何から書いてよいのか。。。
とにかく燃えた中学生時代。
あまりの胸のときめきに放心状態が続き、何度も何度も読み返してはせりふの一つ一つを胸に刻みこみ、はてはロシアへの思いまでつのってしまった日々。
そして、高校生になり、大学生になり、就職し、また学生にもどり大学院を卒業し、結婚し、子供を産みました。ときどき思い返したように読み返しては感動し、登場人物達の人生に思いをはせ、だけど忘れるともなく忘れていた世界。
最近になって、インターネットの世界でオルマドについて語り合う喜びを知りました。
何度も何度も読み返し、反芻し、自分の中で消化しつつもしきれない何か、この感動と登場人物たちへの愛。。。
何度読み返しても発見があり、暗い気分になれる最高の読み物ですよね。
以下に述べるのは勝手な分析です。
読んでも怒らないで下さいね。
●片想い天国オルマド
●アレクの魅力
●社会主義?
●ユリとアレクがお互いにひかれあったわけ
●だけどレオ様も
●イザークって。。。
●オルマドの謎
片想い天国オルマド
ぢつは、オル窓ファンって、ベルばらファンと共有するところが大きいと思います。
で、ホームページをいろいろみると、ベルばらファンの方が圧倒的に人数が多い。
べるばらももちろん池田理代子先生ファンのたしなみとして昔ははまりましたし大好きです。
でも、どうしてもオル窓の方が私にとっては魅力的でした。
なぜ、多くの人がべるばらなのに、私はオル窓なのでしょう?
ベルばらも読み返す必要があると思い、全巻文庫本ではありますが、再購入し、読んでみました。
ありましたありました。めくるめくロココの加齢、おっと華麗な世界が。。。
感動の嵐でした。
しかし、オスカル様とアンドレが結ばれるくだりではどうしてもしっくりこないところがあったのです。アンドレファンの皆様、ごめんなさい。
なんでだろう?あれこれ考えるに及び、もしかしたら、と思いつきました。
オスカル様&アンドレカップルがとてもロマンチックにみえる理由の一つは「愛される喜び」があるから。
それにくらべ、暗ーい、我がおるまどワールドでは、「愛される」より「追いかける」愛がはびこっているではありませんか。追っても追っても逃げられ踏みにじられ、あげくの果てには大地が張り裂けんばかりの愛がどこにいったのかまでわからなくなってしまう、という壮絶さ。
そこまで愛されれば本望でしょうけど、朴念仁どの(あ、違ったそれは別の人)ならぬ企業戦士どの(だって家庭は省みず文字通り仕事に命を賭けて本当に命を失ってしまったのですもの)は命がけで追ってきた恋人を置き去り見捨てる始末。非道すぎる!!
それでも愛する人のためならえんやこら。これは「片想いの自己陶酔」以外のなにものでもありません。
そして、そこが私の惹かれてやまない部分なのです。
だって、アレクはそこまでする価値のある男なのですもの。考えてもみてくださいよ。そこまでするに値する男性にめぐりあえる幸せって、そうそう誰もが得られるものではないですよ。
「愛する喜び」こそがオルマド特有のものと思われるのです。ところでそのように考えてみると、オルマドワールドの中の登場人物って、究極の片想いをしている人が多すぎませんか?伝説からはずれたイザークしかり、小鳥発言でお騒がせのダー様しかり、慈善事業のカタリーナしかり、野菜買い占めモーリッツしかり、お兄さま命のフリデリーケしかり、朴念仁どのしかり、あの後どうなったのかアナスタシアしかり。あらら、数え上げたらきりがない。。。
皆様「ステキな片想い」をなさっているので、それぞれの登場人物がきらきら輝いてみえるのです。
もちろん、「愛されている」オスカル様も別格でステキですけどね。
そこで、価値ある男、アレクの魅力について語ってみたいと思います。実は私は初めて読んだころはアレクよりもレオ様が好きだったのです。なにしろ多感な中学生でしたから、他の人みんなが好きなアレクではなくて、ちょっとひねたレオ様が魅力的に感じたのです。(その後インターネットの世界でレオ様こそに熱狂的ファンが大勢いることを知ったのですが。。。)
さて、大人になって読み返してみて、アレクの魅力を再認識しました。理想に燃えて出来る限りの情熱をそそいで、人望も厚く、才能もあり、しかもいつまでたってもやんちゃな子供のような男性。めちゃくちゃもてるにもかかわらず無頓着で、初恋のアルラウネをのぞけば「我が不滅の恋人」一筋、というところもすてき。
(髪型はともかくとしても、第3部ではその髪型も改善されたし。)
アレクは理想半ばで罠にはまってたおれましたが、もしもあのまま生きていればきっとソビエト発足当時の相当な首脳になっていたことでしょう。やっぱ、自分の力で出世する男ってかっこいいと思いませんか。そんな名誉欲は彼にはなかったでしょうが。そんなところも好きです。
(ちなみに、私は世界の坂本龍馬さまがめちゃくちゃ好きです。アレクと坂本龍馬さまって共通するところがあると思いませんか?)
言葉で説明してしまうとうすっぺらく感じますが、私が鼻血がでそうになったアレクの台詞はどれもさりげないコマです。そういうところにくらくらしてしまうのも、アレクの魅力なのでしょう。例えば、
*のれい
*ばかたれめ
*ロシアの空がみえる。
*あれは?
