かえるくんの恋



「それじゃ、レティル。今日はありがとう!」
ドアノブに手をかけながら、アンジェは振り向いて言いました。
その片方の腕に、いつもよりも少し愛おしげに抱えているのは、彼女自身の愛用剣。
「ええ。これでまた、いつ新しい冒険に出ることになっても大丈夫ね」
にこりと優しく微笑み返したレティルが、隣のドアに戻っていく、ピンクの髪を見送ります。
おだやかな午後のひととき。アンジェはレティルと一緒に、部屋で剣みがきをしていたのでした。

「ただいま、かえちゃん! ほら、これ見て見て!」
自分の部屋に入ったとたん、窓際に駆け寄りながら、なんとも誇らしげに剣の鞘を抜くアンジェ。
ちゃんとドアを閉めたあとだから良かったですが、他から見たら、ちょっと危ない光景です。
・・・と。本来ならここで、そのようなツッコミが、すぐに前方からくるはずなのですが。
「・・・・・・」
「・・・かえちゃん?」
返らずの反応に、アンジェは不安げに呼び返しました。
磨きたて、きらりと輝く自慢の剣を、仕方なくそのまま鞘に収めます。
「かえちゃん!!」
「えっ!?」
開けっ放しの窓から、びゅうと冷たい風が同時に入りこみました。
「・・・あ、アンジェ!? おお、お帰りケロ!! ・・・わっ!?」
――ぽすっ。
あわてて振り向いた拍子に、その小さな体が窓枠からポトリ。
両手のひらでキャッチされたルームメイトのこの様子は・・・ただ事ではありません。

* * *

翌日。
広場を通りかかったアンジェは、ふと思い立って、辺りの建物に目を留めました。
そして、それらの隙間を覗いたり、壁に備え付けられた配水管に、耳を当てたりしてみます。
・・・なにか思い入れのある本人にとっては、とても真剣な行動なのでしょうが・・・周りからすれば、やはり尋常ではない姿です。
「・・・アンジェ? ・・・何をなさっているのですか・・・?」
それが見知った友人であるなら、なおさら。
「あっ・・・カリン」
澄んだエメラルドの瞳を、さらに大きく開かせて、小柄な少女がアンジェを見つめていました。

『・・・金と銀の瞳・・・。神秘的なかんじの・・・とてもステキなかえるだったケロ〜・・・』
まるで遠くを見つめて、夢見るような表情で、かえるはアンジェに言いました。昨日のことです。
聞けば、このアンジェの同居人のかえるが、いつものように街を散歩していたとき、コロナの街では初めて会う見知らぬかえるから、広場への道を聞かれたのだとか。
・・・いえ。厳密には「広場への」ではなく、「この街の名所は?」などと聞かれ・・・パッと浮かんだ「広場への道」を答えたそうなのですが・・・。
「あああ〜っ! どうせなら、一緒に付いて案内すれば良かったんだケロ!! ぼくのバカ〜っ!!」
とにかく、美人なかえるだったようです。
美しく神秘なその雰囲気に圧倒され、しどろもどろに道を教えるのが精一杯だったかえるくんは、今になって、その『逃したさかな』を、思いっきり後悔していたのでした。

「それで、アンジェもそのかえるさんを探して・・・?」
噴水の縁に並んで座り、カリンはアンジェを見上げました。
「うん・・・。かえちゃんは『もういい』って言ってたんだけど・・・やっぱり気になっちゃって・・・」
お節介かなぁ・・・と、少々困って首を傾げるアンジェを見ながら、カリンは小さく微笑みます。
「でしたらアンジェ。そのかえるさんを探す・・・ビラを作ってみたらいかがでしょう」
「・・・ビラ?」
「ええ、お探しのかえるさんの、特徴などを書いた紙です。ほら、時々いなくなったペットを探している方が、張り紙などをしているでしょう?」
・・・なるほど。そうすれば、誰かそのかえるを見かけた人が、情報をくれるかもしれません!
そして数刻後。アンジェとカリンは、とある場所へと向かっていました。

* * *

「あっれ〜!? アンジェ・・・とカリンだ! めっずらし〜!」
やって来たのは、スラムの酒場。
出迎え第一声は、『3時のおやつ』でパフェをつつくリュッタです。
それから、奥の厨房で父親のマノンの食材仕込みを手伝っていたルーが、顔を出してくれました。
「あっ、アンジェにカリン! いらっしゃいー!」
といっても、お店はまだ準備中。
ルーは二人から、ここまでのいきさつを聞きました。

