我が家の第2子がやっと生まれました! |
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ごまちを産んだ直後からもうすぐに2人目が欲しくなっていたお母ちゃんですが、いかんせん世の中そんなにうまくことは運びません。
1年経ち、2年経ち、周囲の他のお母さん達が次々と第二子を妊娠出産して行く中で、ごまち一家にはなかなか赤ちゃんはやってきてくれませんでした。その間お母ちゃんの転勤とか、引っ越しとかいろいろあって、なかなか二人目ができなくても仕方ないかなあとは思っていました。しかし、落ち着いてからもなかなかできません。
あせってしまったお母ちゃんは、2年半たった頃に一大決心をして不妊専門病院にいってみることにしました。
仕事の合間をぬっての通院は結構たいへんでしたが、それでもお母ちゃんの年齢だと少しでも早く産んだ方がいいし、なんとかして二人目が早く欲しかったので、半年ほどの通院でいっきにIVF-ETまで予定していました。
ところが、ちょうどIVF-ETを予定していた月は仕事がめちゃくちゃ忙しく、排卵誘発剤の自己注射を毎日うっていたにもかかわらず卵巣の反応が悪かったみたいなんです。結局せっかくやるのに成功はほとんど見込めないのでは意味がないということで前日に突然中止。かなり落ち込みました。しかし、この頃はお母ちゃんが治療に専念するあまり家庭がおろそかになっていたことも事実です。いらいらしてお父ちゃんにあたってしまったり、なんだか気持ちがどんどん追い込まれていくような感じでした。
そのことも十分自覚していたので、このときIVF-ETができなかったのは、神様が、「もうやめておきなさい」と言っているような気がしたんです。一晩泣いた後、すっきしりして、もう赤ちゃんに固執するのはやめようと思いました。
今まで不妊治療に費やしていた時間と気持ちをもっと家庭に向けよう、生涯お父ちゃんとごまちと3人家族でも、(4〜5人家族という、思い描いていた将来設計と多少違っても)その中で幸せになっていけるように努力しよう、と思いました。
お父ちゃんはもともとそう思っていたみたいです。むしろ、私が「赤ちゃんさえできれば。。。」と固執することに「困ったなあ。。。」と思っていたみたい。
IVF-ET用に用意していた40万円ほどをぱあっと使おうと思って、ちょうど出張で広島に行くお父ちゃんにごまちとお母ちゃんも同行して家族旅行を満喫。ET用に予定していた休日も東京にでかけたり、かなりリフレッシュしました。
以来、ものすごく家庭が幸せに感じるようになって、結婚記念日にはごまちをおじいちゃんおあばあちゃんにあずかってもらって久しぶりにお父ちゃんと二人きりのデートをしたりして、家庭がいい感じになった頃。。。
なんとなんと!
不妊治療断念からたった2ヶ月で自然妊娠したのです!
これにはさすがのお母ちゃんもびっくり。
なんだかすごい生命力のある赤ちゃんの誕生の予感がしました。
さて、ごま2ちゃんと名付けたこの赤ちゃん。
旅行記のページにも書いているとおり、夏休み旅行直前の妊娠発覚に実は家族全員とまどいました。
しかし、この子の生命力を信じて海外旅行決行。
旅行中つわりはつらかったものの、なにごともトラブルなく帰国。
(しかし、妊娠初期の大事な時期にお母ちゃんが海外のこってり味の食べ物ばかり食べていたことがごま2にどう影響するか。。。ごま2はきっと大食いになるに違いないとお母ちゃんは密かに思っています。)
旅行はさておき、お母ちゃんの仕事がたいへんでした。
休暇直前のものすごい過密スケジュールの仕事を、始まりつつあるつわりとものすごい眠気と戦いながらの1週間。
そして旅行。
帰ってきてからも休暇中からシフトして予定していた仕事がかなりつまっていました。1週間も旅行で休んでおきながら妊娠のことを周囲に告げる勇気ももてず、仕事は予定どおりがんばってこなしたこの時が一番しんどかったです。
この時ごまちは急速に大人になった気がしました。自分のことは自分でやるようになり、保育園では、「お母ちゃんしんどいねん。」とさかんに言っていたそうです。
(その後お腹の大きくなったお母ちゃんと体当たりの遊びができないことや、赤ちゃんのことばかり周囲が話すことなどがストレスになったのか、赤ちゃん返りの反動がすごかったですが。。。)
