ヘービス(温泉池)→ ザグレブ

温泉池を後にして、ドライブインで昼食。

●今度こそハンガリー最後の食事

ハンガリー最後の食事と毎回思いつつ、なかなか先に進めなかった。が、今度こそ最後となった。
温泉池でさんざん泳いでだいぶん疲れてしまったので、一休み。
温泉池からバラトン湖畔の本線にもどる途中、温泉池を探して前日さんざん迷った道沿いに目を付けていたいい感じのドライブインがあったのでそこで昼食をとることにした。


魚介類のスープ。
魚のだしがきいていてすごくおいしかった。かなり塩辛かったけどね。
魚の骨が溶けてどろどろになっていてなんだか栄養満点、といった感じだった。
スープの中にはシャケの切り身が沈んでいた。                   

またしてもグヤージュスープ。
いろんな野菜の味がしっかりしてすごくおいしかった。
このお店のスープはどちらもやや塩辛めだったけど。
こう見えてもパプリカたっぷり。


鴨の足のロースト。
かりかりで香ばしくてすっごくおいしかった。
(ちょっと焼き過ぎ?)
つけあわせのマッシュポテトも外国のお店にしては凝っている。


サラミを肉でつつんだもの。
これもおいしい!
が、いかんせんソースがやや塩辛い。

なんだか文句ばかり書いてしまったが、全体にとてもおいしかったことには違いない。
お店の雰囲気もオープンカフェであたたかくて(暑くて)太陽がさんさんと照る中での昼食はとてもいい感じだった。
ただし、たくさん泳いだ我々は疲れてしまっていたので、このとき太陽が照りつけるもとこころなしかぐったりしていた。

●国境の町

今日こそ国境を越えるぞ!
意気込みも満々に、バラトン湖畔の道に戻り一路クロアチア国境をめざす。



国境に近いまだハンガリー側の住宅。
こんなところを写真にとるのははばかられたが、やっぱり旧東側という雰囲気をどうしてもカメラにおさめたかった。

まさに国境から数百メートルの位置にあった郵便局。
といってもおばあさんが玄関先で揺り椅子に座って編み物をしているようなのどかな場所。
ハンガリーの切手を貼った絵はがきがあったので、ハンガリー国内にいるうちに投函したかったのだ。

走ること約1時間、ようやくクロアチア国境である。
ハンガリーの通貨フォリントは国外での両替はできないので、ここで我々の残金はほぼゼロに近いことを確認し、いざ国境へ。
ところがその国境を越えるには思いも寄らぬ至難が待ち受けていたのだ。。。

●国境と税関

さて、国境である。(この先国境での撮影禁止にあわせて文字のみが続きます。あしからず。

オーストリアからハンガリーの国境にくらべると全然渋滞もなく、楽勝の感でまずハンガリー出国。

あ、そういえば、ヘレンド陶器で大量に購入した分の税金の払い戻しの手続きをしなくては。お父ちゃんが思い出した。
いつもの海外旅行ならば最後に日本に帰るときに空港でいとも簡単に手続きするのだが、今回はそれぞれの国境で行わなければならないらしい。

そこで早速国境の職員の人に、手続きの方法をきくと、あっちの方でやっていると指差された。
車を列からどけて言われた方向を確認すると、バラックのような建物の前で銃をもった国境警備の兵隊さんたちがだべっている。
車を脇にとめ、お父ちゃんがおそるおそる車を降りて、兵隊さんの横をすりぬけるようにその建物にはいっていった。車の中で待っていたお母ちゃんはなんだかものものしい国境の狭間に取り残されてしまって不安に思いながら『税金の払い戻しはもういいから早く帰ってきて〜!』と祈るようにお父ちゃんを待った。
それでも最初のうちはまだ余裕でごまちと歌を歌いながら気を紛らわしていたのだが、待てど暮らせどお父ちゃんはもどってこない。よっぽどお父ちゃんの後を追いかけて様子をみに行こうかと思ったが、ごまちを連れて兵隊さんの脇をすりぬけるのも怖い。車の鍵をお父ちゃんが持って行ってしまったので、車を離れるわけにはいかない。
お父ちゃんがそのまま拉致されてしまったらどうしよう〜!?
後から考えるとばかばかしい妄想だけど、この頃ってマスコミがさかんに『拉致』という言葉を使っていた時期だったからとても怖かった。しかも旅行直前に読んだ『プラハの春』の中の旧東側の暗黒の描写が妙に生々しく思い出されて妄想ばかり膨らんでしまっていたのだ。