スラムの酒場の二階にある、ルーの部屋――。
集まったアンジェたち4人は、テーブルの上に紙を広げて、あれやこれやと思案中。
そのうちに、ルーがペンを握って、さらさらと『決定事項』を描き始めます。
「っと・・・、どっちが金色で、どっちが・・・」
「確か・・・右目が金で、左目が銀」
「オッケー!」
酒場のメニューも手書きするルーにとって、ちらし作りなどお手のものです。
<かえるを探しています>の見出しとともに、金銀の瞳の、可愛らしいかえるのイラスト。そして、冒険者宿にいるアンジェへの連絡先。
「良いですね。これなら一目で、かえるさんの特徴が伝わります」
「えへへ。でしょ。わかりやすいのが一番だもんね!」
「よぉーし! おいらもがんばってかくぞー!!」
そのうちに、酒場の営業時間がきてしまったので、ルーはひとまずお店のほうへ。
アンジェとカリン、リュッタは、ルーの作った見本を参考にして、時間の許す限り、たくさんの捜索ビラを作っていきました。

「・・・では、アンジェ。広場のほうでは、私がお配りしておきますね」
「こっち(スラム)のほうは、あたしに任せといて。アンジェんとこのかえるくんには、ルビィの時にもお世話になってるしね! 絶対見つけてあげようね!」
「おいらは、えっと〜・・・ミーユでしょ〜・・・それからダルトンさんとこにも、もっていこーっと!」
これで、貴族地区にまで情報が届きそうです。
友人たちのあたたかな気持ちのこもったお手製ビラを、胸にしっかりと抱えて、アンジェは心から礼を述べました。

* * *

マスターの了解を得て、冒険者酒場の壁にもさっそく貼られた『捜索願い』。
「お? 新しい依頼でも入ったか!?」
後ろから興味津々でのぞきこむアルターに、くるりと振り向いたアンジェが、びしっとイラストを指さし答えます。
「うんっ、見つけたら教えてね! 特徴はこの、金銀の瞳!」

次の日は早起きして、まず魔法学院へ。
「かえる・・・って、アンジェの部屋にいるあいつ?」
「ううん、そうじゃなくて」
授業が始まる前、朝練にいそしんでいたマーロにも、詳しい事情を話します。
「ふーん、そういうことか。・・・いいよ、あとで学院の掲示板にも貼っておいてやるよ」

それから、学術地区の人が集まる施設にも、何枚かビラを配ってお願いして、午後は手伝いを頼まれていた研究所のレラのもとを訪れます。
たまった研究書類を、整理して綴じ込み、ようやく一ヶ所にまとめたところで、ひと休み。・・・と、そのとき、研究所の入口に、見慣れた人影が現れました。
「お邪魔します、姉さん。あ、それにアンジェさん。こんにちは。・・・はは、どうりで書類の山が綺麗に片づいて・・・」
「あら、デューイ。一人前に嫌味を言いに来たのかしら?」
「・・・違いますよ・・・。ほら、この間借りた本を返しにきたんだ」
ちょうどよく、ここでレラの研究の手にも一段落がついたようだったので、アンジェは素早く持参したビラを取り出しました。
「・・・・・・金と銀の瞳? 珍しいタイプね。突然変異かしら、・・・それとも環境変異ということも考えられるわね」
「わかりました。訓練所の皆にも話しておきますよ」
そろそろ、陽の落ちる時間になってきました。

「なるほど、そういうことですか。では・・・」
こちらへどうぞ、と、すぐにビラを貼る場所を用意してくれたのは、神殿のシェリクです。
入口の掲示板に貼られた、催し物などのお知らせを少しずつずらして、アンジェが貼れるスペースをつくってくれました。
「かえるさんたちに、再びめぐり会いの機会が訪れるよう・・・お祈りしています」

外はすっかり暗くなっていました。
帰り際に、アンジェはもう一軒寄って、顔を出します。
「ん? アンジェか。もうそろそろ店は閉めるぞ」
鍛冶屋のロッドに、かえるの事を頼みながら、そういえば、おととい磨いたピカピカの剣を持ってきて見せたかったなぁ・・・と、アンジェは少し思ったのでした。

* * *

「まぁ、かえるくんが一目惚れ? ふふっ、可愛いわね」
にこやかに微笑むユーンにも、協力をお願いして、
「へぇ・・・不思議なかえるがいるんだね。ぼくも会ってみたいなぁ」
ラケルは、森の動物たちにも話しておくよと、約束してくれました。

