手とでなければつとまらない。


〜 Fin 〜


ふう、書いた書いた。
金持ちキャラを好きになると、いつもこんなパーティーシーンの妄想をしてしまいます(爆)
あっ、ヴィルト教官は私の中じゃ勝手に金持ち設定ですよ(^0^; でもきっと良い家柄の生まれだと思う・・・そういうのがなんとなく似合う。

『ダンス・ウィズ』というタイトルの割に、ダンスシーンの描写が少ないというアレ〜?な作品でしたが、
ここまで読んで下さった方に心からの感謝をば。 皆様、素敵なクリスマス&年末年始を!



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