◇ クラフト・タイム ◇



「かわいい!!」
とは、アンジェの第一声。
遊びにきたルーの部屋で迎えてくれた、彼女の愛猫ルビィ・・・の、首もと。
「でしょ? あたしもかなりお気に入り」
自分で言うのもなんだけどさ、なんて言いながら、一歩うしろで扉を閉めるルーもまんざらではない様子。

真っ白な毛並みに映える、赤が基調のリボンチョーカー。
チェック模様の、そのちょうど喉元には、金貨の形の小さな飾りがつけられていて、動くごとにきらりと揺れる。
「うん、ルーんちのネコって感じだね!」
甘えてすりよるルビィをなでて、アンジェは金貨につんつんと触れる。

他にも、清楚なパールビーズを加えたネックレスや、ルビィの名を縫いこんだチョーカーなど・・・
盗賊の仕事と実家の酒場で毎日忙しいルーではあるが、最近は暇を見つけては、ルビィ専用のアクセサリーを作るのに凝っているのだという。
お茶をしながら、次々と出てくるというルーの豊富なアイデアを、アンジェは楽しく聞かせてもらう。

「実はさ。それで、ちょっといっぱい『依頼』あずかっちゃって」
「・・・依頼?」
アンジェはカップを口から離して聞き返した。そして、静かにテーブルに置く。
ルーは、そんな正面の少女をニッと見つめた。
「そ。で・・・今日はアンジェに手伝ってほしいんだ」

◇ ◆ ◇

「アッシュ、ここ全部借りるよ!」
場所は変わって、盗賊ギルド。
言うや否や、ルーは部屋の中央のテーブルに、持ってきた袋の中身を片っ端から広げはじめた。
「なんだいルーちゃん、今日もルビィのアクセサリー作りかい?」
・・・それにしては、今日はいくぶん『材料』が多すぎる・・・?
カウンターからわずかに身をのりだして見るアッシュよろしく、ルーについてきたアンジェはまた違った「?」顔を浮かべている。
「ルー、ここでやるの?」
首をかしげてたずねるアンジェに、ルーは答えて椅子をすすめた。
「そうだよ。やっぱ細かい作業に集中するには、ココが一番」
それに、家で作ろうと材料を広げると、当のルビィが遊んでしまって大変なのである。
さきほど見せてもらったネックレスやチョーカーも、ほとんどこの盗賊ギルドに来て作ったものなのだそうだ。

とはいっても、ルーが今日作ろうとしているものは、実はルビィのものではない。

――近所のコたちにルビィ見せたらさ、みんな『わたしも、わたしも!』って言い出しちゃって。
盗賊ギルドへ歩きながら、ルーは笑っていきさつを話した。
酒場の近所の小さな女の子たちに、自慢のアクセサリーを装ったルビィをお披露目したところ、たちまち『カワイイ』の大合唱――。そして目を輝かす彼女たちの『依頼』、すなわち発注をうけたまわった、ということなのである。

「子どもたちと一緒に作ろうか、とも思ったんだけどね。まずは1コずつ、プレゼントしてあげることにしたんだ」
テーブルの上に重ねられたスケッチ画には、ルーがあらかじめ考えてきた、アクセサリーの簡単なデザイン。
お手伝いのアンジェは、そのデザイン画に従って、材料のビーズなどを分けていく。
「そっか。一緒に作るとしたら、小さい子たちがここにいっぱい・・・」
言いながら、アンジェが小さく吹き出した。
「あはは、なんかすごそうー」
「・・・だよね。お宝とか、刃物もあるしさ。それでなくてもテーブル占領してんのに、いいかげんアッシュに怒られそうじゃん?」
素早い手つきで、すでにひとつめの製作を開始しているルーが、「ねー、アッシュ?」と振り返る。
「まあな」
・・・アッシュの答えは、いたずらっぽく一言。
ただその顔に特に不快なところがないあたり、”スラムのアイドル”ルーがいるだけで弾んでいるギルドの常連男たちのココロを、責任者殿はよくわかっているらしく。