それから、数日――。

ここ最近、街で姿を見かけなかったミーユが、なんと、アンジェに最有力な情報をもって、酒場にやって来てくれたのです!
彼は言いました。
「そのかえるなら、ラドゥのところで見ましたよ。私と目が合うと、すぐに姿を隠してしまったのですが・・・確かに、金色と銀色の、美しい瞳をしていましたね・・・」

アンジェは走りました。
・・・と。「アンジェ・・・アンジェ!」
あと少しでラドゥの神殿――というところで、腰の袋に入ったかえるくんが、焦ったように彼女を呼び止めたのです。

「・・・・・・。かえちゃん・・・?」
かえるくんは、迷っていました。
一目惚れは確かです。もう一度、会いたいと願いました。アンジェたちの作ってくれた、あのかえるのイラストを見ただけで、胸がとても高鳴るのです。
・・・でも・・・。
「・・・会うのが・・・怖い?」
(――!)
そんなかえるくんの心情さえ、アンジェには察することができました。
そう・・・。今までに見たこともない、美しいかえる。ステキなかえる。
会いたい・・・でも、再び出会ったところで、ちゃんと話すことができるのか・・・。
「・・・無理して話そうとしなくてもいいよ? その子を見つけたら、そこからそーっと覗くだけでも・・・ね」
――さすがに、心の通ったルームメイト。
その心に、やはり、かえるくんは応えたいと思いました。
「ありがとう、アンジェ。ぼく・・・頑張ってみるケロ」
そして、ふたりは森の奥に着きました。

「はぁっ・・・はぁっ・・・」
息を切らしつつも、アンジェは辺りを見渡します。
(・・・やっぱり・・・もういない・・・!?)
ミーユがかえるをいつ目撃したのかを、うっかり聞いていなかったのですが、それがたとえ今日のことであったとしても・・・そのかえるが、いつまでも同じ場所にとどまっているとは、考えにくいことです・・・。
突然の、しかもなぜか『かえる付き』の訪問者に、いささか呆れた表情のラドゥ。
そのラドゥは、ようやく息の落ち着いたアンジェに事情を聞くと、「ふむ・・・」とうなずいて、次にかえるくんをアンジェの手のひらに乗せるよう言いました。
そして、かえるくんの頭に自らの手を触れ、数秒・・・・・・それから、その手を今度は杖の宝玉にのせて、なにやら呪文を呟きます。

ぼぅっ・・・と、宝玉に一瞬の光が灯りました。
「そのかえるなら、今、街の東の丘におるぞ」
「――えっ!?」
「記憶を探り、姿を見、その者の現在の居場所を察知したのじゃ。このぐらいの近い距離であれば、容易なこと。・・・じゃが、急いだほうがよいかもしれんな」
この賢者の偉大さを、あらためて実感したアンジェでしたが、ゆっくりと礼を言っている時間は、なにやら無いようです。
「そのかえる・・・どうやら、そのまま街を出ていこうとしているようじゃぞ」
かえるくんとアンジェが、同時に顔を見合わせました。
偉大な賢者は、その粋な魔力を再び発揮して、ふたりを東の丘へと転送しました。

* * *

その後。

コロナの街には、協力のお礼と、結果報告を兼ねて、仲間たちのもとに託したお手製ビラを回収してまわる、アンジェの姿がありました。

かえるくんが恋い焦がれた、金銀の瞳のかえる。
美しい『彼女』は、かえるくんのことを覚えていました。そして、道を教えてくれたことへの礼を述べると、それから、こう続けました。
「――ワタシは、この瞳で世界中を見て回る、旅がえる。もう、次の街に行かなければならないケロ。ひとつの街にとどまることは・・・できないんだケロ」
そして、それでも、自分のことを思ってくれるというのなら・・・。
このまま、ともに旅立とう――と。

「ただいまー! はい、かえちゃん。これで全部かな」
「おかえりケロ! うわぁ・・・ホントに、たくさん作ってくれてたんだケロねー・・・!」

かえるのイラストたちは、今やこの部屋のふたりの、大切な宝物です。

その金銀の瞳を、また夢見心地に、かつ満足そうに見つめて想いを馳せるかえるくんを見ながら、アンジェは優しく微笑んだのでした。


☆ おわり ☆


かえるの見つかり方が、あっけない・・・(^^;;;
ビラ配りのシーン苦しいヨ(涙)。(でもココは書いていて楽しかったけど!)

written by yumi 2001. 10. 15

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