さて、街歩きにしゅっぱーつ!この日は世界遺産のNewgrangeを目指すことにしました。まずはその前に、Droghedaの街を少しだけ探検。(だって昨日はDroghedaに着いただけで街を全然みれなかったのだもの。)Droghedaは古くていかめしい街並みです。Boyne河の川沿いに発達した街で、Louth地方とMeath地方の境に位置します。街に車を停めて写真を撮ったり本屋さんに寄ってごまち用の絵本を買ったりした後、一路世界遺産を目指しました。世界遺産に指定されているという以外にそのNewgrangeのことを何も知らないまま。。。

特に迷うことなくNewgrange到着。駐車場は観光客用にやや広くなっていて、観光バスも到着していました。さすが世界遺産。どうも遺跡かなんかのようです。駐車場からビジターセンターまでとりあえずごまちをベビーカーにのせててくてく歩いていくと、アメリカ人っぽい団体さんたちと一緒に歩いていくかっこうになりました。ごまちがみんなからかわいい、かわいいと言われてお母ちゃんもお父ちゃんもいい気分です。でも、ビジターセンターに着くと、お父ちゃんがトイレに行っている間に団体さん達はどこかに移動してしまいました。あれあれと思ってビジターセンターの人にきくと、遺跡の見学ツアーのバスがちょうど出るところだのこと。Newgrangeは広い遺跡群なので、実際の見学はこのビジターセンターからバスで移動してから行うらしいのです。(遺跡を守るために自家用車の乗り入れは禁止)。バスが出るのは15分〜30分に一回らしいのですが、その仕組みを理解するのに手間取っている間にバスは行ってしまいました。ぐすん。
逆にゆっくりビジターセンターをみることができてよかったのですが、こういう時間のロスが個人旅行のデメリットですよね。まあ、我々は時間から時間にせかされて旅行するのが嫌いなので、そういったハプニングも楽しんでしまっているのですが。
そういうわけでビジターセンターをゆっくりと周遊した後、歩いて5分ほどのバス乗り場まで移動しました。バス停には他に車椅子の人も。さすがヨーロッパ。バスに車椅子でも全く心配することなく乗れる状況であることに感心しました。その方には多分ボランティアと思われる人が一人つきそっていました。
我々もいつもバスに乗るときはごまちのベビーカーの心配をするのですが、あまり心配することなく乗り込むことができました。といってもこの時のバスは期待に反して入り口の小さいバスだったです。しかし日本のバスと何がちがうかというと、ヨーロッパの人達は車椅子やベビーカーの乗り降りに時間がかかることを当然のこととして受け止めてくれていることです。せかされるような視線を受けることがないだけでもずいぶんと気がラクなものです。こちらも最後に乗り込むなどして心配りをしましたが、運転手さんも手伝ってくれて気持ちよく乗り込むことができました。
バスで5分ほどの距離を移動してNewgrangeに着くと、そこは芝生の植わっているへんてこな遺跡があるだけの場所でした。日本でいえば、飛鳥斑鳩といった雰囲気でしょうか。石とかぼつぼつと置いてあって、変な丘があって、その間を芝生できれいにしただけ、というあんまりおもしろくもなさそうな場所。。。お母ちゃんは、きれいな建物や歴史上の人物のゆかりの地とかには感動するのですが、古代の遺跡にはとんとその価値がわからないみたいです。ただ、そんなお母ちゃんのような人でもついていけるように、学芸員の人がてきぱきとみんなを誘導して遺跡について事細かに説明してくれました。その遺跡が何のために作られたのかよくわかっていないことや、1年に一度だけその洞穴のような遺跡の内部まで光が通るように設計されていること、それらの技術をそんなに昔にどうやって計算して作ったのか謎であること、などなど。。。お母ちゃんは英語での説明がよくは理解できませんでしたが、何となくそんなことを言っていたような。。。お父ちゃんは他の英語ネイティブの人達に混じってふむふむという顔でうなづいていました。お父ちゃんはその説明がほとんど理解できたらしい(本当かな?)。遺跡の洞窟の中に少人数ずつ入っていくと、本当に、斑鳩の古墳に迷いこんだよう。学芸員の人の説明がいっそう興に乗ってきたその時、最前列でお父ちゃんに抱っこされておとなしくしていたごまちが「ふわ〜」とおおあくびをぶちかましてしまいました。これにはみんな大爆笑。学芸員の人も失笑しながら、「退屈な説明はこのくらいにしましょう」と切り上げてくれました。
それにしても、学芸員の人の力のはいりようには頭がさがります。イギリスで文化遺産を見学に行った時にも感じるのですが、ヨーロッパの人達は本当に、母国の文化に誇りをもっていて少しでも多くの人に理解してもらおうとしているのですね。ボランティアと思われる人も時にはいたりして。日本の観光地がえてして商業主義すぎて嫌な気分になることが多いだけに、そういう土壌があることはすばらしいことだと思います。