そのうち、ごまちがお約束のように『おしっこ』とつぶやいた。
『え、え〜っ!?』
この状況でごまちのおしっこできる場所を探すのは至難の技。
兵隊さんにトイレの場所を聞く勇気がない。しかしいつものようにごまちに道ばたでおしっこさせることがこの国で犯罪になるかどうかもわからない。
(道ばたでおしっこしたかどで銃をつきつけられるかも!)

しかし、仕方がないので、車の陰にかくれるようにごまちをしゃがませて道ばたでおしっこさせた。この際あまりこそこそするとかえってあやしまれそうなので、堂々とおしっこさせたら何も言われなかった。

ここで1時間以上は待ったと思う。
お父ちゃんがようやくもどってきていかに手続きがたいへんだったか教えてくれた。
まず、書類をひとつひとつゆっくり確認したのち、その書類に書いてある品物を確認。品物とはヘレンド陶器で購入したティーカップなのだが、これが一つ一つ藁半紙でラッピングされていたのでそれを一つ一つ開けて確認したというのだ。(高価なティーカップを壊されないかとおとうちゃんひやひやだったらしい。)
その上でだいぶん待たされた挙げ句書類と税金の払い戻し分のお金をもってようやく係官がもどってきて、それをみてみるとフォリント通貨だったそうだ。ハンガリー国外で使えないフォリント通貨をもらっても仕方がないのでお父ちゃんが抗議すると、係官はかなりぶつぶつ言った挙げ句また相当待たされていろんな書類にサインさせられて、やっとユーロの現金の払い戻しをうけたそうだ。しかも換算レートが悪くてかなり損をしたとお父ちゃんは文句を言っていた。
払い戻しをうけたのは、額にして日本円で約3000円ほどだったと思う。
あれだけ怖い思いをしてさんざん待たされたのに、それでは割に会わない、と思ったがそれはそれでおもしろい経験をしたと思うことにしよう。
さらに言えば、ここで手に入れたユーロで後にずいぶんと助かったのである。

●クロアチア入国

その後国境地帯を約500mほど走って次はクロアチア入国審査である。今度は難なくクロアチアに入国。
さてどこに行こう。

クロアチアの南東の地域はガイドブックによると風光明媚な海岸線がつづくのだが、いかんせんバルカン半島に近づくと戦闘地域もあるという。
まずはハンガリーに近いクロアチアの首都ザグレブを目指すことにした。

ザグレブはハンガリー国境から高速道路で約1時間ほどの距離にあった。
国境で時間を費やしたので予定よりかなり遅くなってしまったがそれでも夜7時ぐらいにはザグレブに着いて宿を決めれるはずだった。
しかしながら、そううまくは行かないのがこの旅の常である。

高速道路からザグレブの中心部まではかなりな距離があった。高速道路のザグレブの出口をおりてみると単なる広大な平野だったのだ。どこにこの国の首都があるのだろう。最寄りの高速道路の出口で見渡して都市部が確認できないような首都って。。。!?
もっていた道路地図はクロアチアをカバーしていなかった。標識をたよりに探すしかない。少し進むとようやく人が住んでいそうな風景がちらほらみえてきた。
日本の大都市のベッドタウンでよくみる密集した高層マンションのような建物がたくさんある場所がこつ然とあらわれるのだ。こんなに広大な土地があるのに、なぜ、土地のない日本のような集合住宅が必要なのだろう。20階建てぐらいの高さの棟が平野の中で十数軒ならんでいる風景は人工的で異様だった。たくさんの人が住んでいる様子で子供たちや母親たちが歩いたり立ち止まっておしゃべりしたりしているのだが、その周辺にはスーパーマーケットもなければレストランも、ましてやコンビニの一つもない。(かろうじて学校とおぼしき建物はあった。)
市街地でよくみられる路面電車の引き込み線があり、それをたどっていくとザグレブの市街地に近づいていっている様子だった。ここの住民は社会主義の時代の生活様式のままに、住む場所と働く場所と娯楽の場所を人工的に分けられて生活しているのだろうか。。。

