アイルランド人の故郷;Hill of Tara


 今日こそはアイルランドビールを浴びるほど飲むぞー!
お父ちゃんは午後になるころからその心意気を体中にみなぎらせていました。
しかし、レンタカーで行けるところまで行くというスタイルの我々の旅行では、深夜に宿に着いてからしかビールが飲めません。この日は早めにダブリンの町中に宿をとって、ダブリンの街に飲みにでかけようということになりました。

 さて、DroghedaからDublinまでの間にNewgrangeにもよりましたが、もう一カ所、お母ちゃんが是非よってみたい場所がありました。それは「タラの丘」でした。読書少女だったお母ちゃんは「風と共に去りぬ」の大ファンで、スカーレットが挫折するたびに何度も何度も大地を踏みしめて「明日がある」と言い放つシーンが大好きでした。そのスカーレットの故郷であるアメリカ南部の土地の名前が「タラ」でした。今回アイルランドにも「タラの丘」を見つけてうれしかったんです。なにしろスカーレットはアイルランド移民の娘という設定ですし。さらに、ガイドブックなどをみて初めて知ったのですが、この「タラの丘」は、アイルランド移民の人々にとってアイルランドを望郷の思いで語るときの象徴的な場所なのだそうです。というわけであこがれのスカーレットの望郷の念の発祥の地、タラをどうしてもみてみたかったのでした。

 

 アイルランドのようやっと舗装したばかりという雰囲気の(だけどかなり年季の入っている)道路を疾走し、あやうく標識をみおとしそうになりながらも、無事Hill of Taraに到着。

 まずはタラの丘おみやげセンターへ。そこでタラの丘には実際に何があるのが情報収集です。ここもなんだか遺跡風です。上空からの写真では、広大な緑の土地に2重の円が描かれていて、まるでナスカの地上図のよう。何のためにそんな文字か記号かわからないものが描かれたのでしょう。
 とにかく行ってみよう、と思いつつ、おみやげセンターの奥にある喫茶室に我々はすいよせられてしまいました。なぜかというと、そこでお茶をしていた人々が食べていたものは、アイルランドのライ麦パンだったからです。お母ちゃんはとにかく朝のB&Bでアイルランドのパンのとりこになっていました。早速、ライ麦パンとオニオンスープを注文。これがこのお店にあるほとんど唯一のメニューです。このお店のはまたすごーーーーく素朴なパンでした。すでにパンの範疇を越えてしまっているかもしれません。ライ麦をまるごと挽いてそのまま練り上げたという様子のぼそぼそと固いパンでした。あまりにも素朴で、ライ麦の香ばしいにおいが何ともいえず、お母ちゃんは感動。日本では絶対にお目にかかれないタイプのパンでした。オニオンスープもすごーく濃厚でおいしかったです。
 お父ちゃんの蘊蓄によれば、この辺りはあまり産業もなく人々のくらしもらくではないはずとのこと。昔からこの地方の人達は、ライ麦を丸ごと挽いて焼き上げてオニオンスープで塩分をとって働く活力にしてきたのだろうと。現代ではそれが「素朴な田舎の味」として観光用などに出されるけど、これらの食べ物は貧しさの象徴かもしれない、云々云々。。。
 なんにせよ、お母ちゃんはおいしいパンが大好きなので、このパンがとてもうれしかったです。思わずアイルランドのパンの作り方の本を購入してしまいました。(しかも、後にその中に述べられている日本では手に入りそうもないパンづくりの材料も買ってきてしまいました。)

 実際のタラの丘は本当に、広大な緑の大地でした。どう表現したらいいでしょう。風が強くて荒涼としているのですが、緑がとても濃くて大地に力があふれているのです。アイルランドの人が土地を大切にする気持ちがすこーしだけわかったような。。。

 ごまちは風に吹き飛ばされそうになりながらも丘に一生懸命のぼろうとしていました。変な円になっている部分は実際には非常にふかい谷間になっていて、大人でもようやっと上り下りができるくらい急勾配です。ごまちの手をひきながら思わず手をにぎりしめて足をふんばらないといけないくらいでした。
 とにかくこのときのごまちはごきげんで、大地を踏みしめて手を広げて空をみながら歩いていました。

 さてさてタラの丘を堪能した後、今度は一路Dublinへ。。。
田舎からだんだん都会に向かう様子がまたいいもんです。道の舗装がだんだん立派になってきて、道の幅も広くなってきて、道沿いの家々がちょっとずつ増えてきて。市街地のよい地図をもっていなかったので、市街地にはいると今度はなかなか道の把握がむずかしくなってきてしまいました。次に目指すのは、ギネスビールの本拠地、ギネスvisitor centerです。そこで出来立てのギネスビールを堪能しようという魂胆でした。

 
 
 


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