地獄の逃避行/Badlands(1973年) テレンス・マリック監督 
制作 エドワード・R・プレスマン(「ファントム・オブ・パラダイ
ス」「Uボート」)
制作・脚本・監督 テレンス・マリック(「天国の日々」「シン・
レッド・ライン)
出演 マーティン・シーン シシー・スペイセク ウォーレン・
オーツ
 
 私にとっては深夜のTVでオンエアされた吹替版がすべて
である。カットされ、超訳された“もうひとつの『地獄の逃避
行』ではあったけど、テレンス・マリックの想いをいちばん伝
えていたのは、この日本語吹替版だったと思う。戸田奈津子
訳の字幕版VTRも悪くはないが、やはりこの吹替版である。
今でもときどき、ぼろぼろの紙ケースに入ったベータのテー
プ(ハイグレード!)を出してみる。1980年春のオンエアだっ
た。この年の頭に『地獄の黙示録』(79)が公開され、その
主役であるマーティン・シーンが出ているというのでこんなタ
イトルがついた。本編を観れば、主人公ふたりの旅が「地獄
〜」なんてものではなかったことがわかるだろう
 1950年代末、サウス・ダコタの田舎町で出会ったキット
(シーン)とホーリー(シシー・スペイセク)は、ホーリーの父
(ウォーレン・オーツ!)に交際を反対され、彼を殺して逃避
行の旅に出る。途中、何人もの人を殺めるが、それはどちら
かといえば偶発的な出来事であり、マリックは物語を若いふ
たり(キット:25歳、ホーリー:15歳)の冒険譚として描いて
いく。森の奥深くに隠れ家をつくり、木の上で暮らすふたり。
その姿は逃亡者というよりも、秘密基地での生活を楽しむ子
供そのもので、インサートされる森の動物たちや、大いなる
自然の描写もあいまって(そしてサティをはじめとする抜群の
選曲と手伝って)、私たちの心を揺さぶる。やがて彼らは追
跡者たちによって森を追われ、サウスダコタ→モンタナ、そし
て、さらに北のカナダ国境を目指すのだが、そこで映し出さ
れる圧倒的なアメリカの原風景に絶句させられる。偉大な
までに大きく、荘厳で、荒々しく、孤独でけれども、小さな生
きものたちの命にあふれた世界。そんな風景の中をキットた
ちの車は走る。
 ある日、彼らは地平線をゆらゆらと揺れながら進む列車を
見る。「明日はあそこまで行こう」。
 けれども、それが旅の終わり。線路を越えたとき、ふたりに
ついてまわっていたツキは落ちる。最後の夜、彼らはカー・ラ
ジオから流れてくるナット・キング・コールの「A BLOSSOM
 FELL」で踊った。「こんな歌が歌えたら。今の気持ちを歌に
して歌うことができたら…」(キット)。ホーリーのこんなモノロ
ーグが被る。「私たちはヘッドライトの光の中で踊りました。
私の心は泣いているみたいでした」。
 そしてふたりの逃避行は終わりを告げる。逮捕され、軍の
基地で再開したホーリーにキットはいう。「きみを待ってる男
はたくさんいるんだ」。罪は全部自分が被る。きみは人質だ
ったと証言しろと。「きみを待ってる男はたくさんいる」。もち
ろん超訳である。が、なんと映画的な台詞であることか。
 この物語にはモデルがある。1958年の[スタークェザー=
フューゲート事件]がそれで、当時19歳のチャールズ・スター
クェザーと、14歳のカリル・フューゲートはワイオミングから
ネブラスカを移動しながら延べ10人もの人間を殺した。映画
と同じく、スタークェザーは罪を被って死刑となったが、事件
そのものの映画化というよりも、マリックがこの事件にインス
パイアされて、『地獄の逃避行』をつくったと考えたほうが正
しいだろう。
 『地獄の逃避行』は興行的に成功はしなかったが、アメリカ
でもたくさんの人々に影響を残した。ブルース・スプリングス
ティーンは、「ネブラスカ」(アルバムのタイトルでもある)とい
う曲で、ふたりのことを歌った。マーティン・シーンの長男、
エミリオ・エステベスはデビュー作「ウィズダム/夢のかけ
ら」(87)で父と映画にオマージュを捧げ、クェンティン・タラン
ティーノもまた「トゥルー・ロマンス」(93)の脚本でマリックに
オマージュを捧げた(テーマ曲までそっくりだ)。そして、この
映画は当時まだ無名のシーンが世に出るきっかけになった
作品(サンセバスチャン映画祭主演男優賞受賞)でもあり、
スペイセクにとっては「キャリー」(76)へのステップとなっ
た。
 マリックはその後「天国の日々」(78)を撮ったあと、映画
の世界から姿を消し、長いあいだ伝説の人となっていたが、
1998年、「シン・レッド・ライン」で復帰、多くの映画人やファ
ンたちから拍手で迎えられた。「シン・レッド・ライン」のエンド
・クレジットにマーティン・シーンの名前をみつけたとき、涙が
止まらなくなったのを思い出す。私の中ではこのふたりは今
も特別な存在だ。
 と、書いていたらうれしいニュースが飛び込んできた。本年
(04年)2月のベルリン映画祭で、「地獄の逃避行」が上映さ
れるという。レトロスペクティヴの「NEW HOLLYWOOD 
1967−1976 TROUBLE IN WONDERLAND」特集のライ
ンナップに入っているそうだ。ここでいうニューハリウッドは
アメリカン・ニューシネマのことで、他にも「俺たちに明日は
ない」(67)や「イージー・ライダー」(69)や「タクシー・ドライ
バー」(76)など(ほとんどフィルムアート社刊「もっともエキ
サイティングだった13年」のラインナップだ)が上映されるら
しい。
 「私にとっては吹替版」がすべてだ」と冒頭では書いたけれ
ど、そこは映画ファンの業、やっぱりスクリーンでオリジナル
を観てみたい。いや、こんなチャンスが訪れるとは夢にも思
わなかった。そんなわけで、なにがなんでも2月にはベルリ
ンに行きます。その報告はあらためてこのページで。
 さて、前置きが長くなってしまいました。今日の映画は「地
獄の逃避行」。もちろん吹替版です。それでは最後までお
楽しみください。

付記 実は「地獄の逃避行」は数年前からケイブルホーグと
いう配給会社のラインアップに入っています。しかしまだ公
開は果たせず。社長曰く「今はまだ時期じゃない」とのことで
すがじゃあ、いつが時期なんだ! 乞う公開!!
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