4月のある日



あいつと出会った頃のことを話せって・・・!?
なんだよ、いきなり!!

・・・・・・・・・。

・・・まぁ、いいか。

別に悪い想い出ってわけじゃないしな。むしろ良い・・・。
・・・なんでもない。

それじゃ、手短に話すからな。
あれはあいつが、アンジェがコロナに来たばかりの頃だ・・・。

* * *

あいつ、酒場のマスターにキノコを採ってくるように頼まれて、レーシィ山に向かったんだよ。一人で。
・・・ったく、あの山にだって厄介な魔物がいるってのに。
だから、おれはあの熱血バ・・・アルターと共に、すぐに後を追ったんだ。

けど、一歩遅かった。アンジェは魔物の攻撃を受けちまってた。
おれたちが駆け寄って、魔物の野郎はすぐに追い払ったものの・・・アンジェはぐったりとして、気を失ってて・・・。

いま思えば、すごく痛々しかったな。
まぁ、あの頃のおれは、その・・・妙に冷静だったというか・・・とりあえずそのまま、傷ついたあいつを診療所に運んだ。

アンジェはその夜、酒場に戻ってきたんだけど、右腕と頬に包帯とガーゼがしてあった。地面に落ちたとき、強く打ちつけてしまったらしい。

とにかく、アンジェの無事を確認したおれたちは、その日は帰ることにしたんだ。
「これから冒険に行くときは、おれたちに声をかけろよな」って、そう残して――。

・・・それから、2、3日後のこと・・・。

* * *

教室で本を読んでたおれは、ふと、窓の外に目をやった。
そしたら・・・、通りの木陰に、ピンク色の髪・・・アンジェの姿があるのに気付いたんだ!

・・・そういえば、これはあとから聞いたんだけど、あの魔物にやられてから、アンジェはずっと部屋にこもりっきりだったらしいよ。
たった一匹に、しかも一撃でやられたことが、相当ショックだったんだってさ。

今のアンジェを見てれば、そう思うのもわかる気もするけどな・・・。
――っと。話がそれた。

授業が終わって、別に用事もなかったし、話でもあるんなら付き合ってやってもいいか・・・と思って、おれは黙ってそのまま待ってたんだけど・・・。
あいつ、なかなか入って来ないんだよ。
こっちのほうを、さっきから何度もちらちらと見てるのに。

だから――。

「・・・・・・っ! アンジェ!!」

・・・結局、おれのほうがあいつを呼んじまったよ・・・。
まったく、学院の窓から大声出すなんて、初めてだ。

「そんなとこにいないで・・・入れよ! 授業、終わったから・・・」

いつまでも、通りと二階で話してるわけにもいかないだろ!?
そしてアンジェは、まだ包帯のとれていない右腕を軽くおさえながら、おれのいる教室にやってきた。

* * *

「・・・あの・・・この前はありがとう」

学院の雰囲気に緊張してるのか、振り絞るような声でアンジェは言った。

「礼ならいいよ。もう聞いたし。・・・で、ケガのほうは?」

おれだって・・・自分からアンジェを呼ぶつもりなんて、なかったから・・・。

「少しは、良くなったのか?」・・・なんだか上手く目を合わせられない・・・。

「あっ、け、ケガ!? ・・・うん。ほらっ、もうそろそろ包帯もとれるって」

言いながら、アンジェは右腕をこちらに見せた。
確かに――包帯はもう、薄く巻いてあるだけみたいだ。おれは安心した。

と・・・。

「・・・・・・?」

目の前であいつが怪訝そうな顔をしているのに、ハッと気付いて、おれはまた目をそらした。

えっ・・・? み、見惚れてたわけじゃないっ!!
あいつの、右腕の他にも良くなったところがあるなって、ちょっと気が付いただけだ!

・・・だけど。それを口に出すのはやめた。
別にわざわざ言うことじゃないと思ってたし、それに――。

おれはちらりと、アンジェのさらに後ろを見た。

バカみたいにつるんでる三人組。おれと同じ講義を受けている奴らだ。
さっき帰ったと思ったのに、また戻ってきやがった・・・。
コソコソ話してるけど、あからさまにこっちを意識してる。わからないとでも思ってんのか!?

「・・・帰ろうぜ。教室がうるさくなったからな」

おれのその言葉に、アンジェが一瞬「えっ・・・」と気まずそうな顔をしたから、

「違うよ。あんたのことじゃない。・・・ほら」

と続けて、一緒に来るよう促した。

バカどもを無視して、そのまま教室を出ようと扉を開けかけた、その時――。

奴らの声に、おれはこの足を止めざるを得なくなった。

* * *

背後にわき出す、低い陰口。

「マーロのやつ、いつも一人でいるクセにな・・・」

いや、わざと聞こえるように言ってるんだ。・・・もはや陰口とはいわないな。

「へ〜え。女とは仲良くするんだァ〜」

――ちっ。

「ちょっと出来がいいからって、カッコつけやがって!」

・・・アホか!!
おれは振り返って、奴らに炎をお見舞いしてやろうとした。
・・・・・・けど。そのとき・・・。

「・・・。かっこよかったんだろうね・・・」

・・・・・・アンジェが・・・・・・。

「私は、気絶してたから見られなかったけど、きっと・・・」

こんなふうに・・・しかもこの状況で、喋るなんて・・・。

「あの魔物が逃げちゃうくらいだもの・・・。マーロの魔法は、すっごく強いんだと思う。本当に、助けてくれてありがとう、マーロ!!」

そして、にこりと笑った。

同時に揺れたピンクの髪に、おれの手のひらへと集まってた魔力が、一瞬にして消え去っちまったよ。
・・・え? 今度こそ見惚れてたって?
・・・・・・そう思いたいなら、思えばいいだろっ!

で、あのバカどもはというと――。

「・・・・・・。くそっ!!」

一瞬前までニヤついてたんだろう顔を、みるみる不機嫌にして、しまいにはおれたちを押しのけ、そそくさ教室を出て行ってしまった。
・・・・・・おれが陰口側だったら、そこでさらに突っ込むところけどな・・・・・・。
ま、あいつらの脳みそじゃ無理な話か。というより、あいつら一体何しに来たんだ!?

・・・それはともかく。

学院内で、おれは騒動を起こさずにすんだ。――アンジェのおかげで。

* * *

あいつにはさ、そうやって・・・さり気なく空気を変えるチカラがあるんだよ。
そういうとこ、やっぱりかなわないなぁって思う。おれには、真似できない。

ああ、それから帰り道。
アンジェを送って、宿の前で・・・おれ、言ったよ。

「・・・と、その・・・顔のキズ。キレイに消えてる。・・・良かったな」

――言うつもりはなかったけど、気が変わったんだ――。

アンジェは、初めてコロナに来たときのような、元通りの綺麗な頬に片手をあてると、「うん・・・!」って微笑みながら、うなずいた。

・・・・・・・・・。

こんなところかな。

あいつも買い物終わったみたいだし、おれももう行かなきゃ。

・・・あんた、旅人?

この辺りは結構モンスターが多いから、気を付けろよな。それじゃ!


〜おわり〜


「キズが消えるの早すぎでわ・・・」というのは黙ってて頂きたいのでござる(^^;

written by yumi 2001. 7. 29

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