その後も同じような団地を何度もみながら、何度か迷ったがなんとかザグレブの中心部にたどり着くことができた。
ザグレブは意外にも、クラシックな雰囲気の大都市だった。町並みもヨーロッパの古い都市の雰囲気で、それでも東欧の古都らしく暗い色調の町並みで路面電車の路線が網の目のように張り巡らされていた。
特に中心部は車で進入することが困難なほど路面電車や歩行者で混雑していて、駅周辺はものすごい喧噪だった。人々の髪が黒く、色が浅黒く、彫りが深い。南ヨーロッパの人たちの特徴を初めて知った。


明るくなってからのザグレブの表通り。
到着したときは暗くなっていたがさすが首都だけあってとても活気づいていた。
路面電車がひっきりなしに通る。
この道は自動車進入禁止で、路面電車と歩行者のみの道路であった。

我々はいつも都市の中心部から少し離れたところに宿をとるのだが、どうも都市近郊は先に述べたような団地のような住宅地があるだけで、宿を探すのは難しそうだ。
結局だいぶん疲れていたので、車を中心部に停めて宿を中心部で探すことにした。
本当に疲れていたので、やけっぱちのように『地球の歩き方』に載っていた宿にまず行ってみたら、今日は満室だけどなんとか泊まれるところを用意してあげるとのこと。実際普段使っていない客室のようでいまいちだったけど、今から他のところを探す気力がなかったしすこし安くしてくれるようだったのでここに決めた。


ホテルは駅の近くの表通りから少し路地をはいったところ。
感じのよいレストランがあり、その奥が客室になっていた。
かなり見つけづらい場所にあったが、表通りで通りすがりの母娘に道をたずねたところ、わざわざそのあたりまで連れて行ってくれた。彼らもそのホテルは知らないようだったが、地図をみながら一緒になって探してくれたのだ。
お母ちゃんのクロアチアに対する印象はめちゃくちゃよくなった。

実際、部屋にはいるなりお母ちゃんはばたんと眠ってしまった。
お父ちゃんはその後、一人で出かけて車を安全な位置まで停めに行ったり夕食を調達したりしてくれた。しかし、お母ちゃんはそれを食べる元気もなく起き上がることもできなかった。お父ちゃんごめん。

返す返すも残念なのは、クロアチア料理を食べるチャンスを逃してしまったことである。翌日にはスロベニアに抜けてしまったので。。。

●ザグレブ


ザグレブのこの宿の2階が夜は結構なにぎわいのレストランだったので、朝食はかなり期待したが、逆に今回の旅行中最も寂しい朝食だった。

卵の焼き方とハムかソーセージかを選べというのだがちんぷんかんぷんで、英語のメニューをリクエストしたらワープロ印字のリストをもってきた。お母ちゃんは『Wiena Sausage(ウイーン風ソーセージ)』と書いてあるのをみつけて興味をもち、それを頼んでみた。料理がきてみてびっくり。なーんだ。日本でもよくスーパーで売っている『ウインナー』そのものなのだ。確かにウイーン風ソーセージだわ。。。


大きなお皿にどーんと小さいウインナーが2本のっかっていた。笑えるでしょ?
他にお母ちゃんは目玉焼き、お父ちゃんはスクランブルエッグとベーコンを注文した。
もちろんごまちはとりわけ食だったが、この安っぽいウインナーはごまちの口にあっていたみたい。
確かに子供が喜ぶ味だった。

前日よく眠ったのでかなり元気を取り戻して、ザグレブ観光に出発である。


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