オルマドファンには晩婚が多いと一般にいわれているようですが、そりゃアレクのような理想的な男性にはそうそうめぐりあえません。アレクがだめならダー様やイザークで手をうとうかと思っても彼らは彼らで一流の男ですから、そんじょそこらには転がっていはいません。かくしてついつい嫁き遅れてしまうのですが、それは仕方のないことでしょう。
ちなみに負け犬状態だったTOMATOがようやくめぐりあっただんなさまは、外見はともかくとして、アレクみたいな人です。きゃー。でも、家庭を持ってみると理想的なだんなさまとは言いがたいかもしれません。家には帰ってこないし、妊娠中の奥さんを放ったらかしだし、久しぶりに帰ってくるときは汚い格好だし。
おそらくユリにそのまま子供が生まれていたら「理想を語るのはいいけど家計費入れてよ!」などとほうきでたたかれ、子供からは「お父さん臭い」などとぼろくそに言われ、くらい中年おぢさん生活を送ることになっていたでしょう。。。
さて、そこでアレクが命をかけた思想というものについて語ってみたいと思います。オルマド連載当時は東西冷戦まっただ中でした。その時代に多感な中高生だったリアルタイム読者のTOMATOには、アレクが命をかけた社会主義そのものもかっこよく映っていました。折しもポーランドでは連帯のワレサ議長が戦っていました。何を戦っているのか理解しないまま、思想というものをすばらしく思っていました。
だからといって、別にお金持ちではないけど戦後のアメリカナイズされた一般日本人家庭に育ったので、その豊かな経済生活を放棄する気持ちはさらさらありませんでした。ソビエト統治下のロシアの人々の暮らしが、決して豊かではなく自由もないということも時々ニュースで耳にしていました。生活に何の不満もない時代に生まれたことをかえってもどかしく思ったくらいでした。
今、壁が崩壊しすでに10数年がたって、オルマドを読み返してみると、また違う感慨があると思います。アレクがあそこまで命をかけた理想はどこにあるのだろう?レーニンもスターリンも今では歴史的に批判の対象ではありませんか。べるばらのフランス革命の方がむしろシンプルに善悪を語ることができるのですが、社会がこなれてきて経済が大きく関与する時代になって、理想と現実が複雑すぎてすでに一般ピープルには語ることもできない状態になっているのです。歴史って本当におもしろいです。我々がオルマドにはまっていた時代というのは、ファシズムや資本主義への批判が強くて、若者の世代はマルクス主義の理想論に傾倒しがちだったように思います。今自由経済主義全盛の時代ですが、アメリカの方針などはむしろファシズムに近い風潮があるように思います。いつか数十年たった後に歴史をかえりみて、価値観がかわる日がくるのでしょうか。
それにも増して、池田理代子先生が「女帝エカテリーナ」の中で描いていらっしゃった、ロシアという国の未開で野蛮な一面と実直で素朴な底力がなんともいえず魅力的であることは現在でもかわりません。現代ではさすがに未開で野蛮というのはあてはまらないですが、それでもなお、自由化した現在でもなんだかものごとが複雑で不思議な国のような気がしています。大人になってから実際のロシア人の知り合いが数人できましたが、仕事上の知り合い程度なのであまり深く知らないからかもしれませんが、やっぱり複雑で一言では語れません。同じ仕事上の知り合いでもわかりやすいアメリカ人やイギリス人とは全然違う。ドイツ人はあまり知りませんが、あの時代、アレクがドイツ人の中でドイツ人になりすますことが可能だったのか、どうなんでしょうね。。。
ユリがアレクにどんどんひかれていく様子はよくわかります。家庭環境があんなにつらい状況にあったユリですもの、アレクのどこか影があってしかも強くて奔放なところにものすごくひかれたのだと思います。それは前の項で書いた一般にモテモテなアレクの魅力とはまた違って、ユリだからこそアレクにひかれたところがあると思います。うがった見方をすれば、「私をここから救い出して」的なものがあったかもしれません。
イザークって私はリアルタイム時には割と好きだったのですが、どんなに貧乏であっても、正統派というかお日様のあたる場所を歩いて間違ったことはしないところが、ユリが飛び込んでいけない理由だったのではないでしょうか。
ちなみに私は、ユリが第一部の最後でイザークによろめきそうになったところがとても好きです。
でもやっぱりイザークとはうまくいかなかっただろうなあ、ユリ。
で、つれづれなるままに考えるに及んで、アナスタシアがアレクにひかれた理由はまた別のところにあるのかもしれないなあと思いました。彼女は貴族社会で育ったお嬢様が不良にあこがれる的な感情でやんちゃなアレクが好きだったのではないでしょうか。あるいはそれよりは少し複雑で、姉のようにお嬢様に徹することができない、貴族社会への批判的な見方も彼女はしていて、でも一歩踏み出せないようなところがあって、それを軽々と飛び越えてしまっているアレクにものすごく魅力を感じていたのでしょう。
アレクがユリを好きになった理由はどうなのかなあ。。。
やっぱり影のある生い立ちでしょうか。。。?
生きのいいかわいい後輩、がいつしか我が不滅の恋人に昇格したわけは、やっぱりめちゃくちゃ美人だったから。。。?
イザークがユリのことを、「誰かがささえてやらなければガラスのかけらになってこなごなにくだけちりそうなほどもろいんだ」と言っていたように、そのあぶなっかしさを好きになったのかも。。。
といろいろ分析しても意味はないですよねー。とにかくすずらんアパートの二人は最高にすてきで、何度読み返しても胸がきゅーんとなってしまいます。。。