放たれた光がおさまると、神秘の水晶はひとつの形を映していた。
「……!!」
東の森の神殿。その最深部――。トレジャーハンターの変身を解いた賢者ラドゥが、視線を水晶球へと留めたまま、驚愕の声を上げる。
「…………なんということじゃ。まさか、これほどとは…………」
「!? わっ! オジャージンってラドゥだったのっ!? ぜんぜん気づかなかった!!」
「もう、リコルってば! ……それどころじゃないでしょ!」
仲間のルーがつっこんだ。たった今ここに自らの運命――つまりは、自分にかかった呪いの正体が映し出されたというのに、当の本人はすっかり違う方向を向いている……。
キラキラとしたリコルの瞳のその先、いまだ二の句を継げずにいたラドゥは、ルーとアルターに気圧されながら、重々しい口をひらいた。
「…………今、この水晶が映し出しているのは、竜の影」
「……!」
「すなわちこれは、リコルにかけられた呪いが、竜によるものだという証なのじゃ」
「……りゅう!? いま、りゅうっていったの!?」
輝く瞳は、賢者を見上げて。それから台上の球を交互に見つめて動いた。……ようやく事の重さを感じたか。その意気を認めて応えるように、賢者はリコルにゆっくりと説く。
「そうじゃ。この世で最も強力な呪い……それが、竜の呪いじゃ。竜の呪いは、強い解呪の魔法や薬を使用しても、解くことはできん。呪いを解くには、呪いをかけた本人に解呪してもらうか、その者を倒すしかない」
自分の声が徐々に低くなるのがわかる。この少年にとっての、大きすぎる運命。ラドゥは続けた。
「リコルよ、とにかく竜に会うのじゃ。それが、おまえにかけられた呪いの正体を解く鍵と――」
「りゅう……って、『しんりゅう』のりゅう!?」
「……!? うん……? あ、ああ、そうじゃな……」
……そういう竜もおる……と、思わず引いた口調でラドゥは答えた。
それを聞いて、リコルは。
「ほんと!? やった! じゃあ、急いでレラに伝えなきゃ!!」
「「……レラッ!?」」
今度は、ルーとアルターが同時に声を飛ばしていた。少年は、そんな仲間ふたりを振り返って、満面の笑みで見上げると、
「ねえ、はやく帰ろう! ルー、アルター。ラドゥも!」
そのまま、水晶の間の扉を抜けて駆け出していったのだった。
* * *
研究所長の印の押された書類が戻ってきた。レラは小さく息を吐く。
先日……神竜に関わる場所であると自信をもって……調査におもむいた遺跡も、結局はずれに終わってしまった。
研究調査に出た以上、報告書は上げねばならない。『はずれ』の結果が、所長のオーウェンのもとに触れた。自分にとって、不利な要素が確実に増えてしまったことになる……。
「あ、レラ!! 帰ってきてた!」
不意に響いた声に、レラははっと顔を上げた。階段口に、少年の姿。
「……リコル」
「レラに教えたいことがあって、帰ってくるのまってたんだよ! さっきルーから『レラがもう帰ってる』ってきいて」
「…………。教えたいこと?」
レラは眉をひそめた。
……この、見た目以上に幼い少年から、今の自分がいったい何を教わることがあるというのか。
しかもこの少年・リコルは、謎の呪いで、自らの記憶や過去さえなくしているのだ――。
「あのね、あのねっ……水晶玉に、りゅうがうつったの!」
「――えっ」
「このまえ、ラドゥやみんなと森のしんでんに行ってきたの。ぼくののろいの正体がわかるかも……って。そこで、ふしぎな水晶の玉を見あげて……、そしたら…………」
気づけばレラは、身を乗り出すような思いでリコルの話を聞いていた。この少年は、いつの間にか、そんな大事な冒険に行っていたのか。
リコルはくりかえした。
「水晶玉に、りゅうがうつったの!」
「…………その『竜』は…………」
ささやくような、吐息まじりの声でレラは訊ねた。それから、はっと気づいてリコルを見る。
「しんりゅう」
(!!)
「……のりゅうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないんだって」
「………………」
一瞬の高揚と、落胆。激しい心の上下が熱となって伝わる。動揺している。なんとか平静を保とうと言葉を選ぶ。
「そう……」
眼下の少年は、あどけなく清んだ瞳で自分を見上げている。
「それを教えにきたのね、あなたは」
「うん!」
「神竜のほかにも、竜と呼ばれる存在はいる……。ただ、そのどれもが、強大な存在であることだけは確かよ」
リコルの顔が、きょとんと傾き始めていた。レラは続けた。
「そんな大きな存在が、あなたの呪いに関わっていたなんて……。森の賢者は、それで何と言っていたの? 竜にかけられた呪いを解くためには、どうすればいいと……?」
リコルは、目をぱちくりさせながらレラを見つめた。
さっきまでのらんらん輝く表情からはみるみる一変。
「……え、えっと……? ラドゥが……いってたこと〜…………」
やがて、視線がふわふわと宙を舞い、
「わ、わすれちゃった」
レラの予感は的中した。
「…………あなた……自分の人生のことなのよ。もっとしっかり考えなさい」
「うん。わかった。……今からラドゥにききにいってくる!」
そう言うと、少年・リコルは、くるりと背を向け研究所をあとにしていった。
胸中はまだ静まりきってはいなかった。
あの少年が、まさか竜と関わりのある過去の持ち主だったとは。まだ確定するには至らないけれども、信じられる話ではあるだろう。
――そして、リコルに関わるその『竜』が、『神竜』である可能性――。
「…………そういえば、お礼を言うのを忘れたわね」
レラはつぶやいた。自分のことよりもまず他人……竜の話を、真っ先に伝えようと考えたリコルのそんな優しさも、レラはもちろん理解していた。 |