お父ちゃんも全面的にバックアップしてくれたので、なんとかこの時期をのりきりました。
(お父ちゃんも、その後お腹の大きくなったお母ちゃんがマタニティ我が侭をいいまくることに辟易していましたが。。。)
この、つわりの時期の仕事がやはり本当につらいですね。
ワーキングマザーのほとんどの人が経験することですが。
妊娠中期は一応しんどさは一段落するものの、やっぱり仕事のストレスがつらかったです。とはいえ、幸いなことに、職場のみなさまが理解して配慮してくださったので、かなりめぐまれた妊婦生活でした。
職場のみなさまには本当にとても感謝しています。
産休にはいった後は自宅でゆっくりごまちの幼稚園入園準備を、と思っていたのですが、意外にも結構忙しい。。。
2年前に大阪に引っ越した時の荷物がまだ荷解きできていないような状態だったものですから、とにかく大掃除から開始。
でも仕事で忙しいお父ちゃんの荷物(これがまた、5年前にイギリス留学から帰ってきた時の段ボールがそのまま)もあるものだから、遅々としてすすまない。。。
しかも、妊娠後期って、つわりの時期よりはましとはいえやっぱりしんどい。お母ちゃんは妊娠があわない体質なのか、中期以降も、ちょっと動いただけでも吐いてしまうし1時間座っていたらもうしんどくて横にならないといられない。掃除ができるのは1日に1〜2時間が限度で、それ以外に毎日の洗濯や家族の食事、ごまちの送り迎えなどなどしていたら、すぐに一日がたってしまうんです。
(しかもちょうど3月末だったので保育園終了からごまちの幼稚園入園式まで約2週間はごまちが家にいた!これがまた毎日相手をするのがとーってもたいへん!)
仕事をしている時は、食事はマクドナルドで買ってかえってすませ、あとは家に眠りに帰るだけだったのでなんとかなったのですが、一日家にいるとそういうわけにもいかないし。。。
なまけ病といわれそうだけど、ごまちの時もそうだったのだけど、出産が終わると嘘のように吐き気もだるさも眠気もなおるので、やっぱり妊娠性のものだと思うんです。
というわけで、産休にはいったらやろうと後回しにしていた仕事などなどいろいろやっているうちにあっという間に満期になってしまいました。
(それでも大掃除は終わらず、段ボールがまだ山積みのまま里帰りするはめになってしまいました。。。ぐすん。)
普通なら産休にはいってすぐかしばらくしたら里帰りするのでしょうが、お母ちゃんの場合、大阪でやりたいことがたーくさんあったのと、ごまちが幼稚園に少しでもなれるまで、と思いぎりぎりまで大阪にいることにしていました。
理想的には里帰りしてすぐに出産して、1ヶ月ほどしてごま2の1ヶ月健診が終わったころに大阪に帰ろうと思っていました。つまり、里での滞在、ごまちの幼稚園休園は1ヶ月のつもりでした。。。
しかし、やっぱりうまくいかないものです。
経産婦としてはぎりぎりの38週で里帰りしたにもかかわらず(しかもそれまでかなりハードスケジュールだったと思うんです)、全然出産の気配がない。
富山ではおばあちゃんが一人で暮らしていますが、おじいちゃんを亡くしてから3年たった今でも寂しくて時々泣き暮らしているみたいなので、この機会に少し親孝行するつもりでもありました。
おばあちゃんもごまちとお母ちゃんの滞在を楽しみにしている様子だったにもかかわらず、ものの数日ですぐに音を上げてしまいました。
普段老人のペースで生活していたおばあちゃんが、いきなり4歳男児のペースをつきつけられて体調をくずしてしまったのです。でも、4歳男児におとなしく座っていなさいといっても無理な話。あちこち出かけたいし身体も動かしたい、元気がありあまっている状態で、ごまちの方もおばあちゃんのしつけの厳しさにまいってしまった様子。お母ちゃんは両方の言い分はわかるのだけど、自宅でないのでこれまた自分とごまちのペースでの生活ができないことにストレスを感じてしまっていました。
というわけでごまちもお母ちゃんもおばあちゃんもお互いにストレスを感じていたので、早く産みたかったのだけど、なかなか陣痛がこない。ここから先はごま2出生の記録の方でお話しますが、まあ、この時期が最も精神的に苦痛だった時期かもしれません。