◇ ◆ ◇

「えっ! これ宝石のビーズなの!?」
アンジェの手には、形がまばらで、透明がかった黄緑色の粒。
「そっ。ペリドットっていうんだよ。あとは・・・これなんかもそう」
別のところに広げていた、橙色にも近い黄色の透明な粒をルーは手にとって、
「こっちはシトリン。ダナんとこで宝石のさざれが余ってるって言うから、安く譲ってもらっちゃったんだ」
「へぇ・・・」
「ワイヤー通せるように加工してもらって・・・ダナは『ただで持ってっていい』みたいなこと言ってたんだけど、さすがに悪いよねー」
スラムの宝石店・ダナの店には、ルーたち盗賊が冒険で手に入れてきた鉱物や宝石の類を、ギルドを通じて譲り渡すことも多く、ルーはダナとも面識が深いのであった。
「さざれはちょっと角があるから、ルビィのには使えないんだけど、人間用ならぜんぜんオッケイ」
「小さくても本当の宝石だと思うと、豪華な感じするね」
「そうそう、やっぱりー?」

・・・さて、材料の仕分けを終えたアンジェは、続けてビーズ通しを手伝っていた。
途中までルーが作ったアクセサリーへ、単純な配列で大玉ビーズを通していったり、すでに完成したものとほぼ同形の、色違いのブレスレットを一から挑戦したりしていた。
「・・・うん、いいカンジで進んでるよ。やっぱアンジェに頼んで正解!」
ルーは進行具合に満足げである。
「アンジェはハープとか弾けるし、絶対に手先器用だと思ったんだよね」
ほめられているのを単純に喜びながらも、当のアンジェは、色とりどりのビーズたちと必死に格闘している。
「あ・・・あれ? あと三つ入らなくなっちゃった・・・」
「ちょっと待って。・・・・・・あっ、こことここ。ダブり発見」
「ほんとだ!」
この具合でも、ひとつひとつ。手作りアクセサリーが、着々とテーブル上に並べられていく。

そんな矢先――。
出来上がったネックレスを見つめて、ルーが「うーん」と唸って手を止めた。

「どうしたの?」
アンジェが不思議そうに目を上げる。
見たところ、もう完成。特におかしなところも無いようなのだが。
「・・・・・・なんっか・・・足りないと思わない?」と、ルーの意見。
ピンク色の細い布ひもをチョーカーに近い長さで使い、喉元にあたる部分へ、グラデーションを作るように赤系の管型ビーズを通している。
色自体が可愛らしいので、形はシンプルを目指してみたそうなのだが・・・足りないと言われてみれば、そんな気も・・・・・・。
「トップかなぁー・・・。うん、何か作ってトップにつけよう! ・・・っで、何がいい?」
「えっっ!?」
突然ふられて、アンジェは目を丸くした。
「え、えっと・・・そこにつけるの?」
「うん! ビーズも余るから、何か簡単なの作ってつけてあげたいんだけど・・・アンジェ、何かない?」
それからルーは、「何か好きな形・・・」と続けた。
・・・好きなかたち・・・。
・・・好きなもの・・・。

「・・・・・・音符、とか」
アンジェの頭に、するりと浮かんだ。

「音符かぁ!」
ルーは、ぱんっと両手をあわせた。
「うんうん・・・あ、それいただき!!」
思わず案をつぶやいてしまったアンジェも、ルーの言葉に顔が明るくなる。
スケッチの余白に、アンジェがいくつかの音符や記号などを書いて、デザインを決定。ルーが手早く作成にとりかかると、やがて、ちょこんと小さなペンダントトップが姿を現した。

◇ ◆ ◇

「あたし、コレ気に入っちゃったかも・・・!」
「それ? ト音記号?」
「ん! かわいーよねぇ」

ところで、ふたりの作業が始まってから、ギルドの部屋のすみや、階段のほうに追いやられていた(?)元いた盗賊数人は、なかなかその場を出て行こうとしないのであった。
「なんかいいよなー・・・」
今まで黙々とアクセサリーを作っていたルーだったが(それはそれで彼らにとっては魅力的なのだろうが)、今日はアンジェもいることで、ふたりの会話や空間は、いつのまにか”若い娘”の雰囲気でいっぱいになっており・・・・・・。

「よぉし、自分用に作ろう。アンジェ、おそろいにしようよ!」
「おそろい? ・・・うんっ!」

どこかしあわせそうな男たちをよそに、明るくてちょっと甘い彩りが、盗賊ギルドに弾んでいたのだった。



◎ おわり ◎


written by yumi 2004. 7. 8


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